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塔の上  作者: 八尾文月
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幸せの定義 2


◇◇◇



 暇に任せて書庫に行き、セルヴィアは何冊か本を見繕って部屋に戻ってくる。

 閉じ込められているといっても、塔の中は比較的、自由に動けた。

 監禁ではなく軟禁であり、そして非公式ではあろうとも一国の王女の暮らす塔の内部は、豪華なものではある。広い部屋、足が埋もれるほど毛足の長い絨毯、重厚な調度品、天蓋付きの寝台、華やかなドレスや装飾品の詰まった衣装ダンス、溢れるほどの本が収まっている書庫、最高級のソファーにティーセット。

 しかし、結界が張られていて外に出ることは出来なかった。


 食事は日に三度、居間のテーブルに描かれた魔法陣で送られてくる。

 人が入るには小さすぎるそれは、純粋に物限定の代物だ。恐らく、宮廷魔術師の纏め役である長老の手によるものだろう。

 セルヴィアは数年前に数回会ったことのある、長い白髭とローブの老人を思い浮かべた。セルヴィアの素性を知る、数少ない人物の一人。好々爺然とした穏やかそうな見た目だったが、その目だけは鋭い光を放ち老獪な狸を彷彿させる。セルヴィアには、あの一筋縄ではいかないであろう長老を相手取るほどの力はまだなかった。だが…。


 魔術師関係である人物に思考が飛びそうになった時、不意に羽音が耳を打った。

 振り返った少女の目に映るのは、一羽の大鴉。その身体は、彼女よりも遥かに巨大だ。


「ジノ」


 しかし恐れることも驚くこともなく、セルヴィアはその巨鳥に笑いかける。

 ジノと呼ばれた鴉は、その声に応えるように一声鳴いた。

 身体が大きすぎて窓から中に入ることができないジノは、塔の外装である凹凸に掴まってバランスをとりながら窓に頭を突っ込む。そのまま甘えるようにセルヴィアに嘴や頭を擦り付けた。

 彼女は歓声をあげてその首に抱き付き、柔らかな羽毛に顔を埋める。


 塔に施された結界は、外側からの侵入に対しては反応しない。外から守るためのものではなく、外へ逃がさないためのものだからだ。そのことを、ジノもセルヴィアも知っていた。


「久し振りね。元気だった?」


 ジノはセルヴィアの問いに答えるように胸を張る。どうやら、調子はすこぶる良好らしい。良かった、と呟いてセルヴィアは艶やかな胸毛を撫でた。


「何ヶ月振りかしら…」


 優しく髪を啄まれながら呟く。

 前回、訪れてくれたのはジノだけではなかった。共に来ていたのは、魔鳥であるジノの契約主。優秀な魔法使いであり、この塔から動けないセルヴィアに会いに来てくれる唯一の人。


「…あなたのご主人様は、一体どうしているのかしらね」


 ジノに抱きついたまま、思わずといったふうに零れ落ちた言葉。彼女の言葉を聞いてジノは更に嬉しそうに鳴き、自分の首をセルヴィアの前に差し出した。

 そこには紐が掛けられており、藍色の布袋に続いている。


「なぁに?」


 袋に触れると、中に入っているものがカサリと微かに音を立てた。


「開けてみてもいいの?」


 返事の代わりに、カァと一声鳴く。

 それを了承と取ったセルヴィアは、そっと袋の口を開いた。取り出して広げた紙に書かれた字は見慣れたものだ。その内容を読み下し、セルヴィアは小さく溜め息をつく。

 気遣うように顔を覗き込んでくるジノの身体を撫でた。


「まだ忙しいのだって…」


 ぽつりと呟かれた声には、隠すことのできない寂寥が込められている。

 自分のせいでセルヴィアが悲しんでいると思ったのか慌てたように様子を窺ってくるジノは、その立派すぎる体躯によらず可愛らしい。


「優しいのね、ジノ。慰めてくれるの?」


 窓を壊しそうな勢いで部屋に入り込み、セルヴィアに擦り寄ろうとするジノの気遣いが嬉しくて微笑む。


「大丈夫、泣かないわ。だってもう少し待てば、あの人は私に会いに来てくれるのだもの」


 彼女の笑顔を見たジノは嘴で優しくその髪を梳いた。

 セルヴィアもその身体に抱き付き、しばらくそのままで時間が過ぎる。


「…手紙を持ってきてくれてありがとう。返事は書けないけど、待っているから」


 この塔には紙もペンもなかった。

 だが、本の切れ端に血文字で、なんて余程切羽詰まった状況でなければやる必要はない。待っていれば来てくれる人に、そんな呪いじみた手紙を返すのも微妙だろう。

 だからセルヴィアは、ただジノに話しかけた。


「来てくれて嬉しかったわ。…あ、ちょっと待ってね」


 ぱたぱたと部屋の奥に駆けていき、すぐに何かを持って戻ってくる。


「はい、ご褒美。これ好きだったでしょう?」


 ジノに差し出した手の平に乗っているのは、砂糖で煮詰められた果実だった。昼食の口直しとして付いてきたものである。それを大きく開けられたジノの口の中に放り込む。

 人間にしてみても一口で足りる果実は、ジノにとってはとんでもなく小さくて物足りない量だろう。しかし、目を細めてうっとりとしているジノはとても幸せそうだ。見ているだけのセルヴィアの方まで幸せな気分になってくる。

 と、思わず和んでしまったが、いつまでもジノがここにいるわけにはいかなかった。


「ほら、もう行って。いくら人が来ない場所だと言っても、あなたは目立つから」


 食べ終わって満足そうに懐いてくるジノに、セルヴィアは囁く。名残惜しげに見つめてくるのに笑いかけた。


「次に来るときはあの人と一緒にね。そうしたら、あなたもこの部屋の中に入ってこれるもの」


 何せ、ジノの主は魔法使いだ。身体の大きさを変えるなど造作もないことである。


「大好きよ、ジノ。気をつけてね」


 この地域にジノのような魔獣は珍しく、時に心無い魔術師に狩られてしまうこともあるのだから。たとえ護りの術を身に纏っていようとも、用心するに超したことはない。

 そんなセルヴィアの言葉に答えるように一鳴きすると、ジノはその大きな翼を広げて優雅に飛び立ったのだった。



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