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挨拶回り~地底に続く~

最近どの作品も難産だ~

「・・・・・・・・・・」


空気がピリピリと張り詰めて、肌を直接刺激してくる錯覚を覚える。

当然と言えば当然だが、いくらなんでも総力でお出迎えされるとは夢にも思っていなかった。

周囲には天狗、天狗、天狗・・・

鴉や白狼や木端や大天狗等、天狗のバーゲンセールのように多種多様な天狗が周囲を覆い尽くしている。

天狗の里をそれほど苦も無く探し当て、上空から降り立った瞬間にこの状況ができた。

頭を掻こうと少しでも手を動かす素振りを見せれば、中てる気の無い妖力弾が飛んできて威嚇される。


「動くな!少しでも怪しい動きを見せてみろ。無数の弾幕がキサマを襲うぞ!」


正面に立っているとっても大きな天狗が叫ぶ。おそらく大天狗クラスだろう。妖力の大きさが周りよりも郡を抜いてデカイ。

内心でため息を吐きながら、ボソッと呟く。


「めんどくさ」


そもそもどうしてこうなったんだっけ?

あっ、さっき力ずくで押し通ったからか・・・

さてどうしようかねぇ?

この状況を打開する為に頭を悩ませていると、正面の天狗達が左右に避けて道を作り、奥からさらに大きな妖力を放出させながら天狗が歩いてくる。

驚いたことに、その天狗は十中八九天魔だろうが、大天狗が全員男なのに対して天魔は女だった。

大和撫子がぴったり似合う端正な顔立ちと背中まで伸ばした黒髪が印象的だ。

つか、思いっきり見知った顔だ。


「お久しゅうございますね、暁様」


リンと鈴を転がしたような声音は、耳に心地よく、微笑とも取れる表情を浮かべる。

天魔が俺に声をかけたことに一同が驚き、どよめきが巻き起こる。

そんな天狗達をキッと睨みつけ、


「何をしている?この御方は私の客だ。お前達はさっさと持ち場に戻れ!」


天魔の声に弾かれたように散開していく天狗達、天を覆うほどいた天狗の群れはものの数分で自分の持ち場へと帰ってきたようだ。


「相変わらず元気そうだな、花梨かりん


「珍しいですね、貴方様が堂々と正面から乗り込んでくるなんて。いつもはどんなに厳重に警戒したところで誰にも気付かれず、侵入してきましたのに」


「今日の目的は挨拶周りだからな。っと言うわけでほいっ」


花梨に笹で巻かれた包み二つを渡す。


「これは?」


「一応新参者だからな、詰まらない物だけど手土産。中身は俺が作った和菓子だ。それと、こっちは椛に渡しておいてくれ」


菓子と聞いた瞬間、花梨の目が変わった。例えるなら、獲物を狩る獣の目だ。


「言っておくが、権力にモノを言わせて椛から取り上げるんじゃないぞ?そんなことしたら金輪際差し入れなんて持っていかないからな」


その言葉に花梨は一瞬身体を跳ねさせ、目を逸らして、


「ソ、ソンナコトスルワケナイジャナイデスカ~、アハハ~」


コイツ、やる気満々だったな。

変に片言になっているし・・・


「まぁ、そこら辺の判断はお前に任せる。ところで、地底の入り口はどこにあるんだ?」


ここでの用事は終わった。

そろそろ次に行かなくては今日中に帰ってこれるか怪しいな。


「地底の入り口ですか?それならこの山の滝の近くにある大穴がそれにあたります」


滝と言うと、来るときに見えたあれか・・・


「なるほど。それじゃ、そろそろ行くから」


そう言って、踵を返すと、


「えっ、もう行ってしまうのですか?」


少し寂しそうにこちらを見上げてくる花梨。


「今度宴会があるそうだな。その時に、な」


振り返らずにそう告げると、今度こそ件の入り口に向けて飛んだ。












「ここか」


「大きな穴ですね~」


花梨と分かれて、それなりに急いだ結果、あっという間に地底の入り口と思われる入り口を見つけた。

穴は深く、深淵といっても差し支えないかもしれない。それに、人間ならば決して近づこうと思わないような雰囲気を感じる。妖怪の俺には関係ないが・・・


「さて、行きますか」


「はい」


飛んで、ではなく、跳んで大穴に入り込む。

身体は重力に引っ張られ、自由落下を始めた。

すぐに光が届かなくなって、辺りが真っ暗になるが夜目が利く俺にはさほど関係ない。

穴は随分と深いようで、重力加速度に従ってグングン速度が上昇するが未だ地の底が見えない。なるべく穴の中心を通るように落ちていると、穴を塞ぐように巨大な蜘蛛の巣が張られているのが見えた。

