便利屋【紅月】 お仕事編その一(前編)
今回はお仕事編の前編になります。
トン...トン...トン...トン...
リズミカルな音と鼻を通りお腹を刺激する匂いに目を覚ます。
「んぅ...? 朝・・・か」
目を擦りながら布団から起き上がる。
寝起きでボーっとしている頭に血を送る為と鈍った体を解す為のストレッチの後、顔を洗う事で完全に目が覚める。
「おはよう、フィリア」
台所では、フィリアが朝食の準備をしていた。
俺の声に反応して振り向くと満面の笑みを浮かべて、
「おはようございます、ご主人様! もう少しで朝食が出来上がるので居間で待っててくださいね。 それと今朝のうちに張られた依頼は、期限が短いモノから難易度の低い順ごとにまとめて置きましたので確認してください。 でも、流石に一日目ということで簡単なモノばかりでしたけどね」
そう言うと、また調理の方に戻った。
ちなみに、食材云々は外の世界の道具を売ることで得た金で購入した。
まさか、ボールペン一本があの値段で売れるなんて考えもしなかったな・・・
俺は朝食が出来る間にちゃぶ台の上にまとめられている紙に目を通す事にした。
「さてさて、どんな依頼があるかな~っと」
やはり一日目だからだろう、あまり多くはなさそうだった。
多すぎても困るが・・・
「え~と、なになに?」
依頼内容:酒瓶の配達
難易度:☆×2
依頼主:酒屋の主人
詳細:酒瓶を届けて欲しいんだ。結構量があるから体力無ぇときついぜ。場所は、こっちで指定すっからよろしく頼むぜ。
概要:酒樽×4、酒瓶×8の配達
報酬:10銭
ふむ・・・これはすぐにでも出来そうだな。
ちなみに、ここでの貨幣単位は・・・
一円=現在の1万円、1銭=現在の100円、1文=現在の1円
と、なっているようだ。
ようするに、この依頼は1000円の仕事というわけだ。
さて、他には何があるかな?
依頼内容:神社までの護衛
難易度:☆×3
依頼主:老体の信者達
詳細:守矢神社まで参拝に行きたいんだけど、道中は妖怪に襲われる危険性があるだろう? あんさんは人を襲わない妖怪って聞いたから護衛を頼まれちゃくれないかねぇ。
もし引き受けてくれるんなら団子屋の菊さんに声を掛けておくれ。
概要:人里ー守矢神社間を往復で護衛する事
報酬:一人3銭
護衛・・・か、能力を使えば簡単だけど何時行くのか書いていないな。
それに、人数を指定していないということは何人集まるか未定ってことだろうか。
なんにせよ、一人3銭はなかなかだな。
まあ、300円で安全が買えるのならタダみたいなものだろうな。
今日の依頼は今のところ、この二件だけのようだ。
「まあ、一日目にしては妥当なところかな?」
依頼書を横に置いたと同時に、フィリアが朝食を持ってきた。
「今日のメニューは、焼き魚、青菜のおひたし、蕪の漬物、豆腐のお味噌汁に人里で作られている白米です。 和食は、久しぶりなものですからお口に合えばいいんですけど...」
と、耳をペタンと倒しながら自信なさげに言う猫耳メイド。
まず見た目、白米は一粒一粒に艶があり米粒自体が立っている。
一口頬張れば炊きたての風味が鼻へと通り抜け、噛めば噛むほどほんのりとした甘みが口の中に広がる。
焼き魚の皮はパリッ、身はふっくらと焼きあがっており絶妙な塩加減がご飯が進み、
添えられている大根おろしは醤油をかけなくても大根本来の甘みが塩の辛さを中和してくれる。
おひたしはシャキシャキと、漬物はコリコリと、それぞれ違った味と食感だが、それがまた面白くさっぱりとした味付けはちょっとした口直しに最適だ。
最後に豆腐の味噌汁、煮干しでも鰹節でも昆布でもない出汁が使われているようだ。
出汁の味が全面に出つつも味噌が足りない部分を補うかのように優しく、それでいてどこかホッとする味だ。豆腐の甘みを邪魔せず、混ざり合うことでさらに味わい深いものになっている。
正直言って、非の打ち所がない。
ここまで一品一品を味わう事に全神経を集中していた為、目の前で自分の感想を涙目で待っている猫耳メイドに気付くのが遅れてしまった。
尻尾は不安げにゆらゆらと落ち着きなく揺れており、目尻からは今にも雫が零れそうである。
「あぁ、ごめん! とても美味いよ、流石俺の自慢のメイドだな」
「!! えへへ、ありがとうございます」
その言葉にコンマ1秒も掛からず顔が喜色満面を体現してるかのような表情になり、彼女も朝食に箸をつけ始めた。
尻尾は左右にゆっくりと揺れている。
そんな感じで朝食を食べ終え、食休みをしながら今日の依頼について考える。
やはり手分けして事にあたった方が効率はいいのだが、護衛の方は俺の能力が必要不可欠だし、フィリアに力仕事をさせるのは気が引ける上に近所の人たちの視線が鋭くなること間違い無しだ。
やっぱり、二人で一件ずつの方がいいだろうな。
「さて、そろそろ行こうか」
「はい、ご主人様♪」
というわけで、まずは酒屋に来ました~。
「こんにちは~、便利屋【紅月】で~す」
なんでもそれなりに続いているらしく、今の親父さんの代でかれこれ5代目だそうだ。
うん、老舗って感じがするね。
するとすぐに店の奥から体格のいいおっちゃんが出てきた。
「おう、にいちゃん待ってたぜ。 こいつらをとある場所まで運んで欲しいんだ」
おっちゃんが指した方向には荷車が置いてあり、一斗樽が4つ、一升樽が14個置かれていた。 あれ? 聞いていた話より若干多いような?
