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塔の上  作者: 八尾文月
19/23

神はいない 9




◇◇◇





 ディナントという国が一年の中でもっとも華やぐ日、建国祭。

 創立当初から続けられてきた、壮大かつ伝統ある祝祭だ。その日は他国の者も招かれ、国中が次の日まで騒ぎ明かす。

 それは、ここ数年の不安定な状勢の中でも変わらない。否、浮かれている者達が気付いていないだけなのか。民衆の不満は確実に高まってきている。

 それが未だに不満のままで留まっていてくれているのは、一部の官吏が陰ながら奔走しているからだった。


 面と向かって王を諫めれば王宮を追われる。だからこそ、国を憂える官吏は自らを偽った。

 暗君に追従し、奸臣を装う。その裏で単純な王を言葉巧みに言いくるめ、民への税率を調整し、不当に貯め込んでいる貴族から財を押収し…。

 そうして密やかに暗躍したのだ。その中には、レノアとファビナの祖父である伯爵も含まれている。


 老伯爵を通じて、ファビナとユリファスは反国王派と連絡を取り合っていた。目的は同じなのだ。現王と王太子をその地位から引き摺り落とすこと。

 レノアのことがあったから下手な動きが出来なかったが、彼女が元に戻った今、王とその側近達に退陣を迫ることになるのも時間の問題だ。

 次期王にはユリファスがなるだろう。現在の王太子は、奸臣ですら投げ出すほど無能で傲慢なのだから。







 昼に建国祭の式典と祝賀会が終わり、夜には城で舞踏会が催される。国内の貴族、各国の大使、他国の使者は自らを着飾り、この舞踏会に挙って参加した。

 この国は、上辺だけをみればまだ栄えている。城に招かれることは、貴族達にとって誇り高いことなのだ。


 その宴は、驚きの内に幕を開けた。

 王が姿を見せる少し前。開いた扉の向こうに現れた人物に、広間がざわめく。


「あれは…」

「まさか…」

「レノア殿下…?」

「生きておられたのか」


 密やかに交わされる声。

 それも無理はないのかもしれない。二年振りに、第一王女が公に姿を現したのだから。


 彼女は感嘆の溜め息をもって迎えられた。


 栗色の艶やかな髪を結い上げ、たおやかな肢体を藤色のドレスに包んだ儚げな美女。憂いを含んだ榛色の瞳は伏し目がちで、見る者の庇護欲を誘った。その姿は、まるで静謐に咲く白百合の花のよう。

 しっとりと深みを増した美しさに、以前の王女を知る者も知らぬ者も息を呑んだ。


 その周りには王太子を除いた王家の子供達が佇んでいる。


 燃えるような赤髪と金にも見える榛色の瞳が鮮やかな、凛々しく美麗な第二王女。

 橙の色味が強い茶髪に空を映したような瞳の、楚々とした美しさの第三王女。

 金髪碧眼で、上品な物腰と優雅な美貌の第二王子。

 蜂蜜色の髪と琥珀色の瞳の、華やかな美少女である第四王女と第五王女。

 橙色を混ぜ込んだような茶髪と空色の瞳をした、幼いながらに精悍な顔立ちの第三王子。

 金色の髪に茶色の瞳を持つ、少女然とした繊細な顔立ちの第四王子。


 見目麗しい彼らは、その場にいるだけで華があった。

 その存在は周りを魅了するだけでなく、政治的な欲を持たせる。彼女、もしくは彼とお近づきになることが出来れば色々と便宜を計らってもらえるようになるであろうし、結婚相手として選ばれれば王家と縁続きだ。

