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名無しの少女が思う頃 初版

作者: 大蛇真琴

名無しの少女が思う頃 〜桜は突然舞い降りた〜                    著 大蛇 真琴 この平穏な世界は、平穏そうで本当は平穏じゃない。 それは、花にも、木にも、動物にも名前がついているという事。何故なら、それを狙い人間たちは花や動物達を狙うから、それは高級な物であるという証拠の名前が存在しているから。 だけど、名前もつかない価値のないものとして扱われているもの達はどうだろうか?粗末に扱われる例がほとんどなのだ。 それは、人も同じ。 だから、世の中には必ずしも誰かに名前がついている。それは、ごく普通の事で…当たり前の事だ。 それは、生活におけるもので大事な物である。何故なら、普通の日常生活品でさえ、一つ一つそれぞれの名前がついている。 けれど、名前のない人間がもし存在していたら、世界はどういう風に捉えるだろう?一時期狼少女、などと言う馬鹿げた名前で呼んでいた人間もいた。それは、人間のエゴではないのか?後から、名前を付けて無理に物事を覚えさせ、殺してしまった。人間にはどうしようもないくらい傲慢だ。 中には、名前のない子も居る…世の中の常識では考えられない、と思わせられるが人間の中には誰しも存在する。いわゆる、心の闇と呼ばれるところだ。 しかし、それは本当に闇なのだろうか?悪なのだろうか? これは、闇でも悪でもない一人の少女に生まれていたもう一人の自分…名無しの子のストーリーである。「君の名前は?」 ナンパや、自己紹介のときに言われる台詞だ。 しかし、彼女の心のうちでは戸惑いを感じる言葉だ。  その少女は、こう聞かれたときに心を痛めるのである。「私の名前は…」 答えられるはずもない、私は名前がないからだ。…生まれてからずっと。 だから、答えられるはずがない…けど、代わりに答えてくれるもう独りの私が居た。 私は高校生だ。でも、名前を付けられなかった、粗末に扱われていたって、言ってもよいかもしれない。何故なら、私はそこにいるようで、この世界には私ではない私が存在しているかのようであった。 これは、不確かな言い訳や犯罪者の狂言に似ているかもしれないが、私はそこには存在していないのだ。 何故なら、心の世界はあまりにも複雑なものだからだ。…言葉に言い表せないほどに。 この世界は私と少女の心と言っても過言ではないだろう。存在しなければいけない存在が普通ではありえない状態で存在していた、それが私だ。 そして、私は生まれながらにして、存在していない自分に憤りと不安の毎日を過ごしてきた。 特に辛かったのは、桜が舞い上がるこの季節だった。 心の私は落ち込んでいた。苦しんでいた。でも、私は誰にも助けられなかった。そう、誰も私など見えてなかったからだ。だから、こういう場合しょうがないと世間では思われるだろう。でも、それでよいのだろうか?これだけ、苦しんでいる私に救いの手はないのか? 私は、救われたかった。この状況に、そして、この世界に救われ、愛されたかった。それなのに…どうして、私がこんな目に合わせた神を殺したい。そういう気持ちになっていた。 本当は疎い…けど、愛しい彼女がそこに居た。何故なら、それは自分の一部だからであり、彼女の命が消えれば、私の存在も消えてしまうからだ。しかも、誰にも悟られずに。 私の体になるはずだった、一部が声を高らかに…そして、顔を紅潮させ答える。私は、こういうシーンをよく見てきた。そして、紅潮させたわけも私自身よく知っている。だから、余計に疎ましい。「あの…一年A組の春宮 愛です。」 恐らく、好意があるのだろう。私にはよく分かる、が…それは肉体があるほうの私だ。心の私にはあまり好意を持てる人間ではない。 もう一人の愛はモテていた。だから、私は文字通り恋もできない女の子である事が、死ぬほど嫌だった。 私の体は、一つの体に二つの心…一方が肉体も制御できてる私で、もう一方が心だけの私。 簡単に言えば、私の器は1つだけだけど、二種類の果物が盛られている。そんな感じだ。 それは、あまりにも非現実だった。