異世界の社会勉強
上級魔物出没の噂が流れ、森に立ち入る冒険者の数がめっきり減った。
ギルドは上級魔物の討伐依頼は出さないのか?
カティアにそう質問してみたら、色々と難しいらしい。
理由のひとつが、まだ上級魔物の目撃情報がないこと。
痕跡はいくつか見つかっているが、断定するには至っていないこと。
そして魔物には、上位種が下位種を殺戮する習性があること。
魔物は食欲とは無関係に同じ魔物を殺す。
狩った獲物を食べるのは、どうやら魔物にとって二次的な理由らしい。
殺した後で腹が減っていれば食べる、その程度だ。
冒険者が間引きとして魔物を狩る以上に、魔物同士の殺し合いは激しい。
仮にもしこの習性がなければ、とうに人類は魔物の大群に飲み込まれて滅んでいるそうだ。
だから上級魔物がギルドの所轄内に侵入すると、扱いは慎重になる。
人里に現れれば即、駆除の対象になる。
しかし魔物の棲息領域にいるのであれば、基本的には放置したい。
下手に干渉すると、どのような弊害が生じるか、予想できないからだ。
このような事態は稀に起こるが、たいていは下級魔物を殺戮してまわると森の奥へと去っていく。
だからギルドとしては、とりあえず事態を静観するつもりらしい。
そんなわけで、新人向けの森の討伐に出られない俺は、東の平原でぼつぼつと狩りを行っている。
たくわえは十分にあるので、あせる必要はない。
ならばこれを機に、次の目標を実行しよう。
つまり奴隷の購入である。
街の西側にある奴隷商館を訪れた。
建物の外観は立派だ。奴隷を扱う陰鬱な印象はまったくない。
考えてみれば街の富裕層も訪れる場所だから当然だ。
カティアに書いてもらった紹介状を渡すと、担当の人が応接室に案内してくれた。
「それでは、奴隷取引について説明させていただきます」
奴隷購入が初めてだと告げると、その奴隷商人は基礎知識について講釈を始めた。
一般的な話はカティアに聞いていたが、復習の意味で耳を傾ける。
「奴隷の種類は大きく分けて、補償奴隷、捕虜奴隷、終身奴隷に分けられます。
一般の方々が購入されるのは、この補償奴隷が大半でございます」
補償奴隷は、借金の担保から奴隷になることだ。ふつう、奴隷と言えばこの補償奴隷を意味する。
貧困農家が形ばかりの借金契約をして事実上、子供を奴隷商に売り払うなど事情は様々だ。
補償奴隷の扱いについて。
主人は奴隷の衣食住を保証する。補償奴隷に折檻以上の暴力をふるってはならない。
四肢欠損を含む、重度の障害を与えれば、処罰の対象になる。
奴隷の主人は一年に一度、役所に奴隷を出頭させる義務を負う。
そこで身体検査や労働環境の聞き取り調査が行われる。
深刻な虐待が行われていると判断されると査察が入る。
ちなみに避妊を行えば、十五歳以上の女性への性行為は虐待に該当しないらしい。
しかし避妊を怠り、妊娠させた場合は奴隷を解放した上で結婚をしなくてはならない。
妊娠した奴隷を強制的に堕胎させれば、重犯罪として処罰される。
結婚を奴隷が拒否した場合は、賠償金を支払うことになる。
補償奴隷の年季について。
補償奴隷の拘束期限を年季と言い、法律で五年と定められている。
年季があければ奴隷の境遇から解放される。
借金をする際、担保がなければ自分自身か、十歳以上の自分の子供を借金の担保とする。
借金の限度額は、担保となる人間の容貌や能力によって査定される。
美貌の持ち主や優れた能力があれば限度額は高くなる。
もし借金が返済できなければ担保となった人間は補償奴隷となる。
補償奴隷の売買価格はこの借金の弁済と、奴隷商の利益と、奴隷の解放一時金の総額となる。
要するにいくら借金の額が高くても、補償奴隷は死ぬまで働かされることはない。
解放後の一時金で新たな人生をやり直すことも不可能ではないということだ。
戦争の捕虜奴隷や借金の補償奴隷を買うというのは、この国では一種の弱者救済と受け止められている。
裕福な人間の義務であり善行に類する行為と考えられているようだ。
良い面ばかりではないが、俺の抱く奴隷のイメージとはずいぶん違うなと思った。
捕虜奴隷は戦争によって捕らえられた人間がなるらしい。
いま現在、この奴隷商では扱っていないとのことなので、説明は省略された。
終身奴隷は、死刑相当の罪を犯した犯罪者がなる。
殺人などの重罪を犯した犯罪者が自首した場合、死一等を減じられて終身奴隷となる。