このままではぶつかってしまうので飛んで勢いを殺して、周囲の観察をすることにした。


「うん、やっぱり蜘蛛の巣だな。これだけ巨大な物となると、相当大きな蜘蛛って事になるのか?」


腕を組んで思案していると、上から何かが落ちてくる気配がしたので、動こうとしたフィリアを手で制して一歩後ろに下がる。


「ご主人様・・・」


「分かってる」


そして両手を前に突き出して、掌を上に何かを支える形で固定する。


ひゅぅぅぅぅうううう~  スポッ


上から落ちてきた何かは狙い通り、俺の両腕がキャッチした。

そして、意外にもその落下物は妖怪で桶に入った少女とばっちり目が合った。

緑色の髪を両脇で結っており、人間基準でいうと8.9歳そこそこといった感じの少女は、白い着物を着ていて、その身体がすっぽりと桶に収まっていた。


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


最初驚いた顔をしていた少女は、だんだん顔が赤くなっていき、


「!!?!?」


ビュンッ!


「あっ」


まさしく脱兎の如く、頭のおさげを揺らして器用にピョンピョン跳ねながら横にある洞穴に入って行った。


「なんだったんだ?」


「さぁ?追いかけますか?」


「いや、いいや」


桶少女が逃げていった洞窟の方を見ていると、先ほどの桶少女の気配ともう一人別の妖怪の気配がした。

少しだけ警戒するフィリアを横目で見ながら、奥の方から歩いてくる人物に意識を向ける。


「キスメが慌てた様子で跳ねてきたから何かと思えば珍しい。地上の妖怪だね?」


今度は別の妖怪が現れた。

薄い黄色の髪をポニーテールにして快活そうな笑みを浮かべる。

両手に抱えている桶は先ほどの桶妖怪だろう。顔が隠れていて見えないが・・・


「そういう君達は、第一、第二地底妖怪であっているかな?」


「そうだね、ここに来るまでに誰とも会わなかったんだったらそれで合ってるよ。それで、地上の妖怪さんは地底に何の用なんだい?」


未だに隠れている、桶少女の事は一先ず置いておいて、まずは自己紹介からかね。


「俺は、暁。こっちはフィリア、最近ここに移り住んだ妖怪だ。地底には、とりあえず挨拶がてらに散策でもと思ってね」


「フィリアと申します。お見知りおきを」


俺の言葉に次いで、フィリアが軽く会釈をする。

その言葉に、驚いたような表情を作り、まじまじとこちらを観察しながら


「へぇ~、あたしは黒谷ヤマメ。こっちの桶にはいっている子はキスメっていうんだよ。それにしても、散策ねぇ。酔狂なことをするねぇ、あんた」


どこか呆れたような、しかし面白い玩具でも見つけたような顔をして、


「よし、ならあたしが地底を案内してあげるよ。キスメもその方がいいみたいだし」


ヤマメが持っている桶が否定するようにガタゴトと揺れるが、それをヤマメは綺麗にスルーする。


「あぁ~、こっちとしてはありがたいけど、別に無理をすることはないぞ?なんだか嫌がっているみたいだし」


そんな俺の心遣いをヤマメは笑いとばす。


「あっはは、そうじゃないよ。この子は人見知りでね、照れてるだけさ」


今度は何の反応も見せずに、沈黙している桶。

図星なのかそうでないのか判断に迷うところである。


「さて、それじゃあ行こうか」


そう言ってヤマメは、来た道を引き返していく。


「あれ?ここから降りるんじゃないのか?」


「そっちからでも行けるけど、こっちを通ったほうがずっと早いんだよ。早くおいで」


桶を片手に笑顔で手を振ってくる少女の絵はシュールというかなんと言うか、違和感が無いあたり二人は仲がいいのだろう。

洞窟の中を歩いていくと、先に進むにつれてだんだんと光が漏れるようになってきた。

どうやって、ここまで掘ったのかわからないが絶対に人間の手じゃないことは確かだ。

フィリアは洞窟特有のじめじめとした空気が合わないのか、しきりに耳をピクピクと動かしている。

それにしても、鬼って事はアイツも居るのかねぇ。会うたびに喧嘩吹っかけられていたから少々面倒なことになりそうだけど。


「そろそろ抜けるよ」


ヤマメの声に思考を切り替えて、奥から漏れてくる光が一層強まった。


「へぇ・・・」


洞窟を抜けると、思わず呟いた。


「地底って言うからどんなところかと思ったけど、なかなか楽しそうなところじゃん」


地底という言葉に勝手な先入観を持っていた自分が恥ずかしい。

もっと暗いところだと思っていたが実際は逆だった。

まさしく、遠い日の都をそのままここに持ってきたように活気と熱に溢れていた。

昼も夜も無い地底では、鬼どもを中心として酒を喰らい、余興で力試しをしてみたり、飲み比べ、博打等々。

実に楽しそうだ、うん。


「それじゃあ、行こうか」


俺の表情に満足げな笑みを浮かべたヤマメは先を歩き出す。

それについて行くと、川に架かっている橋の上に誰か居た。

どうやら、この橋を渡ると都(ヤマメの話では旧都と呼ばれているらしい)に入るようだ。

差し詰め、橋の上に居る人は橋姫だろうか?