そして、私は理解したくなかったのである。 双子になるはずだった、私たち。でも、神様はそう易々と人間に幸福を与えてくれない。その証拠が名前のない私だ。それは、どういう天秤をかけたら、私の心は尊重されるのか、神に問いただしたかった。 そして、その原因はあまりよく分からなかった。私は医者じゃないから医学書なんて読まないし、肉体のあるほうはテレビとマンガ本で情報を得ているだけだったからだ。 しかし、その解読のチャンスは意外にも肉体があるほうの私が見たテレビからだった。そこには、奇形児と呼ばれる人の生まれ方が放送されていた。 それは、核の融合…もし完全に融合していたら私みたいな人も生まれる可能性があった。    でも、奇形すら生む残酷な形だが、私にとってはこの方が残酷だ。何故なら、認識がされないからだ。そんなの嫌だ。本当の両親にも愛されるはずがないからだ。 そして、キメラと呼ぶこの状態は、心理学では未だに解明していないらしく、私の存在にスポットライトなど当てられもしなかった。何故、解明されないのか?それはこういう人がいるのではないかっていう興味が余り沸かないから…だから、研究もされない、理解してくれない。 私は願った。早く、私も認識されたいと。 名前のない私は生活には困らない、食欲もなく性欲もなく…ただ心がもう一つあって、そこに意識がある。それは、苦痛なほどの孤独感を毎日味わってきたのだ。こうして、十五年も過ごしてきた。明日は十六年目になる。そう、十六年も認識されなかった。 早いもので十六年。名前のない私は意識のある中で、ただ愛の瞳を通しての世界を見ているだけだ。世界の情報だけは見れる…。それは、小さな救いだった。「何か、変化は起きないのかな!」 必死に叫ぶが、周りは…愛本人ですら気づかない。この悲しさから…孤独から逃れるために何度もやってみた、今まで何回もやって、一度も答えが帰ってくることはなかった。それは、世界が私を知らないでいたいという証拠でもあった。 そんな毎日を過ごしている中で、恋って何だろうって思い始めていた。自分にも心はある。だから、不思議に思ったのだ。 キスを交し合うのが恋なのか?体を抱きしめあうものが恋なのか?それとも、両方がお互いを思い始めたら恋なのか?それは分からなかった、何故なら私には名前もなく、そして…実践する体もないからだ。 名前のない私には関係ないような事であったが、私は気になり始めている人がいた。彼は、私の高校の三年生、つまり上級生の子なんだけど、彼はオカルト研究会に入っていて、何故か愛のほうを見つめてくるのだ。まるで観察しているように。それは、私のことをもしかしたら気づいてくれているかもしれないという、期待と喜びがあったのだ。 だけど、それを愛は嫌っている。愛の考えだと、彼は格好いいし、イケメンだがオカルトなんかに興味を持っていると言うのは論外であると言うことだった。私の意志は何故通らないのか?不思議に…そして嫌気が差したのだ。こんな生活は嫌だと、私にも体が欲しいと。 そして、それは彼に対して酷いのではないのだろうか。彼は、名前のない私にとっては変な感じだけど、これが運命っていうことなのかも知れないし、私にとって彼は大切な人なんだと思うから。「愛も、考えることや感じることが少し変われば、彼の事再認識出来るはずなのに…」 確かに、愛の感じていることは理不尽だし、名前のない私も同じく理不尽だ。 それに、愛は最近イライラし始めている。恋と言う物をしている筈なのに、何故そこまでイラついてるんだろう? でも、それは次第に分かってきていた。名前のない私の考えが最近、愛に届いてきてるからなのだろう。それは、いい事だなって思っていた。だけど…。 それが分かったのは、十六歳になる前の前日…十五歳最後の日だった。「真由?。私ね、佐々木先輩のことが好きなの」 私は、携帯電話で親友に話す。私は上機嫌だが、相手はそうでもないらしい。それが何かを愛は気づいていない。「愛、それ何回聞いたとおもう?しかも、こんな深夜にさ?」 今、話しているのは花村 真由。抜群の歌唱力で、歌のうまさは学校一と目される。 彼女は英語も得意であり、マイケルジャクソンの歌をカラオケでよく歌うのだが、点数は常に90点以上と言う、本当にすばらしい親友なのである。