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塔の上  作者: 八尾文月
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魔女の娘 余話2





 二人が広間から退出した後、オーディアスとガルディアが無意識に放つ威圧感が無くなったことで場の空気が緩んだ。


「陛下、冗談も程々になさって下さい」


 大臣の一人が陛下に控え目な抗議をする。オーディアスから発される氷のような圧力は、確実に彼らの肝を冷やしたことだろう。


「ふむ、少し悪ふざけが過ぎたかな?」


 過ぎたどころか、地雷を踏んだかと思った。生真面目と見せかけて意外な茶目っ気があるのは陛下の好ましいところだが、時と場合と相手は選んでほしい。下手をすると黒焦げの危機だ。


「いや、しかし」


 陛下が首を傾げられる。


「あれぐらいで怒り出すような奴じゃない筈なんだがな?」


 確かに、先程のオーディアスは余裕がないようだった。普段ならば、この程度のからかいは受け流しているというのに。今日の彼は、まるで番を守ろうとする獣だった。周囲に対しての警戒心を剥き出しにし、近付いてくる者を威嚇し、悪意ある存在に容赦がない。必要とあらば身内にさえ牙を向く。


「まあ、オーディアス殿下もとうに成人した身。恋人のことを兄に口出しされるのを厭うたのでしょうなぁ」


 高齢の大臣が、好々爺然として笑う。更には、その言葉に納得したように頷く大臣が多数。


「成る程」

「若いですのぉ」


 何故か皆、感慨深げだ。大臣達の中で、先程のオーディアスの態度はただの照れ隠しと判断されたらしい。国務の重鎮たる大臣達は経験豊富な年配者ばかりである。どうやら、息子や孫のような年頃の陛下やオーディアスのことを微笑ましく感じる時があるようだ。それでいいのだろうか。

 歴史ある大国として名高く有能な者の多いアラントゥナだが、陛下を始めとする上層部はどこか緩い。公私の落差が激しいのだ。他国から嫁いで来た身としては、未だに戸惑うことも多かった。


「それにしても、彼女は何者なのでしょうか」


 誰ともなく問い掛けるように、ぽつりと呟く。


 彼女は不思議な娘だった。礼の仕方や仕草は流れるように優雅で上品であるのに、立ち姿や歩き方は妙にぎこちない。問答の最中にも度々蹌踉けかけては必死に立て直し、途中からは見兼ねたオーディアスが横からさり気なく支えていた。言葉も同様だ。礼儀作法の手本のような丁寧で洗練された言い回しをしてるのに、それを音として出すことには何故かまごついている。囁くような声は時折掠れ、単語を並べるように話していた。

 全くちぐはぐだ。貴族というには場慣れしておらず、平民というには言動が洗練され過ぎている。そして、どこか人に対して身構えているようだった。影のように気配が稀薄であり、オーディアス以外の者に畏縮し、それでも僅かな好奇心を滲ませてこちらを窺う。まるで幼い子供か無垢な妖精だ。


「あの子はまるで、物語にある精霊姫のようですわ」


 声と引き換えに人間の姿を得て、恋した王子の元へと会いに行った健気な姫君。重力に捕らわれた身体は歩く度に激痛が走り、想いを告げられないもどかしさに涙を流す。そして裏切られた失意に打ち拉がれ、空気に溶けて消えてしまった。

 あの少女にはそんな、薄幸の可憐さが似合う。彼女の王子様はオーディアスなのだろうか。


「容易く拾って来れる者ではないでしょうに…」


 義弟は彼女を一体どこから連れてきたのだろう。


「王妃殿下、それは我々も気になるところではあります。ありますが…」


 大臣の一人が言葉を濁すと、陛下が重々しく頷く。


「これ以上の詮索は、間違いなくオーディアスの逆鱗に触れる」


 陛下が仰るなら事実なのだろう。


 竜騎士を怒らせると怖い。特に、ガルディアとオーディアスのような古代竜とその契約者は。彼らには、一国を三日で焦土と化すことも容易いと聞いている。

 物臭なところのある彼らは、普段なら面倒がってそのような自分の得にならないことで労力を使うことはない。だが、大切な者が関わった場合はどうなるか。あの美しくたおやかな少女は、その引き金となりかねないのだ。


「放っておけ。探ろうともするな。死にたくなければな」


 それに、と陛下は続けられた。


「あのガルディアが懐いているのだ。どこかの間者やオーディアスに仇なす者、などということはなかろうよ」


 高潔な竜は悪意ある者が近づくことを許さず、業火の炎で焼き尽くす。


 陛下の即位前のこと、王位争いにオーディアスを担ぎ上げようとした貴族が灰も残らず消え去った。オーディアスにとって、王位など煩わしいものでしかないのだ。自分がならずとも陛下が暮らしやすい国を作って下さるからだろう。陛下も年の離れた弟を可愛がっているため、彼がガルディアと共に寛げる広大な中庭を作らせた。