「済まねぇが急に追加の注文が入っちまってな、若干多いんだが頼めるか?」
「これくらいなら誤差の範囲ですよ。 場所はどちらまで?」
「そうか、助かるぜ。 一斗樽は博麗神社、一升樽は飲み屋の【水仙】って所に届けてくれないか。 ああ、代金は前払いしてもらっているから置いてくるだけでいいからな」
うわぁ...よりによって博麗神社か...
なんだかまた喧嘩を吹っかけられそうな気がするけど、仕事だから仕方ない。
取りあえず、最初に水仙って所へ届けた後に博麗神社に行きますか。
「水仙と博麗神社ですね、分かりました。 それでは依頼の方、確かに承りました」
荷車はかなりの重量があり、これを人が押すとなるとかなりの労力を使う事は明白だ。
流石に一斗=18L×4 + 一升=1.8L×14=95.2Lを人の力で運ぶのは大変だろう。
まあ、俺もフィリアも妖怪なのでそんなことは無いのだが・・・
目的地の一つ、水仙は思っていたよりも近くにあった。
「こんにちは、便利屋【紅月】です。 酒屋【朱欄】さんからの依頼でお酒を届けに来ました」
「ああ、話は聞いてますよ。 こちらに持ってきてくださいな」
水仙とかかれた暖簾の奥からは、人懐っこい笑みを浮かべた女性が出てきた。
この店の女将さんだろうか?
おそらくはこの店の主人の奥さんだろうが、なんというか若い。
いや、見た目と歳は釣り合っているのだが行動力というか動きにキレがある。
この店は、昼間は食事処、夜は飲み屋と二つの顔を持っていると、この前案内された時に聞いた。
お昼にはまだ早いため、人の数もまばらだがお昼時になればすぐに席が埋まってしまうほどこの店は人気があるらしい。
その理由は、料理の味はもちろんのこと、この女将さんの人柄のお陰ではないかと妹紅は言っていた。
ああ、なんか分かる気がするわ。
あの人、無駄に元気があって終始笑っているからなぁ~
依頼された酒樽を全て運び終え、一息つくと女将さんが話しかけてきた。
「あなた達、つい最近ここに移り住んで来たんですって~?」
「ええ、今日から便利屋を営んで行く予定なので、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺は軽い会釈、フィリアは深々とお辞儀をする。
「ふ~~ん」
女将さんはなにやらフィリアのことを品定めするかのように、頭の先からつま先までジロジロと見る。
「な、なんでしょうか?」
フィリアはその視線に耐えかね、俺の背中に隠れて顔だけ出して様子を伺っている。
「素晴らしいわ!! 貴女うちの店で働かない?」
フィリアの手を取り、瞳を一昔前の少女漫画よろしくキラキラさせながらそんなことを言い出した。
「お断りします」
「即答ッ!?」
考える間も無く、相手が言い終わったコンマ1秒にも満たない間隔で俺の背中に隠れながらフィリアが答える。
「ちょっと位考えてくれt「断固として拒否します!」・・・取り付く島も無いわね」
今度は相手の言葉に被せて、清々しいくらいにきっぱりと断るフィリアに苦笑しながら
「悪いですけど、こいつは俺のなんです。 本人もこう言っていますし諦めてくれませんかね?」
女将さんは悔しそうな表情をしながら、
「いいわ、今日のところは引いてあげる。 だけど、私はあきらめないわよ。 それじゃ、配達ご苦労さまね。 今度はお客として来て頂戴」
と、三流悪役の捨て台詞と共に中へと入っていった。
「ふぅ、元気のいい人だなぁ」
「私は、ご主人様の側を離れませんからね」
「フィリアがそうしたいのなら好きにすればいいさ」
俺も側に居て欲しい、だなんて恥ずかしくて言えねぇよ。
「さて、次は博麗神社だから飛んで行こうか」
樽は紐で縛られているから、あまり大きな動きをしなければ大丈夫なはずだ。
俺は前、フィリアは後ろで荷車を掴んで宙へ浮く。
え? 最初から飛べるなら、二話の時点で飛んでいろ?
馬鹿言うな、それじゃあ上からの景色しか見えないじゃないか!
