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塔の上  作者: 八尾文月
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幸せの定義 1

※直接的な描写はありませんが近親相姦の表現がありますので、嫌悪感を感じる方はお戻り下さい。

あと、タイトルが変わりましたが同じ内容です。


高い塔に閉じ込められたお姫様の日常。

シリアス、仄暗い、歪み、姫、王、使い魔、魔術師、ハッピーエンド?

 薄暗い森の奥深くに立っている、高い高い高い塔。

 その最上階には、邪悪な魔女によって美しい姫君が閉じ込められているという噂があった。



  ※※※



「ま、噂なんて所詮は噂でしかないんだけど」


 投げやりに呟く少女。彼女は名をセルヴィアといった。


「閉じ込められているのは本当。それが王の娘なのも一応は本当。美しい云々はどうでもいいし、原因が魔女ってのも嘘…」


 何の気なしに、噂と真実の共通点と相違点を挙げていく。しかし、その行動のあまりの馬鹿らしさに溜め息をついた。

 塔の一番高い場所にある部屋の窓枠に頬杖をつき、何の感慨もなくつまらなそうに外を眺める。


「ああ、誰か。私を此処から連れ出してくれないかしら?」


 薄く開いた唇は吐息と共に芝居がかった科白を紡ぎ出すが、生憎と抑揚がなさすぎるせいで全く感情の込もらない棒読みにしかなっていなかった。

 彼女がそんな戯言めいた言葉を洩らしても、誰からも反応は返ってこない。当然だ。返ってきた方が驚く。この場には、セルヴィアしかいないのだから。


 そう。

 彼女は、噂となっている塔の唯一の住人だった。





















「頭痛い…」


 麗らかで清々しい朝。起きて早々、セルヴィアは不機嫌そうにぽつりと言葉を落とした。

 自分以外に誰もいない部屋では、その言葉も拾われることなく霧散する。彼女にとってそれは日常のことで、特に気にすることもなく鏡台に向かった。


 腰まである長い髪を梳かし、普段通りにきっちりと編んでいく。編み込んだ髪を結い上げ、引き出しの中にある髪留めで纏めた。

 部屋から出ることもなく誰かに会う予定もないが、それでも身嗜みを整えておくのは幼い頃の教育が身に付いているからかもしれないと思う。

 それを彼女に教え込んだのは厳格な侍女達で、塔に入る前のセルヴィアは母の侍女と暮らしていた。


「…そんなに似てるのかしら?」


 ふと、鏡に映る自分の顔を触って首を傾げる。

 セルヴィアは生母の容姿を受け継いだらしく、瓜二つだと言われていた。母が亡くなるまで母の世話をし、セルヴィアも養育してくれていた侍女達から。

 侍女達はセルヴィアを慈しんでくれたが、それはセルヴィアを通してかつての主を見ていただけなのだと彼女は知っている。

 純粋で無垢なままでいられない程セルヴィアは聡く、無邪気でいられない程その出自は複雑だった。


 彼女を塔に閉じ込めたのは、実の父であるこの国の王だ。十二の年に、王自らに連れられてこの塔に来た。

 調度品は揃っているがまるで生活感のない部屋にたった一人きりで残されることになったが、セルヴィアは特に感慨なく塔での暮らしを受け入れた。

 一人でいることは、事情を考えれば仕方のないことだ。

 生まれた時から世話をしてくれていた侍女達はみな老齢で、新しい侍女を付けようにもセルヴィアの秘密が邪魔をする。そもそも、セルヴィアが塔に住まなければならなくなったのも、その秘さなければならない出生が原因なのだから。


 セルヴィアの母は、彼女が生まれてすぐに亡くなってしまっている。ただ、話には聞いていた。

 その人は深窓の姫君。外界を知らぬ、いつまでも夢見がちな少女のように無垢な人だったという。

 詩を詠み、刺繍を嗜み、美しくを着飾って数人の侍女達と共に日々を過ごす。王宮の奥深くにある部屋で何の疑問も持つことなく、ただ時折訪れる王を無邪気に慕って。

 隠されるように暮らしていたその人は、前王の子だった。側室ですらない身分の低い使用人が産んだ娘。

 だからこそ、その存在は表に出ていなかった。そして、生きていたことも死んだことも公には知られずに、ひっそりとその命を散らしたのだ。ただ、王と事実を知る少数の者達に看取られて。

 それは、閉じられた世界の中で生きていた母にとっては幸せなことだっただろう。


 両親がどのように出会ったか知らない。前王に引き合わされたのか、隠された王女を当時は王子であった父が見つけ出したのか。

 どのような経緯があったとしても、結果として二人は出会い禁断の恋に落ちた。

 セルヴィアの母は前王の隠し子。半分だけとはいえど、現王とは血の繋がった兄妹である。それは紛うことのない真実。

 隠された王女は何も知らずに、王はそうと知っていながら愛した。その結果がセルヴィアなのだ。


 母と同じようにひっそりと暮らしていたセルヴィアの身を、父がどうして塔に移そうと考えたのかは分からない。だが、セルヴィアの存在を知られることを恐れているのだろうことだけは気付いていた。


 鏡台に頬杖をつき、自嘲ぎみに笑う。

 おそらく、母はこんな表情をすることはなかっただろう。砂糖菓子のように甘やかな、いつまでも少女のような人だったそうだから。


 そんなこと、セルヴィアが知ったことではないが。


「…何の因果なのかしら。親子揃って閉じ込められた生活を送っているなんて」


 祖母と母と自分。これだけでも、権力者に愛されるということがどれほどの悲劇を生み、どれほどの不幸に繋がるのか分かるだろう。

 特にセルヴィアは罪の証。生まれてきてはいけない存在だった。


 誰よりも玉座に近く、また誰よりも玉座から遠い。

 王家の血を色濃く受け継いだ娘。

 知られてはならぬ秘密を持つ姫。


 一国の王女として生まれながら、その存在を否定される。

 だからなのか、王とセルヴィアの関係はとても曖昧なものだった。

 親子というには希薄で、他人というには中途半端。愛する者を奪った存在として憎むにはセルヴィアの容姿は王の妹であり最愛であった王女に酷似しており、慈しむ対象なるにはその性情は王自身に似通いすぎていた。


 だからと言ってそのようなことはセルヴィアには関係あるわけでもなく、王の葛藤など知らぬげに淡々と塔での生活をこなしている。


「まあ、ほとんど知らない親になんて興味ないものね?」


 鏡に映る自分の顔に向けて呟く。

 そして鏡を見るのことにも飽きたセルヴィアは、小さな溜め息と共に鏡台に掛け布を被せたのだった。



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