新たな始まり
彼らにどんな出会いが待ち受けているのか?
慧音の家から一歩外に出てみると、様々な人達が忙しそうに自分の前を通り過ぎて行く。
腕時計を見てみると短針は8時を指しており長針は丁度12を周った頃だった。
「へぇ~、なかなか賑わっているんだな」
店の前で客寄せを行う者、荷物を担いで走り抜ける者、勉強道具が入っているであろう手提げを持って集団で歩いていく少年少女達、いつの時代も朝方の時間帯の風景は同じに見える。
「さて、里の中は慧音が案内してくれるって言うし、里の周辺を散策してみるか」
先に周ってわざわざ楽しみを減らす事も無いだろう、そう思い昨日入ってきた入り口とは逆の入り口に向かって歩き出した。
里の門番に挨拶をして、あてもなくあちこち彷徨って数十分、
「うん、完全に迷った」
適当に森の中を歩いていたら、人里がどの方角にあるのか分からなくなってしまった。
長年旅をしてきた身としては方向感覚には自信があるし、太陽か月、星の位置を見れば大体の方角が分かる術を持っているのだが、
「太陽の光が届かない森ってどうよ?」
俺が入った森は、太陽の光がほとんど差し込まないほど暗い森だった。
しかも、普通の人間だったら毒でしかない瘴気が充満していた。
幸い慧音との約束までまだ時間があるが、あまりのんびりしているとあっという間に時間が過ぎてしまう。
すると、先ほどまでずっと肩に乗っていたフィリアが人化して隣に立つ。
「ご主人様、どうしましょうか?」
「そうだな、とりあえず適当に歩いてみるか。 そのうち抜けるだろうし」
その言葉にフィリアはクスクスと笑った。
「フフッ、ご主人様らしいですね」
そう言って、またクスクスと笑った。
はて?何がおかしいんだか、でも笑ったフィリアの顔はマジで可愛い、もう食べちゃいたいくらいに。
ハッ!いかんいかん、衝動で行動しては獣と同じだ。
冷静になれ、俺。 Be cool Be cool.
「どうかしたんですか、ご主人様?」
「いや、何でもないよ」
フィリアの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め喉をゴロゴロ鳴らしている。
そのまま抱きついてきたフィリアを受け止め、頭を撫でながら未だ先の見えない森を進んで行くと、不意に後ろから声をかけられた。
「貴方達、こんなところで何をしているの?」
その声に反応して振り返ると、何かが顔面に当たり目の前が真っ暗になった。
「わぷっ、何だいったい?」
顔面に張り付いているものを両手で掴み、引き剥がして見ると、
「シャンハーイ!」
「・・・・なんぞこれ?」
ビシッとでも擬音語が付きそうな勢いで手を、天に届け!と言わんばかりに突き上げる、少女の人形だった。
「貴女、ご主人様に何するのよ!?」
フシャーっと先ほど声を掛けて来た人物に向かって威嚇するフィリア。
心成しか、いつもより機嫌が悪いような気がする。
「ちょ、ちょっと上海! 何やっているのよ、まったく。 ごめんなさいね、この子が迷惑をかけちゃって」
俺の手に収まっていた人形(上海と言うらしい)は、少女の声に反応して若干シュンとしながら少女の元まで飛んで行った。
「いや、別に気にして無いけどさ俺達に何か?」
「そうだったわ、貴方達こんなところで何をしているの? 少しは耐性があるようだけど人間がこんな所に長く居るのは感心しないわ。 瘴気に当てられて体調が悪くなる前に帰った方がいいわよ」
「いや~、昨日ここに来たばかりだから道に迷っちゃってさ」
「貴方外来人だったの? それなら、私はこれから人里に行く予定だから案内するわ、付いて来て」
「マジで、助かったわ。 恩に着る、ええと?」
「ああ、自己紹介がまだだったわね。 私はアリス・マーガトロイド、アリスでいいわ。 こっちは上海よ」
「シャンハーイ!」
アリスと名乗った少女はスカートをつまんで一礼、上海はその場でくるくる回って自己主張してきた。
「ご丁寧にどうも、俺の事は暁と呼んでくれ。こっちは、」
「フィリアと申します、よろしくお願いします」
俺は軽く、フィリアは綺麗にお辞儀をした。
「暁にフィリアね、よろしく。 さ、付いて来て」
アリスの後ろを付いて行こうとすると急に上海が、
「シャンハーイ!」
高く飛んだと思ったら、俺の頭上で自由落下を始めた。
そして、
パイルダァァァァ・オォォォォォォォン!!!