「妬ましい、妬ましい、妬ましい、パルパルパルパルパルパル・・・・・」


これ一種のトリップだよな?前髪に隠れて表情は見えないが、想像したくない表情になっているのはよく分かる。


「相変わらず、誰かを妬んでいるのかいパルスィ?」


パルスィと呼ばれた少女はヤマメの言葉に振り向いた。

金色の髪に緑色の瞳がよく映える。笑ったら可愛いだろうその容姿は、眉間に皴がよっており、目が据わっている。非常に残念だ。


「昼間っから逢引なんていいご身分ね、妬ましい」


ヤマメは慣れているのか、開口一番妬まれてもまったく動じていない。

そして今度は、その緑の双眸が俺を捉えると目の前までやってきて、


「美女を三人も侍らせてるなんて、妬ましい」


初対面の俺に対しても同じような反応を見せる。

これは・・・筋金入りか。


「俺は暁、こっちはフィリア。今はヤマメ達に地底を案内してもらってるところだから逢引なんかじゃない」


「さり気無く自己紹介をしてきた挙句、私の対処法をいち早く察するなんて、その頭の回転の速さが妬ましいわ」


おそらく、何を言っても最後には妬ましいで締めくくられちゃうんだろうなぁ・・・

ある意味では付き合いやすいのかもしれないけど、仲良くなるには根気がいりそうだ。


「妬まれるのなら慣れているからな、今更って感じなんだよ。ま、一つよろしくな」


そう言って、包みをパルスィに渡す。一応受け取ったものの、不思議と訝しいを足して2で割ったような表情をするパルスィ。


「私たちは、最近ここに移り住んだ妖怪なんです。それで今は挨拶周りをしている最中なんです」


と、フィリアの補足に合点がいったのか、


「用意がいい、その心配りが妬ましい」


と、口ではそう言いながらも、若干嬉しそうにしていたのは多分気のせいじゃない。

それだけでこの子に対する印象が大分変わる。


「……水橋パルスィよ」


「パルスィか、うん、覚えた。パルスィね」


とりあえず二回復唱しておく。何でって?大事なことだからだよ。


「それで、もう用は無いでしょ?早く行ったら?」


気怠げに橋に寄りかかると、ジト目でそう言った。


「え、何言ってんだ?パルスィも行くんだぞ?」


「は?」


「え?」


数瞬の沈黙、視界の端でフィリアが「あぁ、またご主人様の悪い癖が・・・」とか言っている気がするが気のせいだ、気のせい。


「なんで私がアンタについて行かなきゃいけないのよ、めんどくさい」


予想外の展開に目を丸くしたのも束の間、すぐに表情を戻して鬱陶しそうにこちらを睨む。


「なんでここで会ったのも何かの縁って事で一つ」


ちなみに譲る気は毛頭ない。今までもこれからも俺はずっとこの姿勢を貫いていくつもりだ。

ようするに、楽しいことを大人数で楽しめればなんだっていい、そういうことだ。


「諦めた方がいいですよ、こうなったご主人様は梃子でも動きませんから」


フィリアが横合いから苦笑混じりに助け舟を出してくれた。

フィリアの様子に何かを諦めた風に溜息を吐く。


「はぁ、分かったわよ。まったく、その強引さが妬ましいわ」


「よっし、決まりだな!」


拳を掌で打つと振り返って、橋の向こう側で待っているヤマメ達に追いつく。


