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塔の上  作者: 八尾文月
17/23

神はいない 7





 塔から下りたファビナは共にレノアの世話をしていた侍女に事情を話した後、後宮の自室へと急いだ。


 予想外のことは多々あれど、レノアが目覚め呪いが解けたことは事実。

 レノアの無事を祈っていた弟妹達に、早く教えてあげなければ。


 自室の扉を開ける。何もない日はファビナの部屋に集まっていることが多い弟妹達は、今も勢揃いしていた。

 それを見て取ったファビナは、満面の笑みを浮かべて言い放つ。


「みんな!レノア姉様に会えるわよ!!」


はっとしたように、視線がファビナに集まった。


「レノア姉に?ってことは病気が治ったのか!?」

「いつ?いつ会えるんですかっ?」


 はっと我に返ったトゥーリが大声を上げ、ショウンがファビナの腕に縋りつく。双子はお互いを抱き締め合って喜びの声を上げた。


「良かった…っ!」


 真実を知っているキーリが目を潤ませる。ユリファスも密やかに安堵の溜め息を洩らした。


「すぐに動ける状態じゃないと思うから、明日以降。でも、それほど時間はかからない筈よ」


 ファビナも、自分の声が弾んでいることを自覚する。

 歓声を上げて飛びついてくる双子を抱き締め、勢いに任せてくるりと回った。跳ね回る幼い弟達に笑いかける。


「姉様を迎える準備をしなくてはね」


 その一言に、年少の四人は更に盛り上がった。


「じゃあ、お祝いしましょう!」


 無邪気な末っ子が高らかに提案する。


「良い考えだわ、ショウン!」

「レノア姉様のお好きなものを沢山集めなきゃ!」


 マリーシャとサリーシャがはしゃぐ。


「当然、菓子と紅茶も必要だろ。ファビナ姉、レノア姉は果実を詰めたパイが好きだったよな?」


 トゥーリに至っては具体的なことまで考え始めているようだ。


「庭師に頼んで、薔薇も飾りましょうか。レノア姉様は白い薔薇がお好きだったもの」


 キーリまで乗り気なのか、年少組の輪の中に入ってしまっている。


 盛り上がる彼らにユリファスが苦笑し、ファビナに視線を向けた。


「よろしいのですか?病が治ったといっても、無理はしない方が良いのでは」


 ファビナは考えるように小首を傾げながらも微笑む。


「そうねぇ。確かに本調子ではないけど、そんなに大袈裟なことにならないなら大丈夫なんじゃないかしら」


 ユリファスの懸念も分かる。二年も病床にあった者に、騒がしい場は苦痛なのではないかと思ったのだろう。

 だが、昨日のレノアの様子を見る限りでは大丈夫そうであったし、そもそも自力で塔を下りるために数日は様子を見るつもりである。自室での小さなお祝い程度、そう悪影響は与えないとファビナは考えていた。