なんてのが聞こえてきそうな程見事な合体を決めた。
単に俺の頭の上に上海が乗っているだけだけど。
表情は見えないが、おそらくドヤ顔でやり切ったような顔をしているだろう。
人形なので分からないが。
「ちょ、ちょっと上海! 降りなさい!」
アリスが命令するが、上海は聞こえていないふりをしているのか降りる様子は無い。
それどころか、
「シャンハーイ♪」
なんだか、メチャクチャ気に入られたみたいだ。
「まぁまぁ、俺は構わないから気にしなくてもいいよ」
「はぁ、重ね重ね悪いわね。 他の子と違って、自分の意思で動く事が出来るから私の言う事を聞かない時があるのよね」
「これって、アリスが動かしているんじゃないのか?」
「違うわ、私は魔力の供給をしているだけ。 行動は全てこの子の意思よ。 まぁ、私が強制的に命令をすればそれに従うけどね」
つまりは、セミオートのようなものだろうか?
基本的に自分で行動させるが、こちらから命令も出来るみたいな。
「へぇ~、アリスはすごいな。 こんな人形が作れるなんて」
「まだまだよ、私の夢は完全自立型の人形を作ることなんだから。でも、ありがとう」
褒められた事が嬉しかったのか、はにかむアリス。
「そういえば、貴方は昨日ここに来たって言ってたけどどうやって幻想郷に来たの?」
「神社の鳥居を潜ったら、神社の前に出ていきなり巫女さんに襲われた」
いくら妖怪だからっていきなり襲うのはいけないと思うんだよ、うん。
「貴方・・・何をしたの? いきなり襲われるなんて、よっぽどのことをしないとまず無いわよ」
若干驚きと呆れが混ざったような表情をするアリス、いわゆる微妙な顔。
「自分が妖怪だと言うことを言っただけで襲われたんだよ、理不尽だと思わない?」
「ちょ、ちょっと待って!?」
アリスが何故か酷く驚いたような表情をしている。
「貴方が妖怪って、冗談よね?」
「いや、本気」
「だって、貴方には妖力どころか普通の人間レベルの霊力しかないじゃない!」
「それは、俺の能力でそういう風にしているんだよ」
「いったい、どんな能力よ」
「内緒♪ いずれ分かるから」
頭の上の上海を落とさないように注意しながらアリスに着いて行くこと数十分、無事に人里へ着くことができた。
「ほんと助かった、ありがとな」
「どういたしまして、次からはもう少し気を付けたほうがいいわよ? それじゃ」
軽い挨拶を交わして、アリスと別れた。
「ご主人様、まだ時間がありますけどどうします?」
「そうだな、とりあえず空き家とやらに行ってみるか。 最低限の掃除なんか必要だろうし」
ポケットに入れていた紙を取り出す。
そこには、慧音の家から空き家までの地図が描かれていた。
「えっと、地図によるとこっちだな」
意外にも慧音の家からそんなに離れておらず、目的の家はすぐに見つかった。
「ここですね」
外見は至って普通の一軒家、他と比べてもあまり差は無かった。
フィリアが戸を開けて中に入ってみると、使われなくなってからそれなりに時間が経っているのか、埃が積もっていた。
「これは、掃除しないとダメだな」
「そうですね、幸い使えそうなものがそのまま残っているので使いましょう」
まずは、開けられる部分は全て開放し、空気の出入りを良くする。
次に、中の物を使えそうなものと使えないものに分け、外に置いておく。
俺は中の埃を箒で掃きだし、フィリアには使える家具を綺麗に磨いてもらった
中の埃を掃き出したら、次は雑巾で部屋の中を隅々まで拭いていく。
途中で、鼠やらよく分からない虫が身支度を整えていたがそれはあえてスルー。
大体1時間半くらいで掃除も終わり、あとは屋根の上に布団を敷いて干しておく。
ずっと押入れに入っていたにも関わらず、カビていないのはある意味すごい。
「ふ~、こんなもんだろ。 フィリア、お疲れ様」
「はい、ご主人様もお疲れ様でした」
これで住の確保ができたから、次はどうやって生計を立てるかだな。
「なあフィリア、ここでやれる仕事ってなんだろうな?」
「仕事・・・ですか? いつものように飲食店を経営、もしくはそれら関連の店に雇ってもらうのがよろしいかと思いますが?」