 様々な思惑を胸に独身も既婚者も色めき立つが、王女達は意にも介さなかった。素知らぬ顔で、姉弟で他愛ない話に花を咲かせている。

 あまり公式の場に出ることのない彼らと親しい者は少なく、王族の談笑に割って入る勇気を持つ者はいない。話しかける機会を窺いつつ、遠巻きに見ているだけだ。


 そんな貴族達を一瞥し、ファビナは皮肉げに笑った。





「ファビナ姉様、アルフィード様はどちらに…?」


 キーリがファビナに囁きかける。


「舞踏会が始まるまではクラトリスの大使と共におられるそうよ」


 クラトリスの王太子が、初対面であるはずであるディナントの王女といるのは不自然だ。舞踏会が始まれば、偶然を装って近付いてくるだろう。


「キーリは皆とレノア姉様の傍に付いていてくれるかしら」


 もうすぐディナントの王と王太子が現れる。あの二人をレノアに近付けるなど言語道断だ。その上、舞踏会が始まれば踊りに誘うと称して話しかけてくる者も出てくる。

 だが、未だ覚束無い足取りのレノアに不必要な負担を掛けるつもりはない。幼いとはいえ王族が揃っている中では無理強いされることもなく、弟妹達がいればレノアも気が楽だと思う。


 そんな事情はキーリも察してくれた。


「はい」


 軽く頷いたキーリがレノアの傍に寄り添ったのを見届け、ファビナは大扉が開かれるのを待つ。


「国王陛下、王太子殿下のおなぁりー!」


 その場にいた者達が一斉に頭を垂れた。貴婦人はドレスの裾を摘んで膝を折り、紳士は胸に片手を当てて一礼する。

 静まり返った広間に来るのは、華美な衣装に身を包んだディナント王とその長男だ。楽団を引き連れ、ふんぞり返って入って来た。派手な音楽と大袈裟な登場に、ユリファスがどことなく白けたような表情を浮かべている。


「面を上げよ」


 その声に従い、皆が顔を上げた。給仕の者達が乾杯のためのグラスを配って行く。

 王もグラスを掲げた。


「今年も無事にこの日を迎えることが出来た」


 流石、見た目だけは評判の良い国王。貴婦人からの熱い視線が注がれている。


「初代国王の時代から連綿と続いてきた、この神聖なる祭り。この良き日を共に祝おうではないか」


 静まり返る広間に、朗々と響く声。


「これからのより良い繁栄を祈り、乾杯(ドーラー)

「ドーラー!」


 皆が口を合わせ、乾杯と唱和する。至るところでガラスの触れ合う音。


「やっと始まった」


 不敬な呟きは賑やかしさに紛れて溶ける。


 仰々しい挨拶を聞き流して乾杯を適当に合わせ、グラスを呷れば後は自由だ。

 王は来賓の挨拶を受けているが、レノア達が王にわざわざ挨拶しに行く必要はない。正直、身近で顔も合わせたくないので好都合だ。


「なあなあ、ファビナ姉。今の内に何か食べてきても良いか?」


 王にも舞踏会にも大して興味のないらしいトゥーリは空腹なのか、軽食の乗っているテーブルを見つめながら姉の袖を引いた。


「構わないわよ。ただし、行儀良くね」


 頷いて許可を出すが、妙な連中に絡まれないように注意はしておく。

 どんな時どんな場所でも、他者の揚げ足を取ろうとしてくる者はいるものなのだから。


「分かってる。ショウン、行くぞ」

「はぁい」


 話しかけてくる大人を軽くあしらいながら優雅な足取りでテーブルに向かう二人を見送り、ファビナは改めて周囲を見回した。

 レノアの両隣にはキーリとユリファス、双子はファビナの祖父である伯爵と何事か話している。


 アルフィードの姿は、まだない。

 キーリと話すレノアの表情は、心無しか寂しげに見えた。目を伏せ、手に持ったグラスを回している。話しかけてくる弟妹の声に耳を傾けては、時折笑顔を覗かせていた。


 僅かにファビナは眉を寄せる。


「機を見誤るよう無能に、姉様は渡せませんわよ」


 どことなく不穏な響きを持つ言葉が聞こえたわけでもないだろうが、その瞬間、彼は颯爽と現れた。





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