 彼ら兄弟は仲が良く、この関係が続く限りアラントゥナも安泰だ。


「オーディアスには、詳細な書類を提出させる。緊急性のある案件以外は明日にするとしよう」


 丁度良く、執務も終わる時間帯となっている。その場にいる全員が是、と頷く。


「では、解散」


 陛下以外の者は立ち上がり、玉座に座る方へ深く頭を下げた。





「大丈夫かしら…」

「何がだ?」


 侍女も下がらせた、夜半の私室。紅茶を片手に呟いた独り言は、丁度来られた方に聞き返された。


「陛下」


 立ち上がって出迎える。侍女を呼ぼうと振りかけた鈴は、必要ないと止められた。


「それで、我が妃は何を憂いている?」

「…ティアのことですわ」


 陛下のために新しく紅茶を入れながら溜め息を吐く。


「彼女は、足を使い慣れていないようでした」


 怪我をしたという感じではないが、筋肉がなく足が萎えているようだ。長距離を歩くことは難しいだろう。

 実際、城に着いた時から常にオーディアスが抱えて移動しているらしい。侍女や近衛騎士達からの情報である。


「あの塔で生活するというは、少し酷なのではないでしょうか」


 塔の部屋は最上階にあり、そこに至るには長い螺旋階段を登るしかない。勿論、ガルディアが運んでくれるのならば話は別だが、誇り高き古代竜が契約者以外をその背に乗せるだろうか。

 王宮内でさえ満足に歩けぬほど体力のない少女に、あの階段を登りきることが出来るとは思えない。そしてオーディアスの性格上、部屋には必要最低限の物しか置かれていないだろう。鏡台があれば奇跡だ。

 特殊とはいえ将軍であるオーディアスが常に彼女の傍に張り付いているわけにもいかず、独り塔で待っていなければならない。それは、あまりにも可哀想だ。


「それに、彼女は何も知らないのでしょう?」


 広間から出て行く前の最後の言葉を聞いて、思ったのだ。彼女はあまりにも無知である、と。

 あの少女はきっと、オーディアスが何者であるのか知りはしない。自分を保護した男が一国の将軍であることも、王弟であることも、古代竜と契約した竜騎士がどのような存在であるのかということも。全て聞かされることも知る術もなく、ただ大人しくオーディアスの腕に抱かれていた。


「オーディアスがああ言った以上、余計な口出しは無用だと分かってはいるのですが…」


あの、不思議と庇護欲を抱かせる少女に、あまり辛い思いをさせたくなかった。


「心配はなかろう」


陛下は優しく微笑まれる。


「オーディアスがいる。あの様子では、嬉々として世話を焼くだろうよ」

「オーディアスが、ですか?」


 確かにオーディアスは彼女を庇い、気遣っていた。更には彼女を引き取ると陛下に告げ、王宮の一室を用意するという提案を退けて塔へ連れ帰っている。


「気に入ったのは、ガルディアだけではないのですね」

「いくらガルディアが気に入ろうとも、自分がその気にならなければ連れてきたりはせぬよ」

「…そうですわね」


 意外と冷淡なのがオーディアスだ。ガルディア以外の存在に対して甲斐甲斐しいオーディアスなど、あまり想像が付かないけれど。


「女性に優しくするオーディアスなんて、何だか珍しいことのように思いますけれど」


 基本的に、彼は他人のことなど見向きもしない。関心を払う存在が一人でも増えるのは良いことなのだろう。それに、少しばかり微笑ましくも感じる。


「あれは優しいと言うより…。いや、何でもない」


 陛下は言い淀み、結局は首を横に振られた。気を取り直すように、紅茶を一口お飲みになる。


「今日の謁見も抱き上げての移動も牽制だ。彼女が自分の庇護下にあるというな」

「あれほど綺麗な子ですもの。そういう配慮も必要になるでしょう」


 美しい娘と見れば、見境なく手を出そうとする男は後を絶たない。ただ、そういう男は基本的に力というものに弱く、身分としても物理的にも力を持つオーディアスを敵に回したいとは思わない筈だ。


「何にせよ、オーディアスが言って来ない限り、あまり関わらん方が良い。馬に蹴られることになりたくなければな」

「馬で済みますかしら」


 冗談めかして仰る陛下に微笑みを返す。オーディアスの邪魔するなんて、馬どころかガルディアに踏み潰されてしまいかねない。


「本当に、この国は面白いですわね」


 堅苦しいばかりの故国では、考えられないことばかりだ。


「嫁いできて良かっただろう?」


お笑いになる陛下に頷きを返す。


 (お茶目で自由な)愛しい旦那様、(常に振り回されているが故に)柔軟で臨機応変な臣下達、(表に裏にあらゆる意味で)話の合う侍女達、(他人に興味が無いからこそ)平等で頼りになる義弟。


 大陸一の強国と謳われるアラントゥナの王宮はまるで玩具箱のように驚きで溢れている。ただでさえ愉快なこの王宮があの少女の登場によってどう変化していくのか、今から楽しみだった。





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