鬼というモノ
「あんたが暁だね!?」
ズビシッ!と俺のほうを指で指して断定する金髪体操服のお姉さん。上半身は体操服なのに下半身は袴?のようなものを穿いている。そして、額には星のマークが付いた赤く猛々しい一本の角がその存在感を誇示していた。
「いいえまったくこれっぽっちも人違いなんでさっさと回れ右して溶岩風呂にでも入ってきてください」
そういえば、鬼って溶岩風呂に入っても大丈夫なんだろうか?俺は絶対無理だね、Mじゃないし。
「鬼は嘘が嫌いなのさ、あんたは嘘を・・・・・・あれ?」
一角金髪鬼がこてんと首を傾げて、疑問を口にした。
「あんた、嘘は言っていないね・・・・・・どういうことだい?」
鬼は相手が嘘を言っているかどうか見分ける事が出来る。だからといって、黙秘されればそれまでなのだがそん時は力ずくで聞き出すから問題無いと言えば問題無い。
「まぁ、そんなことはどうでもいいさね。私は同胞を瞬く間に倒した暁って妖怪と闘いに来たんだ。あんたで間違いないんだろ?パルスィが地霊殿に行ったって言っていたからあんたで間違いないはずさ」
自信満々に此方を指差す一角金髪鬼さん。
「あたしは星熊勇儀。鬼の四天王の一角、力の勇儀とはあたしのことだよ!さぁ、勝負だッ!」
一瞬屈んで次の瞬間には床のタイルが砕けるほどに力を込めて此方へ殴り掛かってきた。
直ぐ傍にはさとり、何故かさっき俺に肩車をせがんで来たこいし、背後にはお燐が居るので避けるという選択肢はまず無い。
そもそもさとりもこいしも戦闘能力はそこまで高くないし、お燐も鬼には敵わない。ましてや
そんなことを考えているうちに10数メートル離れていた距離は1秒掛かるか掛からないかという時間で1メートル程にまで詰まっていた。
勇儀の握られた拳が俺の顔面を正確に射抜こうと放たれる。次いで、ガァァァァン!とまるで金属の板にボールが衝突した時のような音が響いた。さとりは音に驚いたのか、俺の上着の裾を握り、こいしは無意識の行動なのか俺の目を塞いで蹲ってしまった。前が見えないし、頭の上が柔らかいもので圧迫されている。お燐は頭を抱えて背後で丸くなっている。目が見えないから気配でそう感じ取った程度だが。
そして、殴りかかった当の本人だが一瞬だけ驚いた表情をしたがすぐに戦闘狂のそれになった。目が爛々と光り、口は獰猛に釣りあがっている。流石は鬼、三大欲求に闘争が組み込まれていてもおかしくない。いや、おそらく組み込まれているだろうな。
拳が止められたと見るや直ぐに距離を取った勇儀が居た場所には一本の剣が刺さっていた。
「ご主人様に手を出すなら私を倒してからにしてください」
西洋剣が粒子となって消え、何時の間にか目の前に立っていたフィリアが淡々と言葉を放つ。
「私を倒せないようでしたらご主人様には逆立ちしても敵いませんのであしからず」
「へぇ、面白いじゃないか。鬼を前にしてその態度。それにあんた、かなり強いね。こりゃあんたのご主人とやらも楽しみになってきたよ」
からからと楽しそうに笑う勇儀。顔は全く笑っていないが油断無く構えている。
「フィリア」
そんな後姿に一言声をかける。戦闘中のため此方を向かないが、耳だけは此方を向いているので気にせず続ける。
「15分だ、間違っても殺すなよ?」
俺の言葉にさとり、こいし、お燐が驚いているのが分かる。目の前は以前暗いまま。
「かしこまりました」
そう言うと、先ほどの粒子がフィリアの右手に集い、抜き身の日本刀を形作った。異様な雰囲気を放つその刀に本能は警鐘を鳴らしていた。
さとりやこいしは何も感じていないようだったが、奴さんは違うみたいだ。
「なんなんだい、その刀は」
流石の勇儀も冷や汗を流している。フィリアに、と言うよりも刀が放つ異様な雰囲気に飲まれているかのようだ。
「この刀の銘は『鬼殺し』。文字通り、鬼ならば掠り傷一つで致命傷になる、ようはオーガキラーですね」
なんでもないかのように言うフィリア。対して刀の銘を知った勇儀だがその表情は恐れていると言うよりむしろさっきよりも笑みが濃くなっていた。
