交流 in 人里
幽香に教えてもらった道を真っ直ぐに進んでいくと、やがて集落が見えてきた。 あれが人里だろう。
日はもう少しで完全に顔を隠すといったところまで沈んでおり、何とか夜になる前に人里に辿り着くことが出来た。
入り口付近には衛兵っぽい人が二人居た。
「ん? ここらじゃ見ない顔だが何者だ?」
「えぇと、気が付いたら神社の境内にいましてそこからここまで歩いてきたんですけど・・・」
「なに!? 博麗神社からここまで歩いてきた!? 妖怪とかには襲われなかったのか!?」
衛兵さんは大変驚いているようだ、そりゃあここに来るまでにいろんな人外に襲われたりしたからな。
主に妖精なんかが多かったけど・・・
「山犬のような妖怪には襲われましたが、向日葵がたくさん咲いている所の管理人さんに助けていただきました」
そう言うと、さらに驚いた顔を近づけてしゃべりだした。
「あ、あの風見幽香が人間を助けた!? 何かの冗談じゃないのか?」
「ちょっ、近いです! 何をそんなに驚いているんですか、花が好きなとても素敵な女性でしたよ?」
衛兵さんは開いた口が塞がらないといった様子で呆然としていた。
「騒がしいな、何かあったのか?」
「慧音さん!」
声がした方を向くと、まず目に飛び込んできたのは頭に乗せているものだった。
なにあれ、帽子? でも、帽子にしてはなんというかすごく前衛的だな。
綺麗な顔立ちに青味がかった白髪、服の上からでも分かるくらい大人な体型と外見は自分と同じくらいでかなりの美少女なのだがそれよりもまず帽子?に目が行ってしまった。
よく落ちないよな、何かで固定してるのか?
俺がそんな観察をしている間に衛兵となにやら話していた慧音と呼ばれた少女がこちらを向いた。
「私はこの人里の守護者をしている上白沢慧音だ。 君が何者か教えてもらってもいいかな?」
「気付いたら神社の境内にいまして、ここまで歩いてきました。 暁とでも呼んでください」
俺の妙な言い回しに怪訝そうな顔をするがそれも一瞬で、
「わかった、暁だな。 彼は私が面倒を見るから警護に戻ってくれ」
衛兵さんは慧音の一言で持ち場に戻っていった。
これだけでもこの少女が、ここではそれなりの立場にいることが伺える。
「さて、それでは私の家で説明するから付いて来てくれないか?」
そう言って、先に歩き出す慧音の後ろを大人しくついていった。
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「ここが私の家だ、とりあえず上がってくれ」
彼女、慧音の家はこの人里にならいくらでもあるような普通の民家だった。
正直、守護者と言うくらいだからそれなりに大きいのかと思っていただけになんだか拍子抜けだった。
「失礼します」
一応礼儀として一言挨拶をしてから敷居を跨ぐと、慧音がこちらを見てクスッと笑った。
何か失礼な事をしてしまったのだろうか?そう思い首をかしげていると、
「ああ、すまない。 ここの連中は結構遠慮をしない者達が多いからな。 君のように礼儀正しい人はなかなか居なくて、少し違和感がな」
そう言ってまたクスクスと笑いだした。
「そうですか、何か失礼な事をしてしまったのかと思いましたよ」
そういうことなら、まあ納得である。
関係ないと思うが何せあいつが創った世界だからな、好き勝手な奴が多くて丁度いいのかもしれない。
居間に通され、慧音はお茶を淹れに奥へと引っ込んだ。
その間に部屋の中を見渡してみる。
この時代にしては一般的な広さの居間だが、かなり小奇麗にされているところを見ると最初の印象通り、かなり生真面目な人のようだ。
キョロキョロと見渡していると、一冊の書物が床に落ちているのが目に入った。
それを拾い上げ開いてみると、中身は外の世界で言う算数の教科書だった。
足し算から割り算、みはじの法則とか面積・体積の求め方などが乗っていた。
「へ~、算数の教本か。 数学の授業と比べるとホントの触りしかないんだな」
パラパラと捲ってはその内容に懐かしさを感じていると、
「待たせたなって、何をしているんだ?」
慧音が盆に湯呑みを二つ乗せて戻ってきた。
「ああ、すみません。 手持ち無沙汰だったので、つい」
俺は困ったように笑いながら、教本を慧音に手渡した。
「むっ、落ちていたのか。 済まないな、きちんと掃除はしているつもりなんだが・・・」
「いえいえ、こちらこそ済みません」
見ず知らずの他人の家を物色するつもりは毛頭無いが、勝手に動き回るのはやはり不躾だな。
「本当に稀有な奴だな。 魔理沙にも見習わせたいよ」
「魔理沙?」
「白黒の魔法使いだ、って君は外の人間だから分からないか。 よし、それも含めて説明しよう」
それから、慧音にここの事を教わった。
ここは外の世界とは完全に隔離された忘れ去られたモノ達が集う楽園であること。
