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教えて!誰にでもわかる異世界生活術  作者: 藤正治
三十路から始める冒険者
1/163

プロローグ.異世界での賞金稼ぎな日常

「好き嫌いしたらダメよ!」

 鋭い叱声が飛んでくる。

 宿の看板娘リリちゃんは今日も俺に厳しい。


「う~~ん」

 俺はスプーンで皿をかき混ぜながら生返事だ。

 朝食は卵粥っぽい何か。

 異世界料理にも馴れたが油断は禁物だ。

 選別作業に集中しなくては。

「また白アスパを残して」

 冷ややかなリリちゃんの声。

 いや、単純な好き嫌いではないよ?

 何しろ異世界の食材だ。

 体質に合わないものがあるかもしれない。

 だけど調べようがないから自分の味覚を頼るしかない。

 よって白アスパと呼ばれるこの食材はダメなのだ。

「今日は白アスパが嫌いだったじっちゃんの命日で」

「なら明日はだいじょうぶなのね?」

 適当な言い訳をしたら、すかさずリリちゃんが突っ込んでくる。

 もしかすると二倍の量を混入されるかもしれない。

 俺は諦めて口にする。

 ああ! この妙に柔らかい食感が!繊維質の舌触りが!匂いが!

「まったく子供みたいに」

 十四歳の女の子に子ども扱いされる俺、三十歳。

「食べたらさっさと仕事に行きなさい」

「・・・仕事かあ」

 俺は窓の外を見る。

 分厚く黒い雲が垂れ込めて、今にも降りそうだ。

「今日はちょっと」

「ダメよ!」

 ピシリと遮られる。

「一昨日は頭が痛い、昨日はお腹の調子が悪いとか言って、もう二日もサボっているじゃない!」

 うわあ! 改めて指摘されるとダメな大人だ!

「言っておきますけど!文無しになったらうちの宿から追い出すからね!」

「そんな!? 働くから捨てないで!!」

「す、捨てるなんて言ってないでしょ!?ふ、普段から頑張って働いたら三日ぐらいは待ってあげるから」

 情けない声で憐れみを乞うと、あっさりと陥落するリリちゃん。

 ふっ。人生経験が違う。

 俺の実体験から編み出した謝罪技法なら、女の子の同情を買うぐらいなら何とかなるかも!

「こらリリ。タヂカさんに失礼よ」

「お母さん!」

 騒ぎを聞きつけたのか、調理場から布巾で手を拭きながら女将のシルビアさんが出てきた。

「タヂカさんにはご自分の考えがあるの。他人が口を出してはいけないわ」

「・・・うん」

「タヂカさんは大人の男性なんだから大丈夫よ」

 シルビアさんはリリちゃんの髪をそっと撫でる。

「宿代がなければ即日に宿を出ていくぐらいの覚悟で仕事にのぞんでいるから」

 やはりシルビアさんはリリちゃんより手強い。

「くッ!さすが年上の」

「お仕事、しっかり頑張ってくださいね」

 笑顔を消して激励してくれるシルビアさん。

「ごめんねリリちゃん」

 ちょっと心配げな彼女に力強く笑みを浮かべる。

 こんな年端もいかない女の子に世話を焼かれるようでは大人として情けない!