 それに、可愛い弟妹達が大好きな姉の快癒を心から喜び、再会を楽しみにしている。だからこそ一生懸命に計画し、レノアの喜ぶ形で祝おうとしているのだ。


 ここ数年、彼らにはかなり我慢をさせてしまっていた。元気に振る舞ってはいたが、いつも不安と寂しさは感じていただろう。それが、こんなに明るい笑顔は久し振りに見る。

 その姿を見て、反対することなど出来る訳もなかった。





◇◇◇





 翌日の早朝。

 身支度もそこそこに、塔へ向かおうとファビナは部屋を出た。


「ファビナ様」


 そんな彼女に声をかけたのは、レノアの侍女。この二年、ファビナと共に塔にいるレノアの世話をしていた者だ。

 レノアとアルフィードのためにか、手には食べ物を入れているらしき籠を持っている。


「おはようございます」

「おはよう」


 目的地は同じであるために、二人は連れ立って歩いていた。侍女は慎ましくファビナの斜め後ろに付き従う形ではあるが。


「昨日はありがとう。急なことを頼んでごめんなさいね」


 ファビナは、昨日に自分が頼んだ通り塔へ行ってくれたであろう彼女を労った。


「姉様とはちゃんと会えた?」

「はい。無事にお目覚めになられたようで、よろしゅう御座いました」


 侍女の声には深い安堵が滲んでいる。


「ええ。私は…結局、何の役にも立たなかったのだけれど」


 突然に悪夢から解放されたかのような虚脱感、突如として現れ呪いを解いたアルフィードへの苛立ち、そして姉の苦しみを救ってやることの出来なかった自分への憤り。

 それらが入り混じり、口から零れ落ちた言葉は苦い。


「嫌だわ。これじゃただの我が儘ね」


 呟いたファビナは目を伏せ、王女の心情を理解している侍女は沈黙を受け入れる。





 そのまま後宮を出て、城の裏にある森に入った。


「クラトリスの王子のことは、どう思った?」


 ファビナの問いに、侍女は僅かに目を細める。


「ファビナ様が信用なされた方ですので、私が申すことは御座いません」


 ファビナは小首を傾げた。


「貴女から見た印象を知りたいの。レノア姉様を任せるに値する方かしら」


 侍女は苦々しい顔をする。


「…レノア様を大切だと、思っておられるようではありますが」

「だけど、気に入らない?」


 振り返って聞いたファビナに、侍女も苦笑して頷いた。


「ぽっと出の奴が偉そうにレノア様を独占してんじゃねぇぞ…という感情が無きにしも非ず、といったところでしょうか」


 昨日、何かあったのだろうか。

 口調は一瞬だが荒く崩れ、笑顔ながらも滲み出た殺気は本物だった。すぐに跡形もなく仕舞い込まれたが、その目には冷たい光が消えていない。

 普段は寡黙で冷静な侍女である彼女だが、敬愛する第一王女が関わると人が変わるのだ。この様子だと、昨夜は塔に泊まり込んだかもしれない。


「とはいえ、一応あの方はレノア様の婚約者になられた他国の王族でいらっしゃいますし。レノア様がお望みになられるのでしたら、私はそれに従うのみに御座います」


 レノア様の幸せが自分の幸せだと言い切る侍女は、筋金入りのレノア至上主義者である。だからこそ、ファビナは彼女にレノアの世話を頼んだのだ。"黒"ではなく"レノア"を見てくれるから。

 ただ、その行き過ぎた愛情が原因と元凶への憎悪に変わったのは、もはや必然である。


 ここ最近ひっそりと国王闇討ち王太子暗殺計画を練っていたのは、誰にも言えない二人だけの秘密だ。


「そうね…。見る限りでは、姉様を大切に思ってくれているようだわ」


 正直な話、アルフィードが王子でもそうでなくとも構わなかった。レノアを悲しませず、泣かせず、苦労させず、幸せにしてくれる者ならば。

 それが権力と財力まで持っているのだから願ってもない。


 心情的には複雑なものもあるが、あの父王が嫁ぎ先を決めるなんてことにもならなかったので安堵もしている。

 あの男が、娘の幸せなど考えるはずもないのだから。


「愛も誠意もない政略結婚なんてものをせずに済んだのだから、良かったと思わなきゃ」


 少なくとも彼らは想い合っている。


「本当なら、会うこともなかったかもしれなかったのだもの」


 大国の王太子と、幽閉された小国の王女。

 奇跡的な確率で出会い、恋に落ちて。


 それはやはり、運命と言うべきなのだろうか。


「神のご意志というわけですか…」


 侍女の言葉に、ファビナは顔を歪める。


「神は嫌いよ。希望は与えないのに、平然と絶望に堕とす」


 神は信じる者も救わない。気紛れと無邪気な残酷さで、人の人生を引っ掻き回すのだ。

 呪いを受けたレノアもまた、その被害者だった。


「呪うのなら、もっと相応しい者がいるでしょうに」

「左様に御座いますね」


 暗殺計画はまだ生きている。

 殺すまでは行かなくとも、盛大な報復くらいはしても良いのではないだろうか。





 そんなことを話し合いながら歩くこと半刻ばかり。二人は塔のある、森の開けた場所に出た。

 そこで視界に入ってきたものに、ファビナは目を瞬かせる。


「あれは…」


 建物の近くに、アルフィードの乗ってきた白馬がいた。一晩中、ここにいたのだろうか。アルフィードの言う通り、頭が良いようだ。

 ファビナと侍女が近付いて来ているのに気付いていながらも動じず、我が物顔で悠々と草を食んでいる。


「飼い主に似て、図太いものですね」


 侍女が皮肉げに言う。

 本当に、彼女とアルフィードの間に何があったのだろうか。





 塔へ入り、階段を登り始める。


「ここを上がることも、もうないのですね」

「そうね…。二年、長かったわ」


 二人は、感慨深く最上階へと続く螺旋階段を見上げた。

 最初の頃は苦痛でしかなかったが、今では慣れたものだ。地をあるくのと変わらないほど軽やかな足取りで上ることが出来る。


「あとは姉様の様子次第ね」


 ええ、と侍女は頷く。


「昨夜、レノア様のお身体を診させていただいたのですが」


 夕食を届けるついでにレノアの診断もしておいたらしい。仕事の速いことだ。


「どうだった?」

「特に問題はありませんね。体力が落ちているようですが、二、三日も経てば塔を下りることも可能になりましょう」

「そう」


 それは、思っていたより早い回復だった。


「皆も喜ぶわ。レノア姉様に会うのを心待ちにしているから」




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