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塔の上  作者: 八尾文月
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神はいない 12





 後日、ディナントの王と王太子は秘密裏に幽閉された。

 しかし、彼らが黒に染まったことは多数の人間が知っている。これほど隠し切れていない秘密などそうそうないだろうが、こうも周知されているからこそユリファスの即位に反対の声は上がらなかった。

 王と王太子は神の怒りに触れたのだと宮中では囁かれている。二年前に王太子の犯した禁忌を知っている者もいるのだ。そのような噂が流れるのも必然だろう。


 父と兄の対処について、ファビナは弟妹達に口を挟ませなかった。


「何故ですか、姉上」

「これが最善だったの」


 第二王女の名の元で行われた幽閉。それがファビナの独断として行われたことに納得していないユリファスを、彼女は苦笑混じりに諭す。


「どんな人間であろうと、あれらは私達の親であり兄であったのだもの。肉親に引導を渡すのも、その責と怨恨を負うのも一人で十分よ」

「でしたら、それは私が負うべきでした」

「ユリファス」


 ファビナは弟に向き直る。


「これから貴方は、数多くの命を背負うことになるわ。人を生かすも殺すも貴方の采配で決まるようになる。それは王の責務でしょう。けれど、王になる前からその重荷を知っておかなくても良いのではなくて…?」

「姉上…」


 ファビナは、幼い頃そうしたようにユリファスの髪を撫でた。


「良い王になりなさい。貴方はそうあるだけの力を持っているのだから」

「…はい」





 父王が退位し、王太子であった兄から継承権が消えた後。玉座に着いたのは弱冠十三歳の第二王子だった。


 側室の一人であった子爵令嬢の子である彼もレノア、ファビナ姉妹とは腹違いの弟である。

 彼らは仲が良かった。

 物心つく前に母親を亡くし、父王から関心を寄せられていなかった幼い王子を育てたのは姉妹の母である伯爵令嬢だ。五年前に病死するまで彼女は後宮で生まれた子供達の世話をし、一方で熱心に教育を行っていた。

 強い人だった。賢く有能な女性だった。だからこそ、彼女が王の側室に甘んじていたことは子供達の間で未だに大きな謎となっているほどだ。人間、誰しも欠点を持っているということなのかもしれない。


 そんな母の面倒見の良さはレノアが、合理主義なところはファビナが受け継いでいる。

 レノアは幼い弟妹達を可愛がり、姉というより母のように慈しんだ。時に厳しく、時に優しく、人としての常識と王族としての矜持や責任の重さを自覚させていった。

 ファビナもまた彼らに国内から国外、末は古語に至るまでの言語を習得させ、本を与え、あらゆる知識を得る利点を教え込んだ。更に帝王学、剣術、乗馬など必要最低限のことも学ばせている。

 母方の祖父の力を借りながら、レノアとファビナは自らも家庭教師となって幼い子供達の成長を見守った。礼儀作法、貴人に必要な嗜み、戦略の組み立て方、外交術。二人に共通していたのは、弟妹達に自分で生きていくための力を得ていてほしいということだった。

 それが、今では王として立つための能力となっているのだから皮肉なものだ。



 いきなりの代替わりだったため、簡略して行われた王位継承。大々的な即位式は半年後に行われる。

 彼の即位を表立って反対する者はいない。各自の思惑や心中はどうあれ、皆が新たな王に恭順を誓い頭を下げた。


 そうして、ディナント国の第八十六代国王ユリファス・ジノア・ラ・ディナントは誕生したのである。





◇◇◇





 レノアがクラトリスに輿入れする日が来た。

 ユリファスの即位式が無事に終わり、以前より進められていた話は途中で頓挫することなく無事に実現されることになったのだ。


 クラトリスからはレノアを迎えに豪華な馬車と大量の護衛が派遣された。更にはアルフィード本人まで当然のようにディナントに来ている。

 クラトリスの王都からは馬で二十日、馬車では一ヶ月以上かかる場所だというのにまめなことだ。


「アルフィード様!」

「レノア」


 王との謁見が簡単に終わった後、半年近く会っていなかった婚約者達は満面の笑みで再会を喜び合った。人前でなければ熱い抱擁が行われていただろう。


「迎えに来たよ」


 アルフィードがレノアの手を取り、そっと口付ける。レノアは頬を微かに染めたが、その口元は上品な微笑みを保った。


「お待ちしておりましたわ」


 そうして気品ある美しき王姉はクラトリスから遠路遥々やってきた己の婚約者を労ったのであった。





 レノアの相手であるクラトリスの王太子が同行していることもあり、一行の出発は翌日とし夜に祝宴を開くことになった。

 二人の結婚とレノアのディナント出発が発表され、王の即位に続いての慶事に会場が拍手に包まれる。


 宴が始まっても出席者達からひっきりなしに祝いの言葉をかけられ、人の輪の中心となっていた彼らが解放されたのは宴も半ばが過ぎた頃。とは言え、自国である分だけ顔見知りの多いレノアは未だに捕まっている。

 レノアが親しい友人や知り合いと話している間、手持ち無沙汰となったアルフィードにファビナが近付いた。ディナントの第二王女とクラトリスの王太子という組み合わせはどこか近寄り難いらしく、周りに人はいない。

 お互いに挨拶を交わした後、ファビナは軽く頭を下げる。


「申し訳ありません。父も兄も病床の身で、この宴に出席することは叶いませんでした」


 対外的にはそういうことになっていた。

 たとえ建前であろうとも、公言してしまえばそれが真実になる。身分の高い者達の間で話が通ってしてしまえば、他の者は口を噤まなければならない。


「それは残念だ」


 そんな事情に付き合ってくれているアルフィードは続ける。


「流行病だと聞いたけれど、それでは面会も出来ないんじゃないかい?」

「ええ」

「早く治ると良いね」

「…」


 ファビナは意味深に微笑んだだけで、返事をしなかった。


 そもそも、表立った形式上の話だ。

 アルフィードも、あの建国祭の翌日にディナントの城に滞在していた一人である。当然、あの日に何事かが起こったということは気付いているだろう。

 ファビナと王の不和は明確で、彼女が王と王太子を幽閉したという話も洩れ聞いている筈だ。あの二人が再び表舞台に出て来る可能性は低い。

 アルフィードの顔を見ても、彼が本気で言っているのか皮肉っているのか定かではなかった。



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