「俺、頑張って働くよ! 明日からちゃんと!!」


「出てけ――!!」

 箒を振りかざすリリちゃんに散々追い回され、俺は宿から叩き出された。




 そしてお仕事中です。

 看破 発動

 前方を歩く男に看破スキルを発動する。


 名称:ゲイン

 年齢:35歳

 スキル:短刀術1

     忍び足2

 履歴:殺人×5、盗賊


 視界にオーバーレイ表示される、情報の羅列。

 何の機器も装着してないのに、自分の肉眼がモニターとなってしまう不思議。

 この能力を使うときに俺はもっとも強く感じる。


 ここが異世界なのだと。


 地球の常識で測れない、異なる理が働く世界だと。


 狭く薄暗い路地、雨で薄墨のようににじむ景色。

 虚構と現実の境界線があいまいになるようなおぼつかなさ。

 漂いそうな気を引き締め、情報を確認する。

 彼の名はゲイン、三十五歳、履歴に五件の殺人と盗賊行為の記録がある。

 重罪人だ。

 視認するだけで相手の情報を読み取ってしまうのが、この看破スキルだ。

 名前や年齢、所持スキルに経歴など、相手の個人情報を簡単に暴いてしまう。

 スキル

 人間の身に宿るこの不可思議な能力群に、俺は翻弄されつつ生きている。



 隠れ家から出たゲインをここまで尾行してきた。

 もうとっくに街から出ていれば良いと考えていた。

 彼を見つけてから数えて四日目。なんだかんだと自分に言い訳して実行を延長してきた。

 それなのに、いまだのん気に街に潜んでいる。


 多分、こういうめぐり合わせだったのだろう。


 雨音がうまい具合に足音を消してくれる。

 万が一を考え、彼の履歴を再確認する。

 五人を殺した殺人犯だから、報奨金は金貨二枚、銀貨なら八百枚だ。

 マントの下から、特注品の短矢弓銃を取り出す。

 大振りの拳銃に、小さな弓を組み込んだような形状だ。つまりのボウガンのオモチャだ。

 有効射程距離は十メートルほどだし、矢を装填するのに手間が掛かり、貫通力も弱い。


 小走りに距離を縮めた。

 ゲインの背中を狙い、短矢弓銃を構え、撃つ。

 矢が命中するのを見届けることなく、きびすを返して逃げ出した。

 背後から響く罵声。

 どうやら急所は貫けなかったらしい。

 バシャバシャと水溜りを踏む音が迫る。ゲインが追ってきているようだ。

 背後を振りかえる余裕もなく、俺は必死に逃げる。

 この世界に来る前だったら、すぐに息を乱し、走れなくなったと思う。

 最近では、ある程度の速度と持久力がついてきた。

 だがゲインは思いのほか足が速いようだ。次第に足音が迫ってくる。

 怖い。ものすごく怖い。

 もしかしたら、矢は完全に外れたのではないか。

 ひょっとすると、どこか金具にでも当たって、はじかれたのかもしれない。

 そうだとしたら、俺は死ぬかもしれない。

 このまま進めば、前方には川が流れている。

 そこに飛び込めば、逃げ切れるかもしれない。

 そのつもりで、この場所を襲撃地点に選んだ。

 だが、川にたどり着く前に追いつかれそうだ。

 俺は必死になって駆けた。

 もしこれ以上距離が縮まるようなら、助けを求めて叫ぼう。

 誰も助けには来ないだろうが。

 バシャンと水を叩く音、何かが倒れ込む音がした。

 俺は足を止め、おそるおそる背後を振り返る。

 ゲインが路地に伏せていた。

 ゆっくりと、様子を見ながらゲインに近づく。

 彼は顔面を痙攣させながら俺を睨んでいる。

 ぎ、ぎ、ぎ

 言葉にならない、うめき声。放った矢には、麻痺毒が仕込んである。

 どうやら上手く身体のどこかに命中し、身体が麻痺したようだ。

 憎悪と怒りに燃えた眼光に怯えながら近づく。

 彼は右手の短刀で路面を引っかき、震える左手で俺につかみかかろうとしている。

 正直、凄いと思う。

 最後の瞬間まで殺意に身を焦がし、敵の喉笛に喰らいつこうとする執念に、畏怖の念さえ覚える。


 もし俺だったら、泣きわめいて命乞いをしている。


 なるべく距離をとりながらゲインの後ろに回り、膝で背中を押さえつける。

 後ろ髪をつかみ、顎を上げさせる。

 苦しめたりはしない。

 抜き放ったナイフで首をぐるりと切り裂いた。




 騎士団の詰め所に出頭した俺を見て、ギリアムさんがうんざりした顔ではき捨てる。

