挨拶回り
「今日は挨拶回りに行くぞ」
朝食を食べ終え、フィリアが洗い物を終わらせたところでそう切り出す。
「挨拶周り・・・ですか? 幻想郷の有力者のところへ遊びに行くわけですね」
「まぁ、そういうところだ」
流石、言わずとも俺の意を察する事が出来るまでにはなったか。
さて、そうと決まれば・・・
「準備ができました、ご主人様」
見ると、フィリアがバスケットを抱えて日傘を手渡してきた。
むぅ、最近口で指示することが少なくなってきた気がするんだけど・・・
嬉しいような寂しいような、喜ばしいことではあるんだけどな。
俺の複雑な心境を知ってか知らずか、ゆらゆらと尻尾を揺らしている。
外に出てみると、強い日差しが照りつけている。
今日も暑くなりそうだな。
まぶしそうに太陽を一睨みして、最初の目的地に向けて地面を軽く蹴った。
「それで、最初はどこに行くんですか?」
バスケットを両手で持ったまま、俺よりも体ひとつ分遅れて飛んでいるフィリアが質問してきた。
「ん~? 最初は妖怪の山に行こうと思っている」
幻想郷でも普通の人間にとっては、トップクラスで危険区域に指定されるのが眼前に聳え立つ妖怪の山だ。
前に依頼で妖怪の山に登ったがあの時は指定された比較的安全な道を通ったし、なにより能力によって隠密行動していたが今回は堂々と正面切って侵入しようと思う。
侵入つっても挨拶周りなんだが・・・
麓を軽~く通り過ぎると、遠くから複数の妖気が感じられた。
「止まれ、そこの妖怪!ここは妖怪の山、我ら天狗が治める土地だ!許可も無く入る事は許されない、即刻立ち去れ!!」
あっという間に、囲まれてしまった。
全員白髪に白い耳と尻尾が生えている辺り、椛と同じ白狼天狗だな。
数は二十、警告にしては多いと思うがこちらが妖怪で二人だからの数だろうと推測する。
「俺達は山の上にある神社に用があるんだ。通してくれまいか?」
「神社に用事があるのならば専用の参拝道がある。そちらを利用しろ」
「別にこのまま飛んでいってもよくない?」
「ダメだ、参拝道以外は我らの領地。侵入すると言うのならば容赦はしない」
言い終えると同時に、全員武器を構えて臨戦態勢を取る。
はぁ、これだから天狗って言うのはめんどくさい。
あっ、椛は別だ。あの子はなかなか弄りがいがありそうだし。
ふと、そこで一人の白狼天狗が異常に気付いた。
「おい、もう一人の女の方は何処に言った?」
先ほどまで俺の後ろに控えていたフィリアの姿がなかった。
半分がこちらを警戒するなか、もう半分がキョロキョロと辺りを見渡しているがそれっぽい人影などあるはずもない。そもそも、二十人全員に気取られる事なく行動できる奴なんて能力者以外に居ないだろう。
「貴様ッ! もう一人は何処に行った!!」
一人が噛み付くように言葉を吐いているが、どうやら自分達の状況に気付いていないようだ。
「俺のことより、自分の心配をしたらどうだ?」
「どういうッ!!?」
白狼天狗が疑問を口にしようとしたところを慌てて口を紡ぐ。
その喉元には何者かによってナイフの切っ先が当てられていたからである。
その何者かって言うのがフィリアな訳だが・・・
「フィリア、その辺にして置け」
俺の指示に感情を一切込めることなく機械的な動作でナイフを太ももに巻いているホルダーにしまうとまったく隙の無い動きで定位置に戻ってきた。
そして一言、
「命拾いしましたね、ご主人様に刃を向けて生きていられたのはここ二百年ばかり居なかったのですが・・・・・次は無いのであしからず」
その声音はあまりにも冷たく、強固な意志の元で紡がれている。
そんな底冷えするような声と殺気に、すっかり戦意喪失してしまった白狼達。ちなみに、全員涙目である。
「それじゃあ、俺達が見えなくなるまで動かない方がいいよ。今度は止められるかわからないから」
その言葉にコクコクと頷くだけしかできない白狼達、その一糸乱れぬ姿に少しだけ噴出して、友が居るであろう神社へと向けて飛んだ。
あれから特に妨害があるわけでも無く、スムーズに神社まで辿り着くことができた。
で、早苗は境内で掃除でもしているだろうと思っていたのだがその姿は無く、どうやら留守のようだった。
「なんだ?早苗は居ないのか?」
これは日を改めて出直そうかと踵を返したところで、
「早苗になんか用なの?妖怪」
後ろから声を掛けられた。
しかし、振り向いてみても誰も居ない。
はて?空耳だろうか?