「だけど、それをするための資金が必要だろう?」
今まで、外の世界で暮らしていたのだ。
当然こちらの通貨など持ち合わせていない。
「それでしたら・・・便利屋と言うか依頼を受けてそれを遂行し報酬をもらう、という仕事はいかがでしょうか? これならすぐにでも始められますし、人里でのコミュニケーションも取れて一石二鳥だと思います」
なるほど、それなら資金が無くても始められるし何より横の繋がりを広げる事が出来るし、まさに好手だな。
「それいいな、よしそれで行こう。 店の名前は暁を捩って、【紅月】にするか。 後は、慧音に相談してあわよくば宣伝してもらえば助かるんだけどな」
「私が何だって?」
不意に後ろから声を掛けられた。 振り返ると、そこに居たのは慧音と上がシャツに下は赤いもんぺを穿いた少女が立っていた。
「慧音、寺子屋は終わったのか? それと彼女は?」
「ああ、紹介するよ。 私の友人で迷いの竹林で案内人をしている、」
「藤原妹紅だ、よろしく」
妹紅がこちらに手を差し出してくる。
「ああ、俺の事は暁って呼んでくれ、こっちはメイドのフィリア、ともどもよろしくな」
差し出された手を掴み、軽い握手をする。
「さて慧音、少し相談したい事があるんだけどいいか?」
「それは構わないが、もうすぐお昼時だ。 話はその時にでもいいだろう」
確かに、言われてみれば小腹が空いたような気がしないでもない。
そると、それを見越したかのように後ろで、
く~~~
という音が聞こえた。
「・・・ぁ・・・・・」
どうやら、今の音はフィリアのお腹から聞こえたもののようだ。
顔を真っ赤にして俯いている。
「それじゃあ、私の家に行こうか。 すぐに用意するよ」
笑いを堪えているのが分かる顔で慧音が歩き出した。
場所は変わって、慧音の家。
慧音は台所で昼食を作っており、フィリアはその手伝いをしていた。
すると、必然的に居間に残るのは俺と妹紅だけとなる。
「へぇ便利やね、いいんじゃないか? そういうの人里じゃああまり居ないし、私も少しくらいなら宣伝しといてあげるよ」
「そうか、助かる」
やっぱりというか、妹紅からいくつか質問をされていた。
大体の事は慧音から聞いたらしく、妖怪だと言うことや外から来たことなどは聞かれなかったが・・・
「待たせたな、何の話をしているんだ?」
慧音とフィリアが4人分の昼食を持って居間に入ってきた。
「仕事の話さ、どうやら暁は便利屋をやるみたいだから自警団には入らないだそうだよ」
妹紅の言葉を聞いて、思案顔で何かを考える慧音。
「そうか、それは残念だな。 私も何かできることがあれば協力しよう」
「そういえば、依頼の受け方とか具体的な方法は考えているのか?」
確かに、いちいち俺のところに依頼しに来てくれるほど里の人達も暇ではないだろう。
それなら、常に定位置に依頼を集めればいい。
「その点は考えてある、里の広場に依頼板を設置することを許可して欲しいんだ」
ようするに、モン○ンみたいにすればいいわけだ。
急ぎの用件なら直接俺のところに訪ねてもらえばいいし、これなら俺も結構広範囲に動く事ができる。
「なるほどな、それなら里の長に話すといい。 この後挨拶に行く予定だったからその時に話せばいいだろう」
食べ終わった食器を片付けて、戻ってきた慧音はなにやら巻物のようなものを持っていた。
「さて、慧音も準備できた事だしそろそろ人里を案内してやるよ」
妹紅はぐーっと伸びをすると立ち上がり、さっさと外に出て行ってしまった。
「それじゃあ、行こうか」
「ああ、よろしく頼む」
結論から言うと、広場の最も人通りの多い部分で通行の邪魔にならないところならいいと言われた。
流石里の長、器がでかいぜ。 腹も同じくらいでかかったが・・・
それから、里の中をいろいろ案内してもらった。
なにやら里の人、主に男からの視線が突き刺さっていたのは気のせいだろう。
生活に必要なものを売っている店は要チェックだな。
もちろん、便利屋の宣伝も忘れない。
そんな感じで今日も一日が過ぎていった。
ようやく・・・・・・スタート地点に立てた気がする。
次回は、お仕事編になるかも・・・・・・・・・やっぱ、ならないかも