彼女は、寝不足はのどに悪いと思い、いつも早寝をする。しかし、今日は愛に三時間ほど送らされているのだ。何故なら、八時前からの電話を仕方なく取っているからなのだろう。 現在、時計の針はもう十一時を回っている。「だから、十六になる瞬間を真由に祝って欲しいんじゃない」 相手はため息をついているのが分かる。が、私はスポーツで優秀な佐々木先輩を好きだからこそ、親友の真由に話しているのだ。「ふーん、まぁいいけどね」 真由の声が少し曇る。それは私が嫌なのだろうか、という些細な勘が生まれた。「何よ、何か言いたそうじゃない?」 真由は少し黙って、私に切り出してきた。真由は強気な私に対しては、苦手なのは知っている。だからこそ、手を打ってみた。そして、次の言葉は聞きたくなかった。「愛はもう少し堅実に行こうよ。海老原先輩のほうがお金持ちジャン」 私は、その言葉にちょっとキレかけていた。そうなのである、私はオカルトを信仰しているものたちは嫌いだ。無論、宗教もだ。何が、神は一番全能なんだって言っても、所詮その神も元は人間でしかない。偉大に書かれている出来事とかも、何かを知っていて、だから出来た逸話とかもあるのかもしれない。だから、余計に嫌だった。その偽善者を栄誉ある人間だっていう愚かな考えを持つ人間を。「その話、無しよ。なんで、あのオカルトマニアを突然切り出すのよ」「そうね、あの人は医者の息子だし。あと、愛のこと真剣に考えているような顔をしているじゃない?」 私は論外な人間とは付き合わないことにしている。今までも親が公務員だとか、エリートサラリーマンの息子だとか付き合ってきたが、私はそういう奴の良い所を見た試しがない。それ以前に、あの全てを悟るような目…気に食わないのである。そいつに何を私がしたって言うのか教えてもらいたいぐらいだった。「要するに、私があんなろくでもないような奴と付き合えって事?馬鹿言ってんじゃないわよ、切るわね」「あっ、ちょ…」 真由は時々、私に反感を買うようなことをする。けど、それで私は動じない。何故なら本当にお互いの言いたい事が分かる。それが親友なのだから。 私は電話を切った後、電話をベッドに叩きつける。ふと、時計を見るとまだ十一時半だ。 突然、涙が零れ落ちる。この涙は何故か胸が苦しくなる。「何で、涙が…?」 私は涙を拭き、苛立ちの中床に就いた。その姿は、今思うと永眠するように静かに寝ていたに違いない。 名前のない私は泣いていた。心はある、だから当然だ。 しかし、これはどういう事だろう?「あれ、この涙の冷たさ…。私…」 心が逆転しているかのようだった。名前のないはずの私が存在するはずもない世界にいて、愛という少女が消えていた。いや、それが正しいのだった。実際、私たちは状況が逆転している。愛の心が読み取れなかった。 皮肉にも、時計を見たら十二時で私は十六になっていた。憎むべき神様が私にくれたバースデープレゼントなのだろうか?それは余りにも突然で、さらに憎くなった。「何で…?」 私は戸惑っていた。私には名前がない。だから、明日の学校も不安だった。人間には、幼児期、小学校、中学校、高校、大学、そして社会人という段階を踏んでいかなければならない。何故なら、それは人間関係を学んでいく重要な事だからだ。そして、私には二つの段階が欠如している。それは人間関係を学んでない私にとって、どうすればいいのか分からなかったのだ。  愛ではなく名前がない私が行く学校。未知の領域に、私はパニックになる。私には明日という不安がこれほどまでに大きいものだとは思わなかったからだ。 私は大いに戸惑っていた。三十分ほど考えてみた。その結果、これは夢なんだと言う事に戸惑いを覚えながらも自覚した。そうじゃないと、私の心が崩壊していきそうな気がしたからだ。 しかし、肌をつねると痛みが伝わり、この事からもう夢では無いことが理解できる。「…とにかく、私が寝ればいいんだ。そうしたら、また元に戻る…かも知れない」 そうやって心を落ち着かせ、寝ることにした。神のご加護を私は初めて祈った眠りだった。 起きてははならない事が現実になってしまった。そう、私は神に見捨てられたのだった。