「ははは、言いねぇ。一撃でもまともに喰らえばそれでおしまいかい。だけど、どんなに強力な武器だろうと当たらなければ意味はないよ?」
「そうですね、そのとおりです。ですが、これは殺し合いではありませんが遊びでも無いのですよ?そう言えば、まだ名乗っておりませんでしたね。私はフィリア、ご主人様の従者をしております。以後お見知りおきを」
その言葉を合図に勇儀は前へと駆け出す。対してフィリアは最敬礼の動作をゆっくりと終え、顔を上げたときには勇儀が顔前まで迫っていた。
「ッハァ!」
「ふっ」
それを危なげ無くかわし、お返しとばかりに振り切った体勢の勇儀へ向けて逆袈裟に切り上げる。
「おっと!」
それを最低限の動きで、されど掠るギリギリを見極めての回避。なるほど、鬼の四天王の名は伊達では無いようだ。今の一連の攻防だけでも相手の実力が本物という事が分かる。しかし、最も驚くべき事は・・・
「掠り傷が致命傷になるってんなら、反撃する隙を与えなければいい話ッさ!!」
「ッ!!」
まさに津波が押し寄せてくるかのような怒濤のラッシュ。反撃するどころか気を抜けばそのまま飲み込まれてしまうと錯覚させるほどの突き。流石に刀では分が悪いと判断したのか、フィリアは持っていた刀を即座に盾に変え勇儀のラッシュに備える。
「オオオォォォォォォォォォォ!!」
盾ごと相手を打ち破らんと、鈍い音を響かせながらひたすらに殴る。ピキピキと不穏な音を立てながらラッシュを受け止めるフィリアだがその状態は長くは続かず、
「っく!・・・・・きゃあっ!」
ガラスの崩れるような音が響き、同時にフィリアの持っていた盾は文字通り粉砕される。盾を粉砕してなお勢いを失わない勇儀の拳は的確にフィリアの芯を捉えた。
「・・・っくぅ!!」
フィリアはギリギリのところで身を捩り、鳩尾を外す事はできたがまともに一撃を入れられ10数メートル飛ばされながらなんとか体勢を整えた。しかしダメージは深刻のようで片膝を着き呼吸は浅く、顔色は少し青い。どうやらアバラの2、3本折れたようだ。吐血していないので内蔵を傷つけることは無かった事が不幸中の幸いか。
「あんた、なかなかやるね。当たる瞬間に合わせて後ろに跳んで威力を殺すなんて、中々できることじゃない。だけどもうやめときな。いくら威力を殺したって、あたしの一撃をまともに受けたんだから動かない方がいい。これ以上は死ぬよ?」
フィリアは悔しそうに唇を噛み締めている。フィリアの最大のアドバンテージは徹底的に相手の弱点を突くことができる点にある。例えば、あらゆる龍種に絶大な効果を発揮するドラゴンキラーを妖力で作り出せば、ドラゴンに対してほとんど敵は居なくなるというように。神話級の武具を扱う事ができるが、今回のようにそれを恐れない相手も居る。
勇儀に対する最も驚くべき点、それは恐怖すら凌駕するほどの戦闘好きという点だ。鬼殺しを出した瞬間、勇儀の中の鬼と言う部分は確かに恐怖を感じたはずだ。もはや概念の領域、あれに傷を付けられた瞬間死するという明確な死の気配を振りまく刀身。大抵はそれだけで戦意を喪失し、酷い時には発狂するほどの匂いを振りまく。
だからこそ、勇儀が取った行動は常軌を逸していた。本能を愉悦で押さえ込み、本能によって硬直した身体を気持ち一つで取り戻した。さらに自ら接近するという暴挙。触れれば狩られるという状況でありながら、その絶対的不利を覆し形勢を逆転させた。
全く持って面白い。自然と口角が釣りあがるのが押さえきれない。これだから他人と関わるのは面白い。本では決して得られない経験をする事ができる。
湧き上がる高揚感を押さえつつ、フィリアの下まで行き怪我の具合を見る。勇儀はどうやら待ってくれるようだ、ありがたい。
「大分派手にやられたな」
「・・・・・・申し訳ありません」
「気にすんな、今日負けても次があるのならその時勝てば良い。いつも言っているだろ?」
「・・・・・・はい」