「また貴様か」

「いつもお世話様です」

 俺は頭を下げた。

 マントのフードを目深にかぶり、口元はマフラーで隠してある。

 賞金稼ぎは相手が騎士であろうと、顔をさらさなくても良い不文律がある。

「場所はどこだ」

「貧民窟の路地裏です」

「案内しろ」

 ギリアムさんはいつものぶっきらぼうな態度だが、他の騎士達に比べればだいぶましな対応だ。

 中には顔に唾を吐きかけてくる騎士もいる。

 まあ仕方がないと思う。

 賞金稼ぎとは、そういう商売なのだから。

 現場に到着する頃には、雨が止んでいた。

 三名の兵卒が、逃げられないように俺を取り囲む。

 ギリアムさんは腰の袋から鑑定盤を取り出すと、二つの記録石をセットした。

 鑑定盤はスマホぐらいの大きさの、黒い色をした木板だ。表面には幾重にも線がからんだ、銀の象嵌が施されている。

 そして木板には鑑定石がはめ込まれている。

 ギリアムさんは鑑定盤をゲインの死体にかざした。

 すると表面に施された銀の線を淡い赤光がなぞり、古代装飾文字の数字を浮かび上がらせる。

 象嵌は一から二十までの古代数字を重ねたもの。要はデジタル電光板である。

 表示された数字は五。

 鑑定対象が五人を殺していることを意味している。

 それが騎士の持つ鑑定盤の機能である。

 人間の履歴から殺人数を読み取り表示するのだ。


「確認した、間違いなく殺人者だ」

 俺は安堵のため息を漏らす。今回で十件目だがこの緊張感には慣れない。

 ギリアムさんの言葉に、兵卒さんたちが俺の包囲を解いた。

 もし鑑定結果で無実の人間が殺されたとなったら、俺は即座に取り押さえられ、鑑定盤の結果で処刑されることになる。

 今回も看破スキルが正しいことが実証された。

 ギリアムさんは鑑定盤から記録石を取り外す。

 無色透明だった記録石が黄色に光っている。

 この小さな水晶球にゲインを特定する情報と殺害した人数が記録されている。

「ほら、受け取れ」

 二つのうち片方の記録石は、俺が受け取る分だ。

 ギリアムさんはちゃんと手渡してくれるので好感が持てる。他の騎士はいつも地面に放り投げる。

「ありがとうございます」

 俺がお礼を言うと、ギリアムさんは首を振る。

「毎回言っているが、誤認討伐だけは注意しろ。賞金首になった賞金稼ぎは、少なくない」


 もし万が一、殺人履歴がない人間を殺したら、俺の履歴に殺人が記録される。殺人履歴がある人間を殺しても、履歴に殺人は記載されないし罪も問われない。

 この世界の人間は、履歴と呼ばれる功罪記録を持っている。学者によると、その記録はその人間の魂に刻まれているそうだ。鑑定石は、その功罪記録を読み取ることが出来る。

 殺人履歴を持つ人間への対処は実にシンプルだ。裁判なしの死刑か、終身奴隷になるしかない。

 俺としては、どういう基準で殺人履歴が刻まれるのか非常に気になる。事故や自衛は殺人履歴が付かないと言われているが、検証できる問題ではない。元の世界では情状酌量の余地があるように思える場合でも、殺人履歴持ちは必ず処分されてしまう。それ以外の、履歴が付かない間接的な殺人は裁判によって裁かれるのにだ。

 殺人履歴持ちは、まるで疫病そのものの様に扱われる。


「気をつけます」

「もういい、行け」

 興味が失せたとばかりにギリアムさんは死体の片づけを兵卒さんに命じた。

 俺は一礼して、殺人現場を後にした。




 賞金稼ぎのギルドで記録石を換金した。

 金貨四枚だった。

 ゲインは賞金首だった。

 どこかで彼の死を望む人間が、金貨二枚の報奨金を掛けたのだ。

 被害者の家族だろうか。

 ゲインの死を知ったら、心は癒されるのだろうか。

 そのことに特別な感慨はない。加害者も被害者も俺にとっては等しく他人だ。

 ただ見も知らぬ人間が託した金貨を受け取ったことに、数奇なめぐり合わせを感じるだけだ。


 俺は掌を見詰めた。

 看破を使い、俺自身の情報を読み取る。


 名称:タヂカ・ヨシタツ

 年齢:三十歳

 スキル:看破1

  探査1、射撃1

 履歴:渡界

 ポイント:120


 ・・・また増えている。

 俺自身の情報には、他の人間には存在しない項目がある。

 ポイント。

 これはいったい何だ?