「えっ、何で?」 今日は何でを連呼する。この状況は名前のない私にとっては、非常に不利で不条理だ。そして、まだ愛の心がつかめない事にいらだつ。「春宮 愛で通せばいいのは、分かってる。けど…。」 とてつもない不安。そして、体感したことのない恐怖でもあった。「ジェットコースターや、お化け屋敷よりも怖いよ、この状況」 多分、普通じゃ考えられないことだろう。けれど、私には現実に起きている。だからこそ、どうしようか迷うのであった。学校は行かねば、愛の居場所がなくなってしまう。それだけは、阻止しなければならなかった。何故なら、私の居場所も同時になくなってしまうからである。 時計を見る、もう八時だ。家からは徒歩十五分という距離なので、遅刻することはない。それだけは、幸いだった。「だけど…」 深く考えている時間はなかった。なぜなら、愛のために学校に行かねばならない私がいた。 急いで、支度を済ませる。鏡を見て、私には問題ないように見えた。髪の毛はちょっと癖毛になっており、いつもはシャワーとヘアアイロンでストレートにするのだが、今は時間がない。体はスレンダーであり、バスト七十cmで美人と真由が友達に広めている事がわかる気がした。「髪の毛もちょこっと寝癖が立ってるけど、いいよね?」 今は存在しない愛という少女に語りかける。だけど、返事は返ってこない。 鞄を持ち、私は不安を抱えながらも学校へと向かった。愛が帰ってくる事を信じて。「おはよう、愛」 病院の曲がり角で真由に話しかけられた。 茶目っ気は、愛に劣る事もなく。ノリで人生を楽しもう。そういうことを口癖にする、クラスメイトだ。胸の事でいつも気にしているところはやはり、女の子らしい。「お、おはよう」 ちょっと戸惑ったが、挨拶を交わす。 真由が不審がる。昨日の今日のこともあるのだろう。それに私は昨日のことの意味を気づいているから余計だ。「…まだ、怒ってる?」「そんなことは、ないよ。大丈夫だよ」 ここは否定をしたほうが良いだろう。と思い、そうしたが、裏目に出たようだ。「怪しい…。しかも、いつもの愛なら髪もちゃんと整えてくるのに…」 私はこんな些細な事にも気づかなかったのだろうか、私は毎日春宮 愛を見ていたはずだ。だけど、こんな状況になるとは、思いもしなかったからだ。けど、今日は時間がなかったから仕方ないなと思った。「まぁ、いいけどね」 と、櫛を渡された。ピンク色のかわいい櫛だ。私は白のほうが好むが、借りるのにいちいち自分の好みなど言ってられない。「ありがとう」 私は、不器用ながらも櫛を使い、髪を整えた。少しはましになっただろう。「で、ところでさ?。オカルトマニアの海老原先輩のほうにするの?野球部キャプテンの佐々木先輩にするの?」 にやけた顔で要らぬ話題を振ってくる真由にちょっと驚きを隠せなかった。やはり、こう来たかと思い、かなり複雑な心境になる。海老原先輩の事を私は好きといえる人かもしれないが、愛はその逆なのだから。「え、えっ?と…」 真由が校門で何かを発見したようで、私の袖をつかむ。「愛?、早速話題の第一人物を発見したよ?」「えっ?」 見ると、愛ではなく名前のない私が好きな海老原先輩がいた。そうなのである、海老原先輩は校門の前でじっーといつも名前のない私と春宮 愛を見つけては、顔を観察するかのように見るのだ。いつの間に校門まで来てしまったのだろう、そしてこの話題に気づかないでいて欲しい人物がそこにいた。 私は思わず顔を高潮させる。やはり、好きな人は好きだから。「へぇ?、愛ってば昨日あんなに馬鹿にしてたくせに、すごい入れ食いだねぇ?」 私はしまったという失態と同時に悲しみが溢れてきた。目を潤みながら私は校舎へと走った。真由の軽率な言動に、怒りよりも悲しみのほうが大きかった。だから、私は誰もいないところで泣こうと決めたのだ。「愛?ちょっと?」 私が通った瞬間、海老原先輩が何かを考え込む動作をしているかのように思えた。何を思ったのか、私は考えたくなかった。「ふむ…」 俺は考えていた、春宮 愛の事、いや正しくは名前がないの子の事を。 彼女は、俺の父親が経営する私立病院で生まれ、担当医が親父だったから、話は聞かされていた。