「よしよし。それじゃ、痛いと思うが服を捲くってくれ」
「うぅ・・・・はい///」
フィリアは頬を軽く染めながら上着を捲り上げる。肌理の細かい白い肌が羞恥心からか薄く桃色がかっているのがなんとも艶かしい。程良い大きさの胸が収まった白いブラまで露出したところで脇腹の少し上、肋骨の辺りにそっと触れる。
「っつ!」
肌の上からでも肋骨が折れている事がよく分かる。撫でるようにゆっくりと触れて折れた肋骨の本数を数える。やっぱり2,3本は折れていると見て間違いない。これなら特別処置をしなくても時期に回復するだろう。治癒魔法ではなく自然治癒力を高める魔法をかけ、フィリアをお姫様抱っこで抱え、さとりの下まで歩いていく。
「悪いさとり、フィリアのこと見ててくれ」
「は、はい!あの・・・気をつけてくださいね?」
さとりは心を読んだのか、戦うのを止める様なことは言って来なかった。ただただ心配そうな視線を寄越すだけでこいし、お燐も同じ視線を向けてくる。
「まぁ、怪我しない程度に遊んでくる」
いつものように困ったような笑顔を浮かべ、肩をぐるぐると回している勇儀へと向かい合った。ようやく本命とやれる事が嬉しいのか、にんまりと口角を吊り上げ次の瞬間にはボッという音が聞こえたのと同時に目の前に勇儀の拳が迫っていた。
パシィッ
まるでキャッチボールのようにグラブでボールを取った時と同じ乾いた音が響いた。なんてことは無い、ただ向かってきた拳を右手を突き出して受け止めただけ。止められた事が理解できないのか、呆然となっている勇儀を余所に押し戻すように拳を離すとたたらを踏んでなお自分の拳を見つめていた
「あんた、何をしたんだい?確かに全力じゃなかったけど吹っ飛ばすつもりで殴ったんだけどね」
「別に、迫ってきた拳を受け止めただけだが?でも流石鬼だな。妖力で身体強化してなかったら今頃腕が吹っ飛んでいただろうな」
ハハハッとなんでもないように笑う俺を見る勇儀は、まるで爛々と光っていた瞳をギラギラと輝かせ全身に妖力を纏い始めた。そのあまりの密度に建物自体が軋みを上げている。
「はっはっはっ!面白いねぇ、あんた最高に面白いよ。それに今日は運がいいねぇ、あんたになら本気を出しても良さそうだ」
背景にゴゴゴゴゴッて文字が浮かんでいそうな威圧感を放つ勇儀だがその程度のプレッシャーじゃ風に撫でられたくらいにしか感じない。全身に妖力を纏わせて勇儀が地を蹴った。
先ほどフィリアの盾を砕いた時と同じようにラッシュを仕掛けてくる。しかし、さっきとは比べ物にならないほどの威力のうえ、さらに速く重い打撃を打ち込んできた。拳が風を切る音がビュッ!ではなくゴゥッ!なのだ。まるで大質量の鎚をぶん回しているかのような音に当たれば粉微塵に吹っ飛ぶな、などと感想を抱きながら全て捌いているとこのままでは埒が明かないと思ったのか、今までただ殴るのみだった勇儀のレパートリーに蹴りやフェイントが混ざり始めた。
「はっ! そりゃっ! せいっ!」
「ほっ! はっ! よいしょ!」
パシィ、パシィと跳んでくる拳や足をひたすら両手で流し、受け止め、避ける。即頭部を狙って放たれた上段蹴りを屈んで避け、振り下ろされる拳に手刀を当てて逸らし、腹を狙った拳は右手で掴んで止める。もうかれこれ15分も勇儀は攻撃を打ち続け俺はそれを捌いている場所はすでに地霊殿の中から外へと移動しており――中で暴れると一階部分が崩れて二階が一階になってしまうため――勇儀が勢い余って砕いた岩の残骸やクレーターなんかで周りは荒れに荒れていた。そろそろマンネリ化しそうになった時、勇儀が距離を取って叫びだした。
「どうして一度も攻撃しない!それじゃああたしには勝てないよ」
どうやら怒っているようだ。眉間には皺が刻まれていて怒ってますよオーラが漂っている。ここまでで俺は一度も勇儀に攻撃していないのだ。
「そういうセリフは一度でも攻撃を当ててから言うんだな。掠ってすらいないじゃないか。手加減とかいいから本気で来い。じゃないと・・・」
死ぬぞ?
