プロローグ
後悔も反省もしていない!!
「うしっ、これで全部だな」
とあるアパートの一室。
部屋の中は一切の家具が無く、大きめな鞄が一つとこの部屋の住人であろう一人の少年と一匹の黒猫だけが居た。
服装は黒いカッターシャツにジーパンとラフな格好で首には何かの形を模したペンダントをしている。猫の首には赤い首輪に金色の鈴がついている。
容姿は黒髪を後ろで一つに纏めており、黒目に白い肌、顔立ちはかなり整っているがおおよそ純日本人には見えなかった。
いや、少年というには雰囲気が大人びているが青年と言うには若干幼さが残っている。
部屋の窓から外を見渡すと太陽はすでに傾き、町の方を見れば車が往来し、人々がせしわなく動いている。
子供達は家に帰る途中なのか、誰かに向けて大手を振って走り去っていった。
商店街ではおっちゃんやおばちゃんが景気の良い声で客寄せをしている。
ここまで声が響いてくるくらいだ、今日はスイカが特売なのか。
季節は夏、もう少しで暑さが収まってくる8月下旬なのだが最近は残暑もしぶとくまだまだ暑い日が続きそうだ。
「今日でここともお別れか...」
しんみりとした声音で彼は呟く。
その声は寂しさや悲しみというよりも憂いを帯びていて、聞き心地の良い声をしているのだが今は声が少し沈んでいる。
足下の猫は、心配そうに少年の方を見つめ「ニャー」と鳴いた。
少年は「大丈夫」と頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。
部屋の中に何も無く、荷物をまとめたであろう鞄があるのだから彼が何処かへ引っ越す事は明白だ。
「まぁ、なかなかに楽しかったよ」
そう呟いて、彼と猫は部屋を出て行った。
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管理人さんに挨拶を済ませ、夜間電車に乗って目的地である町を目指す。
レールとレールの繋ぎ目を通る度にガタンッ、ゴトンッと小さく電車が揺れる。
心地の良い振動を楽しみながら、映りゆく景色を一晩中眺めていた彼は何時の間にか眠っていたらしく、起きた時にはすでに太陽が顔を出していた。
「しまった、何時の間にか眠っていたみたいだ」
太陽が昇る瞬間を見れなかった事を残念に思いながらも、電車は目的地の駅に到着したようだった。
立ち寄ったコンビニで、サンドイッチとパックの紅茶を購入し猫にはキャットフードを買い、適当に公園のベンチで朝食を摂る。
「まっずい・・・」
紅茶を一口飲んで呟いた言葉がこれだ。
「これは、ヒドイな」
しかし、まずいと言いながらも全部飲みきる俺も俺だと思う。
とりあえずは、胃にモノを入れたので行動を再開する。
辿り着いた町は、自分が居た町と比べてもあまり差が無いようで多少の違いはあれど基本は同じのようだ。
「いってきま~す」
「まってよ~、おにいちゃ~ん」
ふと、前方からランドセルを背負った二人の子供がこちらに走ってきた。
一人は黒いランドセルを背負っていて活発そうな顔をしている。
もう一人は、水色のランドセルで少し気弱そうな顔をしていた。
二人は兄妹のようで遅れた妹の手を引きながら、楽しそうに自分の横を元気よく走り抜けていった。
「ククッ、仲が良いな」
彼は何を思い出しているのか、小さく笑い再び歩き出した。
この町の近くには大きくは無いが森があり、すっかり寂れてしまった神社がその入り口近くにあるのだ。
森自体はよく町の人がピクニックなどに利用する為、その為の施設が整えられている。
森の中心には少し開けた場所があるのでそこでお弁当を食べたりするのが一般的だが、彼はそんなことをしに行くわけではない。
用があるのは寂れてしまった神社の方、町の人でさえ近寄らず一種の都市伝説みたいなものがさらに人を遠ざけていた。
曰くーーー、神社に近づくと二度と帰ってこれない、とか帰ってきたとしても目に生気が無いとか、そんな根も葉も無い噂が昔からあったようだ。
そんなわけで、神社周辺にはよくドラマなどでも見掛ける『KEEP OUT』のテープが神社を囲むように張り巡らされていた。
そんな神社の鳥居の前に立つ人物が一人。
「ここがあいつの作った世界への入り口か~」
寂れているにも関わらず、しっかりとした鳥居はまだまだ倒れそうに無く、その奥に見える境内は、荒れはしているもののそこまで腐食はしていなかった。
よっぽどこの神社を作った職人の腕がいいのか、はたまた何かしらの力が働いているのかは分からないが綺麗にすればまだまだ神社として機能しそうである。
鳥居の前に立ち、一度振り返る。
そして、一言だけ呟いた。
「なかなかに・・・・・・楽しかったよ」
そして彼と猫は鳥居を通りぬける。
後に残されたものは、何も無かった。
感想を書いて下されば感謝の極み!