春宮 愛は、二つの心を持っているのではないかと。それが、確信したのは子供のとき、生まれたばかりのときだったらしい。 人間と言うのは、寝る瞬間の体の位置で人格がわかるらしいが、彼女の場合幼児期に二種類あり、それが大きく違う事から、うちの親父は二つの心を生まれたときから持っていたのではないかって言っていた。それの確信は、今日得たのだが…。「海老原?」 友人の佐々木だ。親が幼馴染なので、昔からの顔見知りだ。野球部のキャプテンで、甲子園にいった事もある実力者だ。うちの親父と同級生で同じ大学に行ったが、こいつの親父は、医者ではなく野球の審判として活躍するようになった。通の奴しかそのことは知らないが…。「いや、大丈夫だ。それより、朝練は?」 佐々木はため息をつき、スポーツドリンクを飲む。汗が顔中から溢れ、ユニフォームには、土の汚れと汗で大変なことになっていた。洗うのが大変そうだ。「ああ、今さっき終わったところだ」「そうか、お疲れ」 何気ない朝の挨拶はこれだ。しかし、今日は一言加わる。春宮 愛の事だった。「そういや、愛ちゃんが泣いてたが、お前なんかしたか?」 名無しの子が泣いていたことに俺は、ある確信を得ていた。恐らく、精神状態まで成長はしてないのだろう。ましてや、人生初めての経験の連続なのだから。そして、あの会話からすると、名無しの子のほうは俺に好意を持っているのだろう。「いや、今は春宮 愛ではないだろう。恐らく」 俺には少し確信があった。親が心理学を研究している教授で学会にDNAや血液のキメラがいることに興味が沸き、ある疑問に達したからだ。「例の心のキメラか…?」 そう、人格障害という精神障害が、もしかしたら、胎児になる前の核の細胞分裂の際に起きた問題で、生まれるとしたら、もう一つまた違う人格が、あやふやな物ではなく、はっきりとしたものであるとしたら、人格や性格の尊重などもしなければいけない社会になるのではないかと考えている。  俺はこの仮説を成人になったら、研究しようと思っていた。 それが、そうするまでもなく今年の四月に現れ、今まさにそうなっているのが、確認できた。 俺にとって、これは自分を高めるチャンスだと思っている。しかし、それはこいつが一番嫌いな事だった。「彼女が…もし、そうだとしたら、今の彼女は何なんだ?」 その答えを求める意図は分かっていた、こいつは春宮 愛が好意を持っていると言う事を。そして、春宮 愛もこいつを思っている事を。だから、普段では曖昧に言ってきたが、つい最近の彼女は、心が押しつぶされそうになっている。だから、これは俺なりに隠すのは無理だ、そう思いつい最近話したのだが、こいつは戸惑うと同時に、俺に食いかかってくるようになった。「今の彼女は、春宮 愛ではなく、名前のない名無しさんになるな」 佐々木は驚いた。そんなの普通ではないと思っているからだ。人間として、常識で考えられるのは一つの器に一つの果物というのが普通で、二つの果物というのは存在しないと、こいつは考えているからだ(果物は心)。 佐々木は、俺の事を切れ者と言っているが、同時に変人だとも言われている。それは、俺がこいつの事を不器用だが、優しい奴と思っているのと一緒だった。「まぁ、このことが論文に書ければ、俺は未成年で有名になるな」 流石にキレたのか、佐々木の拳が震えていた。「ちょっと来い、海老原」 男子トイレに呼ばれる。それは授業中にも関わらず、プールの男子トイレでだ。プールの更衣室を使って、こいつは着替えているが、同時に俺を殴るときいつもここだ。 だから、この後の展開はおおよそ予測できる。「まぁ、次やられる事は予想できる」 俺は男子トイレの壁に叩きつけられ、ため息をついて言う。そして、襟を引っ張り、俺が倒れてもいいような場所に移動させ、手を離し、反対の拳で思い切り殴った。「だろうな」 殴った後に言っても意味はないが、火をつけたのは俺だった。仕方のない話だ。 鈍い音がトイレ内に響き渡る。「っう…」 口の中を切ったようで、血の味がする。最近、こいつのせいで傷が出来やすくなった。が、親父にはいつも笑われるのだ。「さて、お前に殴られたのは何日ぶりかな?」「さぁな…」 俺はくだらない事を言うが、そこは長年の付き合い。