合流
騎士団では現在、街の東西南北全ての門で、厳しい検問を行っている。
だから霊礫を奪った盗賊団は街の外に逃げ出していないと確信しているようだ。
だが盗賊団は、囮かもしれない。
先生によれば、捕縛した廃屋の犯罪者達は全員が街の外の出身らしい。
憶測交じりになるが、霊礫盗難事件が陽動だと仮定しよう。
まずアステルの誘拐を目的としたグループが、街の外から犯罪者を呼び込む。
霊礫を盗んだ後、お膳立てをした上で犯罪者達に霊礫を預け、潜伏させる。
そしてアステルの誘拐後、犯罪者達の潜伏場所の情報を騎士団に流す。
彼らが犯罪者の捕縛に向かったら、街を脱出するというシナリオはどうだろうか?
これなら冒険者ギルドと騎士団、二つの強力な組織から逃れることができる。
だが、賞金稼ぎ達が得た情報により、騎士団の動きは早まった。
誘拐犯グループは今ごろ、焦っているはずだ。
ところで、なぜ外部から犯罪者を集めたのか、一つだけ思い当たる節がある。
この街には、四方の門を使わずに外へ脱出する方法があるのだ。
もしこの街の犯罪者を使えば、当然その方法を使って霊礫を持ち逃げしてしまう。
囮が逃れられないよう囲い込むために、裏事情に疎い外部の犯罪者を使ったのではないか。
だから俺は、その脱出経路に向かっている。
俺の推測が正しいのなら、誘拐犯達はそこを使う可能性が高い。
夕暮れが迫る街を走り、北の外壁を背にした一軒の酒場にたどり着く。
扉を押すと、カギが掛かっていなかった。俺はそっと店内に忍び込んだ。
◆
店内は薄暗く、物音一つしない。
俺は探査で内部の様子を探りながら、足音を忍ばせて階段を登る。
二階の奥まった部屋に、人間の反応がある。隠蔽を並列起動し、そっと扉を開く。
くぐもったうめき声が聞こえ、ヒヤリと背筋に冷たいものが走る。
窓の外から差し込む明かりで、視覚でも横たわる人影を発見した。
この酒場の女主人が猿轡をはめられ、縄で縛られていた。
隠蔽を解除して近付き、口から猿轡を外してやる。
「大丈夫か?」
俺が尋ねると、女主人は安堵のため息を漏らす。
「…………あんたかい」
しゃがれた声で答えた。俺も以前にこの場所を使ったことがあり、面識がある。
俺は彼女から事情を尋ねた。やはりヘイメル達は、ここを訪れたらしい。
この酒場の裏には、街壁がそびえている。
特殊な仕掛けの縄梯子が下がっており、部屋の窓から街壁を登ることができる。
この酒場は非合法な連中が街の外へ出るための、いわば裏口だ。
だが人目につかないよう、その使用は真夜中に限られている。
「まだ日が出ているからと断った途端に、縛られちまった」
どうやらヘイメル達は、かなり焦っているようだ。
重要なのは、アステルとおぼしき人物が一緒だったと証言を得られたことだ。
時間はさほど経っていないようだ。ついに、彼女の痕跡を捉えた。
女主人を解放した俺は、窓辺に寄って縄梯子の具合を確認した。
なぜか、縄梯子は残されていた。引っ張ってみたが、しっかりとした手応えだ。
おかしい。追っ手を用心するなら、縄梯子は落すはずだ。
俺は用心しながら縄梯子を登った。街壁の通路に這い上がると、先客がいた。
アステルの護衛であるベリトが、のんびりと街壁の狭間に座っていた。
「無事だったんですね、旦那」
「ああ、おかげさまでな」
俺は剣を抜くと、ベリトに対して構えた。
彼は首を傾げ、こちらをジッと見詰める。
「なんのマネですか、それ?」
「それはこっちのセリフだ」
俺はじりじりと間合いを詰める。
「なぜ、アステルが誘拐されるのを、黙って見過ごした」
アステルが誘拐されたと聞いて、腑に落ちなかった。
護衛任務に不慣れなクリスとフィーなら、そんな不手際もあるだろう。
だがこの男が、そんなヘマをするはずがない。
一番厄介な可能性として、特殊なスキルの可能性を考えた。
だが、もっとも可能性が高いのはベリトの内応、裏切りだ。
「…………ちょっと説明が難しくて、どこまで話していいものやら」
しばらく沈黙してから、ベリトは口を開いた。
「お嬢さんも知らないことなので、内緒にして下さいね?」
「いいだろう、話せ」
ベリトは困ったような笑みを浮かべた。
「原則として、あっしは観察者なんです。直接的な妨害はできないんですよ」
遠まわしな言い方だった。明らかに何かを隠している。
しかし、問い詰めている時間が惜しい。だから大事なことだけを確認する。
「お前は敵か? それとも味方か?」
「味方ですよ。アステルお嬢さんを救出するというのなら、協力はします」
まるっきり他人事のセリフだ。この男の任務は本当に、アステルの護衛ではないらしい。
俺は剣を収めたが、もう一つ聞きたいことがある。
「クリスとフィーはどこだ」
