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感謝SS―02 お題‗サルカニ合戦

当SSは、本編とはまったく関係ありません。

読み飛ばしてもぜんぜん支障はありません。

本編との食い違いは、どうぞご容赦下さい。

 ソコは場末の路地の片隅にあると言う

 漆喰塗りの、何の変哲もない二階建て家屋だ。

 路地に面した玄関をくぐると、上へと続く階段が見える。

 きしむ階段を登れば、緑色に塗られた扉があるだろう。

 扉には、花模様を一つだけ刻んだ表札が掲げられている。

【コザクラよろず相談事務所】

 元冒険者ギルドの受付嬢、コザクラが営業している、なんでも屋である。

 悩み事やトラブル等を、手段や結果を問わずに抹消する商売である。

 そして今日は、なぜかここでアルバイトをしている俺の出勤日である。


「暇だな」

 無駄に大きなデスクを挟んで、俺とコザクラはお見合い状態である。

 俺はデスクの天板に顎を載せてだらけ、コザクラはあくびの連発だ。

「暇なのです」

「まあ、ここに客が来ないのは結構なことだが」

「そうなの――――違うのです!」

 コザクラは机をバシバシ叩いて怒り出す。

「犠牲者がいないと、ヨシタツに給料も払えないのです!」

「自分で犠牲者言うな。そもそも給料を払うつもりがあったのか?」

「タダより高いものはないのです!」

「ああそうだな。だったら俺は高給取りだ」

「イヤミったらしいのです!」

 逆切れした彼女が、机の引き出しから一個の果実を取り出して齧り出す。

 握り拳ほどの、真っ赤に色付いた果物だが、市場で見掛けたことがない。

「それ、美味そうだな?」

「美味しいのです。香りが良くて、酸味と甘みのバランスが絶妙なのです」

 まるでリンゴみたいだ。懐かしい味を思い出したら、唾が出てきた。

「…………なあ、俺にも一口、食べさせてくれよ」

 コザクラはキョトンとしながらも、机越しに赤い果実を差し出した。

「一個しかないから、食べ掛けなのですよ?」

「だいじょうぶだ、ありがとう」

 受け取ろう伸ばした手が、空を切る。

 コザクラは果実にかぶりつき、エサをかじるネズミのような勢いで食べ尽くした。

 呆気にとられて差し出したままの手に、一粒の種が乗せられる。

「はい、食べ掛けなのです。よく味わうのですよ?」

 こんちくしょー―――!


「おい、なんなんだあの種は?」

「藪から棒にどうしたのです?」

 次の日、事務所を訪れた俺は、コザクラを問い詰めた。

「昨日の種を中庭に植えたら今朝、芽が出たぞ」

「やっぱり植えたのですか」

「やっぱりとはなんだ、やっぱりとは」

 見透かしたような笑顔に、むかっ腹が立つ。

「ヨシタツは食い意地がはっているのです」

 種しか寄越さないやつにだけは、言われたくねえ!

 無性にリンゴが食べたくなって市場を探したが、やはり同じ果物はなかった。

 諦めきれずに種を植えてみたが、今朝になったら双葉が地面から生えていた。

 いくらなんでも早すぎだろう。

「芽が出たのは不思議ではないのです、早生種なのです」

「…………早生種って?」

「成長が著しい品種なのです。知らないのですか?」

「あ、そうか? うん、あれがそうなのか!」

 平然と言い返され、慌てて取り繕う。下手に無知をさらすと、チクチクと皮肉を言われそうな気がしたからだ。

「実が生ったら、食べてあげるのです」

 お前にだけは食わせてやらん。そう固く心に誓った。


「なあ、おかしくないか、あの木」

 数日後、事務所を訪れてコザクラに尋ねた。

「なにがなのです?」

「もう俺の背丈よりも高く育ったんですけど」

「順調で結構なことなのです」

「そうかなあ? いくらなんでも育つのが早すぎる気がするんだけど」

 俺は首をひねりながら引き下がった。


 さらに数日が経過した。

「おい、あの木、本当に大丈夫なんだろうな?」

「今度はなんなのです」

 コザクラはうんざりした様子だ。

「花が咲いたぞ」

「おお、もうすぐ実が生るのですね」

「いやいやいや、いくらなんでも早すぎないか?」

「なにをそんなに心配しているのですか?」

「あの木の側にあった花壇が、全滅した」

 ついっと、コザクラが目をそらした。

「今朝見たら、花壇の花が全部枯れていてね?」

 コザクラの正面に回って目線まで屈み込むと、彼女は顔をそむける。

「世話をしていたリリちゃんが、泣いちゃったんだ」

 コザクラのこめかみに、つつーと一筋の汗が流れる。

「彼女が毎日せっせと水やって、丹精込めて世話してた花壇なんだよ?」

「…………」

「おい、あの種はなんだ。いや」

 コザクラの頭頂部をわし掴みにして、無理やりこちらに顔を向けさせる。

「あの種に、なにをした?」

「…………ちょっと、おまじないを掛けただけのです」

 諦めたようにコザクラは白状した。

「のろい?」

「呪いじゃないのです! 無邪気な女の子の、他愛もないジンクスなのです!」

 彼女は両手の人差し指を左右に振る。愛らしい仕草が、実にわざとらしい。

「種さん種さん早く育つのです、早く育たないと」

「育たないと?」

「すり潰すのです」

「脅すな!」

 しかもおまじないなんかじゃねえ、絶対に妙なスキルだ!

「たぶん根を伸ばし、周囲の土から栄養素を奪っているのです」

 コザクラが、ばつが悪そうに頭をかく。

「放っておくと、中庭の植物全てが」

「バカ野郎!!」

 俺はコザクラをうっちゃり、急いで宿に戻った。


 翌日、ことの顛末を伝えるために、事務所を訪れた。

「昨日、伐り倒そうと急いで戻ったらな?」

「どうしたのです?」

「いなくなっていた」

「無くなったのですか?」

「いなくなった。根っこごと、ごっそり引き抜いた感じで、影も形もなかった」

「…………きっと泥棒なのです」

「ああ、そうだな…………周囲の地面に足跡なんてなかったが」

「「…………」」

「そんなことより、大事な話がある」

「そんなこと扱いで済ませる神経が凄いのです」

「些細なことだよ、リリちゃんの呼び出しに比べれば」

「…………呼び出し?」

「うん、リリちゃんがお前を連行し――――」

 ビュンと、コザクラは椅子を蹴って跳躍した。

 追い掛け回す俺と、バッタのように逃げ回るコザクラ。

「さらばなのグエ」

 窓から逃げ出そうとした彼女の襟首を、寸前で掴むことに成功した。

「絶対に逃がすか、一蓮托生だ」

「イヤなのですイヤなのですイヤなのです!」

 ジタバタと暴れるコザクラを脇に抱え、事務所を出る。


 花壇を台無しにされ、リリちゃんはご立腹だ。

 俺一人では死なん。お前も道連れになるがいい。

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