ここには、人間、妖怪、魔法使い(魔理沙とやらはここに含まれるらしい)、妖精、神、幽霊等外の世界では幻想となった者達が一緒に生活していること。
ここでは、スペルカードルールというものに則った決闘法が主流となっていること(基本的にそれで死ぬことはないらしい)。
里の中で妖怪に襲われる心配は無いが、外では襲われる可能性が高いこと(すでに経験済み)。
大体外から来た人は、残るか帰るかを決め帰る手段は博麗神社の巫女に頼むかここの管理者に頼むかの二択だが後者は確率が極めて低いらしい(神出鬼没なためとか)。
そして、俺を助けてくれた風見幽香もまた妖怪で、それも強大な力を持った大妖怪だという。
そこまで話し終えて、慧音は真っ直ぐに俺の目を見た。
「さて、君はここに残るか? それとも帰るか?」
その瞳はどこまでも真っ直ぐで、顔が整っているだけに普通ならドキドキする場面なんだろうが、あいにくと俺の答えは決まりきっている。
「俺はここに残りますよ。 丁度環境を変えようと思っていたところですし、何よりこんなの一生に在るか無いかの経験です。 みすみす逃す手はないでしょう? それに・・・」
一呼吸置いて、遠くを見つめる感じで夕日を見る。
「ここに・・・妹が居るかもしれないですから」
そして、慧音の方へ顔を向ける。
口では適当なことを言うが、慧音の視線に応える様に同じく真っ直ぐに見つめ返す。
夕日は赤く輝いており、その光が二人を照らす。
それが丁度二人の頬を赤く染め、まるで映画の一場面のような光景を作り出す。
今から告白でもしそうな雰囲気だが、当然会ったばかりの男女間でそんなことが起こるはずも無く、
「分かった、君がそう決めたんなら私が言う事は何も無いよ。 今日はもう遅いから泊まって行くといい」
柔らかく微笑んで、湯呑みの残りを煽る。
妹のことに関して触れて来ない辺り、聞くべきでは無いとでも思っているのだろう。
こっちとしてもその方がありがたい。
「いいんですか? こんな見ず知らずの異性を簡単に泊めたりして?」
その言葉に一瞬キョトンとしてから、からからと快活に笑い、
「ハハハッ、君がそんなことしない事は今の言葉だけで十分だよ。 それに私は純粋な人間じゃない、ワーハクタクって言っても分からないか・・・ 半人半獣なんだ」
なにか混ざっていることは知っていたけど、白澤だとは思わなかったな・・・
流石幻想郷、常識の類が通用しないな・・・
「半人半獣・・・ですか?」
「ああそうだ、だから例え君に襲われたとしても私の方が力が強いからどうとでもなるんだ」
と、自己主張の強い胸を張ってドヤ顔で答える慧音。
しかし、ここまで言い切られると男としてなんだかな~。
「ははは、そうですか。 まあとりあえず、一晩よろしくお願いします。 ああ、それと・・・」
バッグを開けると中から、
「ニャ~」
「この子も一緒で構いませんか?」
実は、外の世界で鳥居を潜る前にあらかじめバッグの中に黒猫を入れておいたのだ。
気付いた人は居るかな?
「んっ?その猫、ただの猫では無いな。 微かだが妖力を感じる」
流石に気付くか・・・
そりゃあ、ここなら妖力に触れる機会なんてそれこそ山のようにあるだろうからな。
「でも、大丈夫ですよ。 昔から一緒に居ますし、食べるつもりならとっくに食べられてる筈ですから」
まあ、ここは惚けていたほうが無難だな。
「まあ、本当に微かだからそろそろ猫又にでもなるんだろうな。 さて、そろそろ夕飯にしよう。 少し待っててくれ」
そう言って、奥へと消えていった。
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夕食を食べ終え、風呂に入って俺は案内された部屋に布団を敷いて寝転がっていた。
慧音の料理? とっても美味しくいただきました。
その慧音は、自室で明日の準備をしているらしい。
なんでも、寺子屋の教師として人里の子供達に勉強を教えているらしく、それの準備があるそうだ。
腹の上では黒猫が丸くなっている。
「なあフィリア、明日からいろいろ忙しくなるぞ」
フィリアとは、俺の愛猫の名前である。
女の子だから可愛い名前を付けてあげないと、と言うことで20分考えた結果この名前にした。
「まず、家を探さないといけないし、仕事と食料も確保しないといけないし、やることはいっぱいだな」
フィリアの頭を撫でながら、指折り数えて最低限必要なやる事を確認する。
「お前にも手伝ってもらうからな、頼りにしてるよ」
聞いているのかいないのか、欠伸をしながら耳を掻く腹の上の愛猫。
落とさないように片手で押さえながら、布団を上に被せると不自然に腹の辺りがぽっこりと出っ張っている。
「さて、そろそろ寝るか。 おやすみ」
こうして、幻想郷に来て一日目が終了した。
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