「あっちですよ」
そう言ってベリトが指差したのは、北の森だった。
◆
「アステルお嬢さんを見つけたのは、ほんの偶然なんです」
街壁をロープで伝い降り、街の外に出ると北の森目指して一目散に駆けた。
「クリサリスさんが裏通りで、チラリと見かけまして」
辺りを探し回っている途中で、街壁の上に人影を発見した。
「幸い街壁の階段が近くにあって、兵卒さんたちに頼んで上がらせてもらったんです」
「よく通してもらえたな」
街壁はこの街の防衛の要だ。警備が厳重で、部外者が簡単に立ち入れる場所ではない。
「ちょっとした裏技があるんです」
襟元をひっくり返してこちらに見せた。何かエンブレムのようなものが見えた。
たぶんそれが、彼の裏技なのだろう。
「街壁の上で三人の男を発見しましたが、彼らはロープを伝って外へ逃げ出しました」
見下ろせば四人の男と、彼らに引きずられて走るアステルの後ろ姿があった。
だからクリスとフィーもロープを伝って街壁を降り、追跡したそうだ。
「何でお前は残っていたんだ?」
「旦那の姿が下に見えたんで、待っていたんですよ?」
本心かどうか、そんなことを言った。
だが、あと少しでクリスとフィーに会える。アステルは何がなんでも取り戻す。
そのことだけを念頭に、そのことだけに集中する。
北の森に入ると、探査を発動した。周囲の情報が頭になだれ込んでくる。
いた、クリスとフィーだ。斜め左方向に彼女達の反応がある。
しかし誰かと相対しているようだ。この薄い反応はヘイメルか!
前方を探ると、四つの反応がある。その内の一つがアステルだ。
そのさらに遠くに、多数の人間の反応がある。どうやら武装しているようだ。
アステルの反応はまっすぐにそちらに進んでいる。
誘拐グループの本隊だろうか。合流されると救出が困難になる。
どちらに向かうべきか。ヘイメルと相対しているクリス達か、アステルを優先すべきか。
判断に迷ったその時、それは森中に轟いた。
オオオオオオオオオッ!
木々の梢を震わせる咆哮は、間違いなくクリスだ。
その力強い声に励まされ、アステルの救出を選択する。
俺は確信した。クリス達なら、ヘイメルなどに後れをとらないと。
◆
森の奥に、アステルの姿を視認した。
アステルは両脇を抱えられ、引きずられるように走っている。
男達は三人とも剣術【一】のスキル所持者だ。
だが、まるで脅威を感じない、単なる障害物にしか見えない。
アステルの疲れ果てた様子が、後姿からも分かった。
背中になびく白い髪が目に入った瞬間、俺はベリトを残して全力疾走した。
片手で剣を胸に構え、背を低くして地面を舐めるようにして走る。
脳裏に過ぎるのは、疾走スキルを発動するガーブの姿だ。
剣術スキルでそれを再現しようとするのだ。
当然スピードは雲泥の差、ウサギと亀ほども違う。
もっと速く、さらに速くと念じる。
アステルを抱える二人とは別に追走する男が、こちらに気がつく。
男は手にした剣を振りかざして、こちらに向かってきた。
俺は短刀を二本抜き、指の間に挟んで投擲スキルを並列起動する。
短刀はそれぞれ僅かに時間差をつけ、照準もずらす。
走るスピードも上乗せした短刀は、かろうじて避ける男の体勢を大きく崩す。
そこへ接近した俺が、すれ違いざまに股を斬り裂いた。
仲間の絶叫に、アステルを抱えていた男達が振り返る。
一人がアステルから手を離して剣を構え、こちらに突進してきた。
隠蔽スキルに切り替え、間合いに入る寸前に右足で地面を蹴る。
隠蔽と急な方向転換で、相手の目測が狂って剣筋が逸れる。
身体をひねってその脇をすり抜け、もう一人に突進する。
慌ててアステルを突き飛ばし、剣を構えようとするが、もう遅い。
伸び上がるようにして剣を振りぬき、その手から剣を弾き飛ばす。
がら空きになった腹に、加速した体重を乗せて膝蹴りをくらわす。
男は吹っ飛び、仰向けに倒れる。
後方を素早く確認すれば、ベリトが残した敵を投げ飛ばすのを目撃した。
やはりベリトは強い。俺は倒れた男に最後の一撃を、
「タ、タヂカ?」
アステルの声に、男の目前で剣を止める。
そっとアステルを振り返る。
ゼイゼイと呼吸を繰り返し、ひどく消耗しているようだが、外傷は見当たらない。
急速に、頭が冷えた。倒れた男は、恐怖の眼差しで剣の切っ先を見詰めている。
剣で牽制しながら背後に回り、首に腕を巻き付ける。
キュッと頸動脈を締めると、男はあっさりと意識を失った。
「――――良かった、無事、だったんだな」
尻餅をついてこちらを見上げる彼女の表情は、心の底からの安堵が浮かんでいる。
逆だろう、心配したのはこっちだ。でも何だかばつが悪くなり、視線を逸らす。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