「へぇ、パルスィを口説き落とすなんてやるじゃないのさ」


「それほどでもない」


「仕方なく着いていくのよ、あのまま居座られても迷惑だし」


パルスィを仲間に加えて、旧都の町を歩く。

最初は殺風景な場所だったが、しばらく行くとぽつりぽつりと家屋が増えてきて、だんだんと都の町らしくなってきた。

所謂居酒屋からは騒がしい声が漏れて聞こえ、町並みは京の都を模して作られたのか、あちこちに細い分かれ道が増えてきた。堤燈に灯った明かりが唯一の光源なのだが数が数だけに昼間のように明るい。屋根伝いに下げられてる堤燈も含めると、見えるだけでざっと三桁はあるだろう。

妖怪達も増え始め、見慣れぬ妖怪だからだろう、視線を集めるが特に不快なモノは感じない。


「なかなか活気があるなぁ」


「そうですね、イメージとは大分違います」


まぁ、鬼がいる時点で、暗くジメジメしてるなんてのは端から無いと思っていたからそこまで驚きはしないが。

周りの情景は一層賑やかになり、遠い日の都に居るような錯覚に陥る。


「あ、あそこの酒屋にはいつも鬼が居るんだよ」


ヤマメが指差した店には大きな堤燈にでかでかと酒屋の文字が入っており、中からは喧騒とも取れる声が響いてくる。

次いで、ドタンッバタンッと物々しい音が聞こえてくる辺り喧嘩でもしているんだろうか。


「ふむ、面白そうだからちょっと覗いてみるか」


俺の言葉にヤマメとパルスィとようやく顔が半分だけ出すようになったキスメはギョッとした顔になり、


「あんた、何言ってんのよ? 鬼の喧嘩に巻き込まれるなんて冗談じゃないわ!」


「今回は真面目に考え直したほうがいいんじゃない? 死にはしないと思うけど絶対に怪我するよ?」


「………(ブンブンブン)!!」


上からパルスィ、ヤマメ、キスメのセリフだ。俺を気遣ってくれるのは嬉しいが、生憎と俺の好奇心は猫を殺すどころか手懐けてしまうんだよ。


「大丈夫ですよ、ご主人様が鬼如き(・・・)に負ける筈が無いじゃないですか」


フィリアが自信満々に胸を張るが、如何せんそのセリフはフラグという物であって・・・

まぁ、フラグは叩き折るものとは誰が言ったか、確かにそこら辺の鬼には負けるつもりも無い。


「まぁ、とりあえず中に入ってみようぜ」


俺は、その店の引き戸を横に滑らせた。















「なんだとコラァァ!!」


「やんのか、あぁん!!」


店の中は実に混沌と化していた。

中央では取っ組み合う鬼が二人。奥のほうで飲んでいたのか、ちゃぶ台の一つがひっくり返っており中央に近い席の客は壁際に移動しており、他の客と一緒にその喧嘩を煽っていた。店主は迷惑そうに顔を顰め、給仕と思われる少女はおろおろとしながらなんとか二人の取っ組み合いを止めさせようと涙目になりながら声をかけている。しかし、頭に血が昇った二人にそれが届くはずも無く徒労に終わっている。


「これはまた、カオスだねぇ」


俺の呟きに店主が気付き、話かけてきた。


「いらっしゃい、何にする?」


この騒ぎの中、普段通り商売しようとする心意気は素直に感心してしまうが、どっちかっていうとこの騒ぎの沈静化を図る方が先ではないのだろうか?

