【3】 嘘
少し遅れてかしゃこと音がして、銃が少し離れた場所に落ちる。
唾を飲む音。剣が落ちる音。もうひとつ、予備の方の銃が落ちる音。二段切断。破。
「…………なんですか、それ」
僕は兄の方を振り返る。
ひっかかっていたものの一部が取れたので、若干、仕事モードになっている。心拍や力の入り方からそれを感じる。
「ただの剣術だよ、鬼お兄ちゃん。鬼お兄ちゃんよ、剣術やっててもねえ、嘘とかつかなきゃ、やっぱり生きていけないよ。小細工も大事だわ。やっぱり」
「え、鬼……鬼?」
やっぱりこの兄、ずれてないかな。なんか。
「嘘だけじゃなくて、言わずに隠しておくこともね。こう見えて、僕は割と実戦系の職業なのでね。まあ、妹ちゃんに負けてわかったろ。正しけりゃ自動的に勝てるとか悪いことした奴が運気下がるとか、そういうことはないわけだ。君は考え方を変えるべきだよ。じゃなきゃ、妹ちゃんの手を汚させることもない。僕が殺してやる」
「じゃあ、あなたはあいつのグルってことですか」
兄は、妹ちゃんを指さした。妹ちゃんは飛ばされた銃を拾いに行ってもいいのかわからずその場から動けずさっきから黙ったままだ。
「そう、そのいきだ。あ、そうとは言ったけどそっちのそうじゃなくてね、僕はグルじゃないよ? まあ、これが嘘かもしれないんだけどさ、ただ、僕とあの子は考え方がちょっと被っているだけだよ。……それよりもそのいきだの話。今まさに君は人を疑ったよ。それが大事さ。疑うことと慎重であることは紙一重だし、不用心なのと人を信じるのは紙一重だ。……知ってるかい? 遠くから見ると紙一枚の差なんてパッと見わからないんだよ? そして、この社会全体を見渡す人々にとって紙一重など気にするに値しない問題なんだ。というか、全体にピントを合わせていたら紙一重なんかどうやっても判別つかないんだよ。だけどね、近寄るとそれはよく見える明らかな違いになってくる。つまり、だ。悪事は別に気にすることはない。逆に、つけ狙われないように嘘偽りで紙一重の弱さを消さないといけない。君は素直で正直で真面目なようだけど、その正しさ弱さが君を滅ぼすんだよ。丁度、今みたいな消耗戦でね。そして君は滅びる」
「……」
「そう。よくよく考えてから決めるといいよ。どちらに傾くかはわかりきっていても、自分を納得させてから行動することはこれで最後だろうからね。記念によく考えるといい。でもね、君は見るにまだ未成年ぐらいだろう? そう。それなら君はまだ間に合う。だからさ、――」
僕は一旦、兄から視線を逸らして妹ちゃんの方を見た。兄に対して説教めいたことを言っていた僕に急に見られて不意を突かれたような顔をしている。
僕は微笑む。
「――二人に提案があるんだ」
*
提案というのはとても簡単なものだった。
僕が靴を買い取る。言い値で買い取る。それだけ。
僕は二人に自分の連絡先を教えて、買い取れる準備が出来た時に買い取りにくる。みんなハッピー。いいことである。本来、僕にはそんなことをする義理などないのだけど、ここはなんだかそうしないといけないような気がしたので、僕はなりゆきで突っ込んだ首を縦に振ったような感じだった。なんだか自分らしくないような、懐かしいような、妙な感覚にとらわれたけれど、無視。そうしないといけないような気がしたからだ。
悪いことをしているわけじゃない。むしろ、人助けだ。善いことだ。
そう思えば、一年働いてやっと手に入るような金額を手放すというものにも耐えられるんだと思う。そう、人助けだ。ああ美しい美しい。
「でもね」
代金を積んだちゃぶ台を前にして、また僕は説教じみたことを口にする。向かい合わせに並んで座る兄妹のどちらもを見て言う。
「僕が君たちを助けるのは僕が優しいからとはでなはいわけだよ? 君たちがまだ子供だからだ。わかるかい?」
「君たちが大人だったら、僕は君たちを助けていなかっただろうね。というよか、殺して奪うか奪って殺すかしていただろうね。でも、君たち、特に兄の方はまだ手遅れじゃなかった。もう甘ったれたガキを卒業するといいよ。ホント」
人を殺すような物騒な仕事じゃないんだけどね。いわゆるハッタリである。
夢にばっかり目をやっていると全方不注意で死ぬぞ。なんちゃって。
「靴を担保にしてお金を貸すわけじゃない。あくまでも僕は靴を買い取ったんだぞ。このことを忘れないように。僕の気が変わらないうちに買い取りにくることだね」
僕は男だし、まだ若いとは思うけど、いわゆる老婆心というやつである。子供には現実も見て欲しいし、夢も見て欲しいし。
そんな風に僕はまだ二十代なのに無理に大人ぶって見せて二人の人生の先輩として色々と説いたりしたわけだ。
でも、直感が告げたように答えが見つかったわけではなかった。二人を引きとめた時にひっかかった何かの正体も、僕の良心の呵責もまだ解消されていない。
僕の週末はもやもやを引きずったまま明けて、僕はまた社会の日常にほっぽりだされた。
そんなわけだから、迷いだらけのくせに驕りまくったこの甘ったれた大人には、それなりなりの制裁がくだることになる。