「ッ!!?」
軽く勇儀を睨んだ瞬間、バックステップで大げさなほど距離を取り此方を睨んでいた。その表情にはさっきまでの余裕が無く、明らかに呑まれている事が分かった。軽く威圧しただけでこの反応、つくづく自分が普通の妖怪でないことを思い知らされる。普通の妖怪に会ったことすらないし、そもそも普通の妖怪ってなんだ?どういう基準なんだ?
「本当に何者なんだい、あんたは?あたしが気圧されるなんて母様くらいだったのに」
「なに、最近幻想郷に辿り着いたしがない一妖怪だ。それ以上でもそれ以下でもない。さて、リクエストにお答えしてそろそろこっちも反撃させてもらおうかな」
「おっ?やっとやる気になったんだね?いいよ、それでこそ喧嘩の醍醐味ってやつだ。遠慮せず打ってきな」
「そうかい?それじゃ、遠慮なく」
フッ
「え?ガッ!?」
いきなり消えた暁とほぼ同時に吹き飛んで岩肌に激突する勇儀の図が一瞬のうちに出来上がった。勇儀は何をされたのか分かっていないだろう。勇儀からしてみれば瞬きもしていないのに、いきなり視界から暁が消え、気付いたら岩肌に激突していたのだから。しかも側頭部と肩、脇腹から感じる鈍い痛みより推測するにあの一瞬の間に三回も殴るか蹴られたのだろう。勇儀がそれにすぐ気づく事ができたのは吹き飛んでいる最中、拳を振り切った格好の暁が視界に映ったからだ。それも先ほどまで自分が立っていた場所に。
「ウッ・・・・ゲホッ!」
何とか起き上がるも足はふらつき、視界が霞んでいる。たった一回の攻撃で鬼の自分にここまでの負傷を負わせた目の前の相手は相変わらず飄々としている。自分の攻撃はまるで風になびく柳の葉のように避けられ、全くと言っていいほど手応えを感じられない。しかも相手の攻撃は見切る事もままならない上、鬼と同等かそれ以上の威力を誇っている。
強い、本当に強い。それも今まで闘ってきた者のなかでダントツで。
今まで自分は強いと思っていた。自信過剰ではなく、一つの事実としてそれが当然であると受け止めていた。実際、この幻想郷の妖怪の中では間違いなくトップクラスに入るであろう実力を持っている。しかし、目の前の相手はさらに頭一つではきかない程の高みに居る。
その事実が勇儀にとっては最高に喜ばしい事だった。
まだまだ自分よりも強い者が居る。目標となる相手が居る。戦いに身を置く種族として、強者と戦う事はほとんど本能と言って差し支え無い。それは、無意識に自分が強者となることを恐れているという事でもある。
もしも、自身が最も強い存在となったならば?それはもう戦いに愉悦を感じることができなくなってしまうことである。戦いを楽しむ事ができなくなることを恐れるがゆえに、自分よりも強い者を探すのだ。
だから勇儀は笑っていた。自分よりも圧倒的な高みに居る存在に出会えた事に感謝していた。
「おっ?まだやるのか?」
男の―暁の声が響く。
この瞬間、勇儀の中で一つの目標が生まれた。
こいつに勝ちたい。勝って一緒に酒を酌み交わすことができればどんなに楽しいだろうか。
ふらつく足で一歩踏み出し、勇儀は言った。
「次は・・・負けないよ」
言い終わると膝から力が抜け、前のめりになる。相当深刻なダメージを負っていたようで、むしろいままで意識があったことが奇跡なのだ。ふらっと身体が傾くのと同時に勇儀の意識も薄れていった。意識を失う直前、何かに支えられたように柔らかく受け止められた。そして、さっきまで戦って居た男の声を聞いた。
「もっと強くなったらやってやるよ」
最近、リアルが苦痛になってきた今日この頃。
妄想が具現化しないだろうかと半ば本気で考える自分が居る・・・
はやく何とかしないと