あっさり流されてしまった。そして、本題に戻る。「それで、愛ちゃんは…。春宮 愛は元に戻るのか」 俺は頷く。確かではないが、最近の医学は進歩している。だから、可能性はないとはいえない。「ああ、俺の仮説だとな…」 沈黙の後は言わない事にした。例のトランキライザーはかなりの劇薬だったからだ。 私はあの瞬間、辛かった。これが、日常生活というものなんだろうか。 愛の友人から言われた辱めの言葉…それは私の心にダイレクトに叩きつけられた。そのことは深い傷になりそうな気がした。そして、その証拠に本気で私はすすり泣いている。「酷いよ、目の前で言うなんて」 女子トイレには、嗚咽が響く。今は授業のベルが鳴っていてもう生徒は勉強をしている時間だ。愛には悪いのだが、こういう場合愛はどうしたのだろうか?真由を殴ったのだろうか?貶したのだろうか?縁を切ったのだろうか?どれもわからないが、私はどれも正解だとは思えなかった。 軽快な靴音が聞こえてくる。先生だろうか?それとも、いじめを受けるのだろうか? 私は声を押し殺した。もはや、何も聞きたくなかったからだ。「愛?」 愛の親友の真由だ…対処法が分からず、黙っているしかなかった。そう、それが私の結論で答えが唯一出た結果だ。「愛…怒っているよね?ごめんね、私が昨日電話掛けてから変だよね、私達」 話が見えてこないどういうことなのだろうか?と愛は思うかもしれない。けど、私にはわかりきっていた。「愛…私もね佐々木先輩の事好きなの…だから…」 私は驚きを隠せなかった。真由ですら女の子なのだ、それは必然に起こりうる状況だった。…でもそれは私じゃない愛に言って欲しかった。「真由、そうなんだ…」 少しの間に沈黙から打開策が生まれる。それは、奇しくも自分の嫌いな偽善者になる事だった。「一緒に頑張ろうよ、真由。そうしたら、どっちが佐々木先輩を恋人にしてもいいっこなしだからね」 愛は力強く頷く。けれど…。私の意思は?心は?この気持ちはどうなるんだろうか?私はせっかく体を手に入れた。だから、恋も出来る。だけど、愛であるしかない私にはこういうしかなかった。「…けど。う、うんうん。分かった、一緒に頑張ろうね。愛」 作り笑いを真由に見せた。それが、名前のない今の私に出来る事で…。そして、愛への心遣いでもあった。そして、私が偽善者になった瞬間だった。「一時限目は、保健室に行ってるって事になってるから。一緒にサボっちゃおう」 言葉が素直に出てくる、優しさを人が受けたと切ってこういうときに出るのだろう。 だから、自信を持って言えた。「うん、行こう。真由」 俺は、佐々木に殴られてから保健室で医学書の本…正しくは、論文だ。 保健室のパソコンで調べ物をしていたのだ。無論、自分ので。 こういう時、つくづく思う。親類にこのような人がいるとはなと。 うちの父の弟がこの学園の理事長を勤めている。とは言っても、表向きにはそういう待遇はあまりない。せいぜい保健室の無線LANを自由に使ってくれ、という事だけだった。「やはり、確立した論文はないか。そもそも、どこの過程で心が生まれるのか不思議だった。その記述が書かれていないところを見ると…」 最悪のストーリーとなる。それは確かだった。俺が知っているトランキライザーは正確には心の補正をするものだが、あれは違う。心を壊すものだった。薬の作用としては、解離性同一性障害…いわゆる二重人格という物を一度全て壊すもので、残った人格で人生を歩めるようにするという薬だ。ただ、副作用としては、マウスが意識不明または死亡という事例が多く残されている、劇薬なのだ。「心がもし、肉体の構成より早く完成していたら…そして、核となる細胞の前に心が生まれていたのだとしたら」 親父の話の辻褄が合う。だから、直すのは難しい事だと理解していた、そして親父の言ったとおり、二人が意識を共有できたら普通とは違うが、それなりの人生を歩んでも良いんじゃないかと言う意見ももらった。だけど、それに彼女たちは納得するのだろうか?そして、どんな結果が待っていたとしても、一人の人間として歩んでいく事を選ぶんじゃないのか?その疑問は俺は把握できなかった。 そこに、保健室の扉が開く音がした。話し声がする、二人以上なのだろう。 