手を差し伸べて彼女を立たせ、膝の土を手で払う。
こっそり治癒術を発動したが、注いだ力がほとんど消費せずに還って来る。
疲労はあるが、まったくの健康体だ。
「それよりもそなた、何をしに来たんだ?」
アステルの言葉に、びっくりして手が止まる。
「何って、助けに来たんだよ?」
アステルは呆けた表情を浮かべた後、笑った。
「そうか、ありがとう」
嘘偽りのない、本当に嬉しそうな笑顔だった。
「でも、もうよいのだ。そなた達は街に帰り、日常に戻るがよい」
それは拒絶の言葉だった。俺が愕然として彼女の顔を見詰めた時、
緑のローブをまとったヘイメルが、吹き飛んできた。
地面に落ちた身体が一度バウンドしてから、そのままゴロゴロと転がる。
やがて木の根元に激突して、ピクリとも動かなくなった。
何事かと思って飛んできた方向を見やると、
鬼が現れた。いや、クリスだ。
凄まじい怒りの形相で茂みを掻き分け、引きずるように剣を携えている。
殺気みなぎる視線がヘイメルと、次いでこちらに向けられる。
その強烈な威圧感に、思わず息を呑む。反射的に腰を浮かして――――
避ける暇もなかった。衝撃をまともに喰らい、俺もまた地面を転がった。
「タツ! タツ! タツッ!!」
クリスが泣きじゃくりながら抱き付いてくる。
彼女の両腕が容赦なく肋骨を締めあげ、その太腿に挟まれた大腿骨が軋みをあげる。
「タツッ!?」
フィーの声も聞こえた。たすけてくれ、そう言おうとした。
フィーの胸に頭を抱きかかえられ、口を塞がれた。
全力の抱擁だが、クリスと比べればいっそ優しいと言える力加減だ。
だが完全に密着され、呼吸を遮られた。
彼女達の身体を叩くが気がついてもらえず、だんだんと意識が遠のく。
そして気絶寸前まで追い込まれた時、
「なぜ、お前が生きている」
俺達はパッと離れ、臨戦態勢に入った。
何も言わなくとも、クリスとフィーがアステルの両脇に立つ。
ベリトはやや距離を置いて、こちらを見守る体勢だ。
俺は彼女達を背に立ちはだかり、剣を構えた。
ヘイメルが、のろのろと立ち上がるところだった。
その双眸にどす黒い感情を宿し、俺を睨む。
「なんで生きてやがるタヂカ!!」
「ヘイメルッ!!」
互いに、野獣の本能のままに叫んだ。
憎悪と憤怒、殺意をみなぎらせ、接近する。
俺は剣を振りかざし、ヘイメルはナイフを突き出す。
もうスキルもヘッタクレもない。
ただただ闘争心のままに武器を振り回し、相手の喉笛を食い破ろうとする。
これまでで一番無様な戦い方だった。
だが頭の芯が痺れ、これほど自らの殺意に陶酔したこともない。
俺達は獣のように吼え、相手の血を欲した。
賞金稼ぎタヂカという、誤魔化しの人格も必要なかった。
ごく平凡な人間に過ぎないと思っていた自分が、心の底から相手の死を望んでいる。
自分のその凶暴さに、頭の片隅で怯えた。
どれほどそうして戦っていたのか。こちらは間合いの長い剣を使っている分は有利だが、ヘイメルはさらに踏み込んで手数で攻撃を仕掛けてくる。
俺の一撃を回避したヘイメルが、手首を返してナイフを飛ばした。
顔を傾けて避けた時、ヘイメルが懐に入り、スッと手を伸ばした。
胸に伸ばされた手に、直感が警鐘を鳴らす。
間合いが近すぎて使えない剣を手放し、ヘイメルの手首を掴んだ。
その手は、驚くほど冷たかった。
冷気が右腕を伝い、心臓まで這い上がって来る。
スキル駆除 発動
「がああああああああアアッ!」
ヘイメルが、絶叫をあげて跳び退いた。
頭を掻きむしり、狂ったように叫び続ける。
俺もまた全力で後退した。
右腕の感覚がなかった。腕がまるごと一本、消えうせた感じだ。
治癒術を発動すると、焼かれるような痛みを伴って感覚が戻る。
あまりの苦痛に呻き、腕を押さえ込んでうずくまった。
「「タツッ!?」」
クリスとフィーの悲鳴が聞こえたが、急いで看破を発動する。
スキル駆除は、完全には通じなかったようだ。
相手のスキルが修復される途中の、わずかな時間しか読み取れなかった。
名称:――――――
年齢:―――
スキル:偽装―危険察知―投擲―弓術―麻痺
固有スキル:――――
履歴:殺人×八
ポイント:四〇
「このっ!!」
罵り声をあげたフィーが、魔術スキルを発動しようとしているのを感じた。
「待ってくれっ!!」
いまここで倒さなければならない。取り返しのつかない事態になる前に。
それが分かっていながら、フィーを止めてしまった。
ポイント:四〇
自分の秘密を知るチャンスが、そこにあったから。
「タツ! 周りを!!」
クリスが警告の叫びをあげた。
気が付けば、俺達は武装した集団に取り囲まれていた。