「ちょっと、下だよ下!」
「下?」
服の袖を引っ張られ、視線を下に下げるとそこには幼女が居た。
前衛的なデザインの帽子、金髪、ロリ・・・
早苗に教えられた情報を元に目の前の幼女がどちらに該当するのかを頭の中で検索する事コンマ二秒。
「貴女が諏訪子様であっているでしょか?」
「早苗から聞いたんだね、そのとおりだよ。 この守矢神社のニ柱が一柱、洩矢諏訪子だ。そういうあんたは、暁で間違いないね?」
「えぇ、よくご存知で」
「この前、うちの信者の護衛をしてくれたんだろ? そのときにちょっとね」
なるほど、隠れて見ていたわけか。気付いていたけど・・・
「そして私が!!」
突如として風が吹き荒れ、神々しくも威圧的な存在感を放ちながらそれは本堂の上に浮かんでいた。
そちらの方に視線を向けると、紫色の髪の女性が胡坐を組んで、太陽の光を胸についている銅鏡に反射させてこれでもかという演出で名乗り上げた。
「この守矢神社のニ柱が一柱、八坂神奈子だ!妖怪よ、よくぞここまでたどり着けたな」
「ば、馬鹿な!!」
思わずよろめいた。よろめいてしまった。
そのあまりにも桁違いな存在感のせいか?
自分の理解の外にあるせいか?
それとも余裕すら感じられる微笑に見惚れたからか?
・・・最後だけは無いな。
冗談はさておき、俺は戦慄していた。
自分の頭が追いついていない。
なんで?どうして?
わからない、分からない、ワカラナイ!
俺はようやく、やっとの思いでその疑問を口にすることができた。
「なんで・・・注連縄背負ってんの?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・あふぅ」
三人分の沈黙+フィリアの欠伸だけが午前中の境内を支配していた。
そして、最初に沈黙を破ったのは意外な人物だった。
「流石私の相棒なだけありますね、突っ込みどころが違います!!」
スパーンッと小気味良い音を立てて、障子を開け放って本堂から出てきた東風谷早苗その人だ。
まぁ、結局何が言いたいかと言うと、
カリスマなんて無かった。
閑話休題
「なるほど、挨拶周りですか」
現在神社の居間に通された俺達は出されたお茶を啜りながら、今日の来訪の意図を伝えていた。
「ん、流石に新参者が挨拶もしないでいるのはいかがなものかと思ってね、こうして出向いた訳だけど・・・」
そこで、チラッと横目で先ほどの神達を一瞥する。
「あ、神奈子!それは私が狙ってたやつ!」
「あん?そんなの早い者勝ちに決まっているだろ?」
「あんだってー!よし、表に出な。今日こそ決着を着けてやる」
「望むところだね、吼え面掻かせてあげるよ!」
仲が良いのは分かったが、仮にも神がお菓子の取り合いであそこまで子供になってもいいのか?、と言う意味を込めた視線を早苗に送ってみたが、
「そんなに見つめられると照れてしまいます」
と、頬に両手をあてて体をクネクネとくねらせている。
はぁ、コイツもいつも通りか・・・
安心したようなそうでないような・・・
さて、あまり長居はできないしそろそろ次に行こうかね?
湯飲みを置いて立ち上がった俺に続いてフィリアも立ち上がる。
「あれ、もう行くんですか?」
「まだまだ周らなきゃならないところがあるんだよ。っと、そうだ!ここで一番面倒そうな場所ってどこだ?」
「面倒そうな場所ですか?それならやっぱり、地底じゃないですかね?あそこは覚妖怪や鬼が居ますから」
覚に鬼か・・・。覚はともかく鬼は面倒だな。
昔は事ある事に何かにつけて勝負しようとする輩が多かったが、地底に潜って少しは大人しくなっただろうか?いや、なってないな絶対。
んじゃ、次の行き先は天狗の本拠地の後に地底に行くか。
「了解、んじゃまたな」
「はい。あ、そうだ!」
早苗が何か思い出したように手をポンと叩き、その声が気になったおれは振り返る。
「どうかしたか?」
「今度、博麗神社で宴会があるんですよ。もちろん、暁も行きますよね?」
・・・宴会だと? だったら別にその時にでもまとめて周ればいいんじゃないのか?
いや、地底の主が必ず来るとは限らないし、ましてや覚だからなおさらか?
どの道行ったほうが確実か。
「宴会・・ね。わかった、考えておくよ」
フィリアが日傘を開いて渡してきたのでそれを受け取り、宙に浮く。
眼下では早苗が手を振っていて、湖の近くではニ柱が弾幕ごっこ?とやらを興じていた。
さて、次は天狗のトップとのご対面か。 少々荒事になりそうな予感がしないでもないな。
軽くこれから起こる厄介事に苦笑しながら、この山で妖力が集中している場所に向けて飛んだ。
最近オリジナルの小説もちょこちょこ書いています。
しかし、現実は忙しいな(泣)