 俺が人を殺すたびに増えていく数値。

 昨日まで、ゲインを殺すまでは100だった。

 それがいま、20も増えている。

 意味が分からない。

 もしかすると、この世界では死後の世界とかが、あるのかもしれない。

 そして、このポイントが一定値をオーバーすると、地獄に堕ちるとか?

 他人の命を奪った罪の重さ。常識的に考えれば、そういう意味だろう。



 俺はいつもの習慣で街外れの古い神殿を訪れる。

 こじんまりとした、石造りの建物だ。

 入ってすぐのところにある壷に、喜捨として銀貨三十枚ほどを投げ入れる。

 元の世界では、感覚的に数万円ぐらいだろうか。

 神殿の中は閑散としていた。ここで他の参拝客を見た覚えがない。


 神殿の奥にある祭壇の前で、俺は石畳の床に正座をして合掌した。

 人を殺した後、俺はいつもこの神殿を訪れ、祈りっぽいものを捧げている。

 罪の意識もあった。

 ポイントの増加に気付いてからは、この数値が減ることも期待した。

 誰でも死ねば仏だと、亡くなった祖母の言葉を思い出したせいでもある。

 もし祖母が生きていて、俺が異世界で人を殺して生計を立てているのを知ったらどう思うだろうか。

 色々な想いが頭をぐるぐると回る。

 偽善と言えば、まちがいなく偽善だ。

 殺人で得た金を寄付して罪が減るとも思えない。


 静謐な雰囲気の中、格好だけでも祈りを捧げる。

 頭や体のなかでもやもやしていたものが、次第に薄れていく。

 何も求めず、ただ祈るという行為だけに没入する。

 どれほどそうしていたのか。いつの間にか夕暮れ時で外は赤く染まっていた。

 立ち上がろうとして、

 コロンと倒れた。

「いたたたたたたたた」

 足が痺れた。俺がもだえ床を転がる。

 忍び笑い声が聞こえた。

 頭の中でスイッチがはじけた。

 だが脳内で探査スキルが発動するよりも先に、視覚が彼女を捉えた。

 尼僧、というかシスターか?

 白いローブを着た一人の女性が、入り口付近にたたずみ、両手に口を当てて笑いをこらえている。

「だいじょうぶですか?」

 彼女は近づき、床に倒れる俺を見下ろした。

 薄暗いが、ちょっとした美人なのは分かった。

「ちょ、ちょっと待っててテテテ」

 まだ痺れが取れず、立ち上がれない俺の様子を見て

「失礼しますね?」

「さ、触らないで!」

 彼女が俺のふくらはぎに触れると、得体の知れない感触に包まれた。

 スっと痺れが癒えた。

「あれ?」

「良くなりました?」

 まだ頬に笑みを残したまま、彼女が尋ねた。

「は、はあ」

 俺は慌てて立ち上がる。

「すみません、神聖な場所で騒いでしまって」

「いいえ、かまいませんとも。先ほど捧げられた祈りの姿は、敬虔な心にあふれていました。神も嘉したもうでしょう」

 見捨てているんじゃないかな、とは言わない。

「俺はタヂカ、ヨシタツ・タヂカです」

「私はこの神殿に仕える、モーリーと申します」

 互いに名乗りを終えると、モーリーと名乗った女性は小首を傾げた。

「ひとつ、うかがってもよろしいですか」

「なんでしょう」

「先ほど祈りを捧げていた作法は、いずれの神々の宗儀なのでしょうか?」

 正座に合掌、のことなのだろう。

 そういえばこの国というか世界に、正座はあるのだろうか。

「すみませんでした、この神殿の作法を知らないので俺の故郷の形で祈らせてもらいました。悪気があったのではありません」

「いいえ、かまいません」

 モーリーはゆったりと微笑んだ。

「ここは世界にあまねく神々の家。いずれの神々であれ、どのような作法であれ、咎められるものではありません。全てを見通される神々は、その姿や形ではなく、心のうちをご覧になるのですから」