ちなみに賞金稼ぎに捕らえられた場合は、大人の事情で自首扱いになる。
終身奴隷は、補償奴隷に与えられる保護のほとんどが与えられず、永続的な不妊処置が施される。
四肢切断や目つぶし、指や耳、鼻削ぎや去勢は認められない。もし違反すれば罰金が課せられる。
主人はいかに終身奴隷を苛酷に扱おうと咎められない。
但し、餓死させることや殺すことは許されない。
これは出来るだけ長く苦役を与えるという趣旨による。
所有者が死亡、もしくは不要になった終身奴隷は国に譲渡され、さらに転売される。
意外にも終身奴隷は一般の市民から常に一定の需要がある。
その最たるものが徴兵逃れである。
徴兵を課せられた人間が、身代わりとして終身奴隷を供出するのだ。
これは正式に法律によって認められている行為である。
一家の大黒柱が徴兵されると、親族一同が金を出し合い、終身奴隷を購入する。
軍もこういう使い潰しの出来る兵士を歓迎し、奴隷部隊として死傷率の高い作戦に投入したりする。
終身奴隷は基本的に死んだ後まで奴隷だが、戦場で抜群の功名をあげて戦死すると奴隷身分から解放される。
死んだ後で解放されて何の意味があるのか。
俺が尋ねると、奴隷商人は肩をすくめた。
終身奴隷から解放されれば、遺骸をゴミや汚物と一緒に埋められたりしないで普通に埋葬される。
下げ渡された遺髪で葬式をあげられるし、遺族は名誉を回復できる。
だから意外と、奴隷部隊の士気は高いのだと言う。
その話を聞き、俺は複雑な気分になった。
奴隷を選択する第一のポイントは、この三つの奴隷の中からどれを選ぶかだ。
「補償奴隷で」
奴隷購入の初心者に、犯罪者の奴隷とかはハードルが高すぎる。
「どのような用途にお使いになられますか」
要望を伝えようとして不意に思いとどまった。
俺はこの世界の事を何も知らない。常識などを懸命に学んでいるが、まだ一年にも満たないのだ。
まして奴隷がどのような存在なのか、まったくの無知である。
そんな俺が、最初から命を預けるパーティーメンバーを幾人もの奴隷の中から選ぶなど、リスクが高すぎるのではないか。
「手間が掛からない、安い奴隷で」
だから最初は奴隷がどういうものか、学ぼうと思った。
奴隷のいない国で育った俺の常識が通じる存在なのか、知るところから始めよう。
「それは・・・あまりお勧めできません。奴隷にも得手不得手があり、適材適所を考慮しなければ、せっかくの資金を無駄に捨てることにもなりかねません」
「そうですね。ところで補償奴隷は、期間内であれば返品も可能だと聞きましたが」
「・・・はい、三ヶ月以内で健康なままであれば、半額でお引き取りしております。但し処女の奴隷を御手付きになれば、四分の一になります」
「じゃあ構いません。自分で自分の面倒がみれる程度の常識があれば、容姿や性別、年齢を問いませんから」
奴隷商人はしばらく考えたあと、少々お待ちくださいと言って、部屋を出て行った。
「お待たせしました」
しばらくしてから、奴隷商人はひとりの女性を伴って戻ってきた。
「彼女ならば格安の値段でご提供できます」
「・・・・・・ベラです」
「こちらはベラと申しまして、今年で二十歳になりました。処女ではありませんし、スキルもなく、家事にも不慣れでございます。
少々トウもたっておりますので、お手頃な価格でご契約いただけますが、いかがでしょう」
・・・二十歳ぐらいでひどい言われようである。
ベラ
年齢:20歳
スキル:従属1、抗スキル、
固有スキル:
履歴:婚約、奴隷
なるほど。ごく普通の人間らしい。
「それで金額は?」
「カティア様のご紹介ですし、金貨七枚とさせて頂きます」
冒険者ギルドのデインさんから聞いた相場よりも若干高い気がするが、まあいいか。
俺は特にこだわらず、契約を交わして金を払った。
「こちらの首輪に触れて下さい」
「これは?」
「【忠誠の証】と言われる品です。古代遺跡より発掘された品を、魔術師組合で複製したものです。契約した主人を肉体的に傷つける行為や、逃亡を封じる効果があります」
「なるほど。しかし、首輪を外されたり壊されたりしないか、不安だな」
「ご心配はごもっともです。ですが【忠誠の証】は、同じ発掘品の複製でしか外せません。しかも非常に頑丈な材質で、本人を傷付けずに外すのはほぼ不可能なのです」
なるほど。うまく出来ている。
たぶんだが、従属1というスキルが、奴隷を束縛しているのだろう。
あと抗スキルというのは、あれのことか?