俺は、パソコンの画面をロックし、この部屋の主の替わりに対応する事にした。「どうしましたか?…あ」 名無しさんと親友だろう。問題の名無しさんとここまで会うとは…。「何か、運命的なものを感じる…いや、気のせいだろう」 脳内の自分に静かに語りかける俺がいた。「あっ」 私たちは思わず息を呑んだ。 何故、この人がここに居るのだろう、と。朝の出来事がフラッシュバックする。「まぁ、そんな硬くなるな。ここは保健室だ。俺の場合…仮病だが。そっちは、風邪か?」 3秒程、答えが出なかった。それを切り出したのは真由だった。悪気があるのだろう、と思ったが、そんないい答えじゃなかった。「そ…、そうなんです。愛が熱を帯びてまして、少し休ませてもらえませんか?」 その発言に驚きを隠せない、愛であるつもりの私。「どーぞ、俺はただの留守番だからね」 真由の目が輝きを見せた。恐らく、佐々木先輩のところへ行くのだろう、本音が漏れた瞬間であった。「そーね、今日は一日保健室にいなよ、愛。んじゃ、私は授業あるんで…」「えっ、ちょっと…真由?」 真由はそそくさと保健室を後にした。「まったく、酷いな。そう思うだろ?名無しさん」 私は言葉に出ない声を小さく上げた。「何で、それを?」 海老原先輩は頭を少しかき、神妙な面持ちで話し始めた。「俺の専攻予定が、心理学でね。親父の家のあとを精神科の医師として、継ごうと思ってるんだ。そして、あんたは春宮 愛と入れ替わってしまって、非常に今混乱し、そして、状況を打破しようとしてる。違うか?名無しさん」  二人きりの保健室に沈黙が襲う。「そ…そうです。間違いないです」 思いを募らせる相手にここまで的確に言われたら、反論など出来なかった。しかも、何故彼が私の事を知っているのだろう。やはり、私は彼だけに認識されていたのだろうか?「で、一つだけ間違いがあるんだが、気づかないか?」 私は驚く、これ以上合っている答えのどこに間違いがあるとでも言うのだろうか?私の状況をここまで知っていて、それで間違っているとはどういうことなのだろうか?理解できなかった私をじーっとみつめ、語りだそうとする彼がいた。「あの…、それは何ですか?間違っているというところは…」 やはり、気になることだ。私は迷わずに聞いた。今日、初めて話したという人にも拘わらず。「それは、君が名無しさんという仮の名前で呼ばれるのが、合っているのではなくて、君にはちゃんとした名前があるんだよ?春宮 桜と言う名前がね…。まぁ、これは親父の話を聞いたから分かったんだけどな。生まれるまえに君には二つの名前が提案されていた。一つは、届けに出し、正式な名前として出された春宮 愛。もう一つは、桜と言う名前さ」 私は驚きを隠せなかった。少なからず、私は世界に認識されていた。けれど、こんなに嬉しいと思うのは生まれて初めてなのである。 私に名前が存在していたという事に、私は大粒の涙を流していた。 だけど、愛のほうはどうなるのだろう。この体を二人で共有する事が出来るのだろうか?その疑問に余韻は隠せなかった。 「君は、春宮 桜と言う名前があるんだよ」 それは、突然の宣告だった。医者でもない人に言われて宣告だと言うのは可笑しいかも知れないが、私にとって彼の話は新鮮で斬新でストレートだったから…。 そう、私が12月のクリスマスを迎えるまでは…。 本当に楽しくて、サンタさんからの一番残忍なプレゼントだった事を皆知るのだった。「君は、春宮 桜と言う名前があるんだ」 私は戸惑いを隠せない。だから、聞き返してしまった。「え?何て…」 いきさつを話すのに、彼はパソコンを取り出してきた。ロックから外し、とあるカルテ表みたいなものを見せた。「海老原 宗の観察日記?」 海老原先輩は頷く。おそらく、彼の父親の名前だろう。そして、それを引き継いだかのように海老原 豪の観察帳とも書かれていた。「まさにその言葉通りさ。今まで、俺は君を観察していた。四月の入学式からね」 驚愕の事実だった。まさか、私の好きな海老原先輩が、ストーカーだったなんて!「なんなんですか、私はモルモットなんですか!?」「その通りさ」 私は、余りにも激怒したため、部屋を後にしようとしたが、先に手が動いた。私にも理解できない行動であった。