「お言葉に甘えて、今後も続けていいですか?故郷のことを忘れたくないので」

 彼女の笑顔が同情にくもったが、すぐに晴れる。

「ええ、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます、それでは失礼します」

「あなたに、神のご加護がありますように」

 彼女が祈ってくれた。

 神様がご利益をくれるのなら切実に欲しいと思う。


 名称:モーリー

 年齢:二十歳

 スキル:治癒術2、継承、宣戦

 履歴:*****、*****




 宿に戻る前に、広場で手を洗った。

 馬の水飲み場にある桶には、水道から常に水が注がれている。

 桶から溢れた水で手を洗う。何度も何度も丹念に。

 表面上はキレイになった手を服の裾で拭った。

 日が落ちそうだ。

 足早に広場を立ち去る。

 暗くなる前に宿に戻りたかった。

 夜の街を一人で出歩くのはあまりお奨めできない。

 不審者として捕縛されたり、犯罪者に狙われる。

 まあ探査スキルを使えばどちらも避けられるが。

 進むに連れ、周囲の家並みがちょっと小奇麗になってくる。

 この辺りは庭付き戸建てが多い。中産階級が住む閑静な住宅街だ。

 その一画に俺が泊まっている宿がある。宿に名前は特にない。

 単にシルビアの宿で通っている。

 外観は農家風のたたずまいで、小さな家庭菜園と離れがある。

 宿の近くに着いたところで、門の前に人影が見えた。

 リリちゃんだ。

 箒を手にして所在なげに辺りを見回している。

 俺は嫌な予感がした。

 向こうも俺に気が付いたようだ。

 距離があるので確かではないが、彼女の白い歯が見えた気がした。

 笑っているのか?

 近くに寄ると勘違いであることが判明した。

 実に不機嫌そうな顔だ。

「リリちゃん、どうしたのこんな時間に門の前で?」

 俺がおそるおそる尋ねると、彼女の表情はいっそう不機嫌になる。

 あれか?今朝の続きか?

 まさかあの箒で追っ払うつもりなのか!?

「・・・遅かったのね?」

「いやすみません仕事が遅くなってしまって」

 弁解しつつ後退する。

「リリちゃんこそ何をやっていたの?」

「・・・お掃除」

 良かった。俺の思い過ごしらしい。

「そうか感心だね。でも暗くなるから家にお入り?」

 彼女の脇を通り過ぎつつ忠告する。


 目の前に箒の柄が差し出され、進めなくなる。


「・・・なにか言うことはないの?」

 どうやらタダでは通れないらしい。

「今朝はごめんなさい?」

 違ったようだ。

 怒るかと思ったがなんだか悲しげだ。

 俺は焦った。怒ったリリちゃんは可愛いが、悲しげな表情は苦手だ。

 なんだろう。今朝のことではないのか?遅くなった理由か?宿代のことか?

 グルグルグルグル思考を旋回させても思い当たる節がない。

「・・・ただいま」

 平凡な答えしか思いつかない自分が情けない。

 俺は箒による攻撃に身構えつつ、彼女の反応を見守った。

 スッと箒の柄が引き戻された。

 何事もなかったようにリリちゃんは宿へと戻ってゆく。

「・・・おかえりなさい」

 肩越しに振り返り、一言告げた彼女の横顔。

 夕日に照らされた少女の姿に、俺は世界が切り替わるのを感じた。

 ああ、日常が戻って来たのだと。


「さっさとご飯を食べて!片づけが済まないから!」


 我に帰った俺は、彼女を追って宿の扉をくぐった。

 食堂から美味しそうな香りが漂ってくる。

「今晩はシチューよ」

「おお大好物だ!」

 シルビアさんのシチューは絶品だ。

「わたしも手伝ったから」

 リリちゃんも料理上手だから期待できるぞ。

「白アスパもたっぷり入れたよ?」

「ひどいよ!?」

「嫌いなものは克服しなくちゃね」


 無邪気に笑う彼女の顔が、悪魔のそれに見えた。




 白アスパは入っていませんでした。

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[一言] ギリアム「さん」って、偉ぶった奴に心の中まで「さん」なんか要らないだろう。 ギリアムとの関係はただの取引関係だ。 心の中まで社畜っぽくてペコペコして恥ずかしくないのかね。
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