「聞くところによると、奴隷はスキルを習得できないらしいが?」
「さようでございます。もともと所持していたスキルは有効ですが、あらたにスキルを取得することはございません。神官様の手によって、その処置を施されます」
「なぜそんなことを?」
「主人によって、奴隷に不利益となるスキルが付与されるのを防ぐためです」
「そんなスキルがあるのか?」
「非常にまれな例ですが。しかしその副作用で、新たなスキルが取得不可能となります」
スキルを付与するスキルか。ちょっと想像できない、あ、そうか、この抗スキルも、神官のスキルによって付与されているのか。
「従属を付与するスキルの持ち主も存在するのか?」
「いいえ、歴史上、従属付与のスキルを所持した人間が確認された例はございません」
「すると、この忠誠の証だけが、従属スキルを付与する唯一の手段なのか?」
「さようでございます」
なるほど、勉強になる。勉強になるが、役には立たない知識だな。
「で、どうするんだ?」
「こちらに手を触れて、そう、そのままお待ちください」
俺が指先を首輪に触れたとき、ベラの表情が動いて、すぐに消えた。
奴隷商人は懐から、細い金属の棒を取り出し、首輪を叩いた。
きいいん、と澄んだ高い音が響き、長く余韻を帯びた。
「これで契約は完了です」
人ひとり、買ったにしてはずいぶんと簡単な手続きだなと思った。
「それでは、お客様は初めての奴隷購入なので、これより担当の者から奴隷法に関する講習を受けて頂きます。
時間は二時間ほどになります。内容はさきほど簡単にご説明した内容を、より詳細に解説したものです。それではこちらに」
ちっとも簡単じゃなかった。
「この娘に合う服をお願いします」
俺は予算額を示し、ベラの服の見立てを店員さんに頼んだ。
奴隷商館から出た俺達がまず向かったのが、服屋である。
奴隷だからボロ布一枚、という事はさすがになかった。
だけどベラが着せられていたワンピースがあまりにも質素すぎたので、まず着替えを購入することにした。
「ベラも、自分の好みで選んで。多少なら予算を越えても構わないから」
「・・・はい」
ベラが言葉少なくうなずく。器量は十人並みだったが、表情が暗くて陰鬱な印象を与える。
まあ、それも当然か。借金を重ねたのか親に売られたのか知らないが、奴隷の境遇に陥って、明るくいられるはずがない。
しばらくして着替えと靴を購入して、多少見られる格好になったベラと店を出る。
街をぶらぶら歩きながら、今後の予定を考える。
最初にベラとの親睦をはかることだ。今のままではまともなコミュニケーションも取れない。
まず、かるい話題から。
「君は魔物狩りに出られるかな?」
ベラは蒼白になり、恐怖に目を見開いて俺を見詰める。
どうやら冒険者のパーティーメンバーには不向きなようだ。
「俺は冒険者だけど、無理強いはしないから安心して?」
そもそも軽い話題ではなかった。ベラの態度はさらに頑なになり、親睦どころではない。
「何か好きな食べ物とかある?」
「・・・いいえ、特にはありません」
今度はわりと長い言葉だった。態度が軟化し、距離が縮まったとみるべきだろう。
希望がないようなので、目についた食堂に入る。
あいている席に適当に座るが、ベラはいつまでたっても座ろうとしない。
「そこ、座りなよ」
「・・・はい」
言われれば素直に従う。この様子ではメニューを選ばせるのは面倒そうだ。
俺は店員におすすめメニューを2人分頼んだ。
店員はちらりとベラを見たが特に何も言わずに注文を復唱して厨房に去った。
そう言えば、何も考えずにベラを連れて店に入ったが、大丈夫だろうか?
「俺の自己紹介がまだだったね。名前はヨシタツ・タヂカ、見ての通り冒険者だ。
事情があって遠い国から旅をしてきて、数か月前にこの街に到着したんだ。
それでこの国と奴隷の事情に詳しくないので、色々と教えてほしい」
「・・・はい」
「さっそくなんだけど教えて欲しい、奴隷ってこういう店に入っても大丈夫なの?」
「・・・なじみの店なら、一人で入っても大丈夫です。主人と同伴なら、まったく問題ありません・・・」
「それは、奴隷が差別されているっていうこと」
俺の問いに、ベラが首を傾げる。
「・・・いいえ、お金が払えるかどうか、心配されるからです」
・・・ああ、そうか。基本、奴隷は自分のお金を持っていない。なじみの店なら、後で主人から取り立てればいい、ということか。
「ああ、ありがとう。勉強になったよ」
「・・・いいえ」
こういう事情も、実際に奴隷を連れて歩かなければ分らないことだった。
やはり練習用にベラを買ったのは正解だった。
これなら一ヶ月ほど一緒にいれば、だいたいのことは分りそうだ。
そのあとでベラを返品して、新たにパーティー用の人材と契約すれば良いだろう。
今度はじっくり吟味して慎重に選ぼう。
出来ればスキルの所持者が見つかればいいのだが。
そんなことを考えながら、俺はベラと食事をとった。