これから嫌でも飛んで移動する方が多くなるだろうけど、それだと方向感覚が鈍るだろうが!
さて、そんな無意味な問答をしているうちに件の神社が見えてきた。
境内では霊夢が箒を持って掃除しており・・・あれ?
何時の間にか居なくなった?
取りあえず境内に着地すると、どこからか視線を感じた。
「(じーーーーーーーーーーーーー)」
・・・・・・・・・・、霊夢が物陰からこちらと賽銭箱を交互に見ていた。
「(ご主人様、なんだか物凄く見られているんですけど・・・)」
「(しかも、あからさまに賽銭入れろって顔に書いてあるしな。 しゃーない、ここは入れておいてあげるか)」
二人で賽銭箱の前に立ち、1銭ずつ投げ入れ、なんかガランガランしてから二礼二拍一礼とお願い事をする。
ま、ほんのささやかな願いだ。
神様に叶えてもらうには些か役不足、もとより自分自身の問題である。
他人に任せるのは、筋違いもいいところだ。
さて、参拝を終えると白々しく博麗の巫女とやらが出てきた。
「ご参拝ありがとうございま~す♪」
それも、すんごくいい笑顔で・・・
見る人が見たら浄化されるか、幽霊が見たらそのまま成仏できるのではないか?と思わせる程一点の曇りも無い、魅力的な笑顔だ。
正直、不覚にも、一瞬ドキッとしてしまった。
こんな顔、人が出来るのかよ・・・
この笑顔を売りにしたら、馬鹿な男達がわんさか押し寄せてくるだろうに・・・
「そんなことより、依頼を受けて酒を届けに来たんだけど?」
「ああ、確かに頼んだわね。 こっちに運んでくれないかしら?」
酒樽を持って、霊夢の後について行く。
全ての酒樽を運び終えると、それを見計らったかのように霊夢ではない、いかにも魔法使い風の少女が話しかけてきた。
「お前も稀有な奴だな、この神社に賽銭を入れる奴なんて初めて見たぜ」
「・・・・・誰?」
「人に名前を訊ねる時は、まず自分からだぜ」
人差し指を立てて、チッチッチという仕草が妙に似合う子だな。
「これは失礼・・・私はつい最近ここに来たばかりの新参者でして、暁と呼んでください。 こちらはフィリアと申しまして、私のメイドです」
「よろしくお願いします」
「私は普通の魔法使い、霧雨魔理沙だ。魔理沙でいいぜ。 それと、そのワザとらしい口調はよせ」
魔理沙は嫌そうに顔をしかめている。
「ん、ならこれでいいか?」
「ああ、それにしてもお前がさっき霊夢が話していた奴か」
魔理沙がこちらをジロジロと見てくる。
「なんて言っていたんだ?」
もし変な事言っていたらどうしてやろうか・・・
「別に、変な妖怪が新しく外から来た、としか言ってないわ」
霊夢が4つの湯のみを持って戻ってきた。
「せっかく来たんだし、お茶でも飲んでいきなさい」
「おっ、ありがとう いただくよ」
「ごちそうになります」
霊夢から渡されたお茶を啜って一息つく。
「ふ~、和むな」
大して疲れてはいないが、こうなんというか労働の後の一杯ってのはなんでも美味く感じるな。
「あひゅいっ!」
フィリアは猫だけに猫舌なので、フ~フ~と冷ましては少しずつ啜っている。
「珍しいな、霊夢が進んでお茶を出すなんて」
「別に、お賽銭を入れてくれるんなら誰にだってお茶くらい出すわよ?」
そう言って魔理沙に視線を送る霊夢。
それって逆説的にお茶飲むなら賽銭入れろってことじゃないのだろうか?
いや、おそらくそうなのだろう。
しかし、魔理沙は気付いておきながらスルーして話題をこちらに振って来た。
「なあなあ暁、便利屋ってのは依頼すれば何だって引き受けるのか?」
「いや、何でもって訳じゃない。 自分に出来ないことであれば引き受けないし、道徳的に間違っているならそれも断る。 まあ、俺の匙加減一つだな」
空になった湯のみを玩びながらそれに答える。
便利屋ってったって何でも引き受ける訳じゃない。
あくまで手助けをする程度に留めるつもりだ。
「そうなのか、なら私もその内何か依頼するかも知れないからそのときはよろしく頼むぜ」
「ああ、相応の報酬をくれるのなら、な」
ふと、隣を見ると丁度フィリアが湯のみを煽っているところだった。
「さて、それじゃあそろそろ行くよ。 まだ依頼も残っている事だしな」
「ご馳走様でした」
かなり軽くなった荷車を押しながら振り返る。
「そんじゃあ、また来るかもな」
「ええ、その時もお賽銭よろしくね」
「またな~」
霊夢と魔理沙に別れを告げ、俺とフィリアは人里に戻る為に地を強く蹴るのだった。
次回は後編、守矢勢が登場します。
こうご期待!