カウンター席が丁度人数分空いていたので、とりあえずそこに座ることにする。

三人は落ち着き無く件の騒動の方を気にしているが、俺とフィリアはいつも通り平然としている。

別に飲みに来た訳ではないのだが、まぁとりあえず、


「この子にミルクと魚系の料理を、俺はワインと味が濃い目の物を。で、お前らは何にする?」


「いや、どうして飲みに来たような雰囲気になってるのよ!」


「そういがむなよ?俺の奢りだぜ?」


「店主、イカゲソと熱燗」


「あ、じゃああたしはから揚げとおでんと日本酒で」


「……私も日本酒」


奢りと聞いた途端に態度変えやがった。別にいいけど・・・

そろそろお昼時だしねぇ・・・


「はいよ、毎度あり。ところで兄ちゃんと猫の嬢ちゃんは見ない顔だがどっから来たんだい?」


店主が作業する腕を止めずに俺に話しかけてきた。


「つい最近この子と一緒に幻想郷に辿り着いた新参者だよ。今は挨拶周りの最中かな」


「ほぉ、外から来たのかい。 そりゃ珍しいっと、あいよ秋刀魚の塩焼きだよ」


この季節には珍しい、というか海の無い幻想郷でどうやって?なんてのは愚問だ。大体がスキマ妖怪のせい、で片付けられる。


「俺からも聞きたいんだけど、あれの原因って何?」


あれとは、未だに取っ組み合いをしている鬼どものことだ。他の鬼は止めるどころか逆に煽っているので使い物にならない。


「原因も何も、どっちが強いかで喧嘩になったんですよ。いつもは姉さんが止めに入るんですが今回は運悪く、不在でしてね」


そういう店主の顔は、笑っているのだが引き攣っている。

いつも、と言う事は毎回皿やら徳利なんかが割れて少なからず被害が出ているんだろう。

さらに、静かに飲みたい客の足は遠ざかり、騒ぐのが好きな連中は集まりだす。

そりゃ、ストレスも溜まるわな。店主の胃腸の明日はどっちだ?


「いい加減にッ!いい加減にしてくださいよ~・・・ふえぇ~ん」


あらら、遂に何とか止めようとしていた女の子が泣き出してしまった。

やれやれ、そろそろ助けてあげようかね。

徐に席を立った俺に店主が不思議そうな視線を向けてくるが、敢えて無視する。

二人に近づいて、どこからとも無く取り出した青い魔導書を持って、魔力を練り始める。

すると、魔導書は独りでにパラパラとページが捲れ、それがとあるページで止まると、同時に俺は呪文を放った。


「『ウォーターフォール』」


すると、取っ組み合いをしていた二人の頭上からバケツをひっくり返したような水が降り注ぎ、あっという間に濡れ鼠が二匹出来た。

数瞬の硬直の後、再起動した二人は俺に食って掛かってくる。


「「てめぇ、何しやがる!」」


いきなりの乱入者に周りはさらに活気付き、泣いていた少女は事態の展開に追いついていない。フィリアは楽しそうにニコニコと笑みを浮かべており、店主は唖然、ヤマメ、キスメ、パルスィも似たような反応をしていた。


「何も減った暮れもねぇよ、喧嘩やるなら表でやれ。わざわざここでやるほどのことでもないだろ。そもそも、どっちが強いかなんて分かりきっていることだろうに?」


俺は、そこで言葉を切り一拍のタメを作る。

何時の間にか店内は先ほどの喧騒からは考えられないほど静まり返っており、皆次の俺の言葉を待っている。

俺は先ほどまで泣いていた女の子を一瞥すると、口を開いた。


「お前らがどんなに強くったって、俺には勝てねぇよ」


また訪れる静寂、しかしそれはすぐに破られる。


「「上等だ、てめぇ!ぶっ殺してやる!!」」


二人は激昂して固めた拳を振りかぶってくるが、俺はその拳を真正面から受け止める。


「「なっ!?」」


驚愕する二人。いくら力を込めてもピクリとも動かない。

顔を真っ赤にしながら、両腕を使っても一向に動く気配を見せない。


「ほらな、これで分かっただろ?」


俺はそのまま力任せに腕を振るって、二人を脳天から地面に叩きつける。

もちろん、ちゃんと加減をして地面が少々陥没するくらいはしたが、二人が暴れるよりはよっぽど被害は少ないはずだ。


「どっちが強いか以前にちゃんと身体を鍛えろ、未熟者」


おそらく聞こえてはいないだろう二人にそう吐き棄てて俺は悠々と自分の席へと戻った。

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