「っぅ…。ああ、愛ちゃんも目が覚めたようだね」 私には状況を理解できなかった。海老原もといストーカーらしき男が知りたい?と聞いてきたので、私は頷いた。「要するに、君たちは二重の人格を持っていて、なおかつ情報を共有できる心のキメラと呼べばいいのかな。その意識は二つあるのに1つの体って言うおかしな状況になっている。これは、核融合の際に、完全に合成し、結果体は1つで心は二つになってしまった。分かるかい?」 私は頷く。それは分かっていた。でも、そんな存在は可笑しいと思ったからだ。普通では考えられない非常識の世界、それが私たちだっていう意味も表していた。「それで、俺の親父は産婦人科で、二つ名前を提供するんだが、この件は異例の事に…二つとも女の名前を付けたらしいんだ。それが、君らだというわけさ」 私はそんな事あるのだろう、と思ったが…この状況だとそれを理解するしかなかった。「それで、どうすれば、治るんですか?」 私は苦笑する。医者でもない彼にどうしてそのことを聞くのだろうと…。やはり、彼が好きだからなのだろうか?それとも、何かあるのだろうか?「そうだな…、あと3ヶ月ちょい待ってくれれば、精神を壊すトランキライザーが出来るらしい」 その答えに私は驚くしかなかった。壊れる…それは私の存在をも?「精神を?んじゃ、どちらも死ぬ可能性があるんじゃないですか?いわゆる心の死ってやつになるんじゃないんですか?」 海老原は頷く。そして、静かに語り始めた。「それは、あるよ。ないなんて、言い切れないからね。俺にだって確証はない。でも、君たちは、それを妥協してまでも打開しないといけないんじゃないかな?そして、君たちには二つ選択肢がある。それは、このまま共有をすること、もしくはお互いを尊重し一方が身を引く事」 海老原の言うそれは残酷でも現実なのかもしれない。「とりあえず、待ってみようよ。それからでも遅くない…。そう、考える時間はこんなにあるんだから」 そう、考える時間はあった。だから、私は愛と連絡をとる事にした。 海老原先輩が言うには、もう私たちに鍵をかける必要はないとお互いが認識しあっている…。だから、私たちは自由に人格を変えることが出来るんだそうだ。「愛、突然私に変わって怒ってない?」 何気ない一言。けど、周りには変だろうという話し方だった。何故なら、彼女一人なのに声を掛けている人物がいるというのは一見見ておかしいからだ。「大丈夫、怒ってないよ。ビックリはしたけど…」 脳内に聞こえてくる声、それは愛のものだった。話は続く。「結局さ…、愛はどうするの?佐々木先輩の事が好きなんでしょ?」「まぁね。でも、そう言うあんたこそ、海老原のことが好きじゃない。これは、複雑な問題よね…」 私は頷く。それは、どちらかが消え去る事になるかもしれない問題に発展していたからだ。「それに、真由だって居るし、桜…。私はどうしたらいいのかな?」「う?ん、友情をとるか、愛をとるかの苦渋の選択だよね…。どちらが、本当に優先すべきは私にも正直言って分からないよ」 しばらく沈黙が続く。それを破ったのは以外にも桜だった。「それにさ、例のトランキライザーの事も気がかりだよ。先輩の話だと、人格崩壊の薬だって言うけどさ、どちらかが居なくなるのと、二人とも消えてしまうのの二種類の可能性が考えられるよね」 愛は黙ってしまった。まさか、その可能性は考えてなかったからだ。 二人の人格が消えてしまった後、私たちは植物人間にでもなるのだろうか。そういう疑問すら持ってしまった。「とにかく…桜はどうしたい?学校でも通ってみたい?バイトでも始める?」 …バイト。お金をためる人間にとっては、働くというものは必要不可欠であり、それで色々なものが買えるのである。桜には欲しいものがあった。…本である。 桜は世界を見たいために、英語の本を買い、旅をしたいという思いがあった。それは、肉体を持っていればの話だったが、今なら出来る事である。 愛に頼んで、仕事をして英語を習って、旅をするのも悪くない。「私は、旅がしたい。世界の空を、海を、星を、風を感じたいの!」「了解、んじゃバイト探しだね。明日から探してみる?」 桜は大きく頷いた。 時計を見る。十時だ。 部屋の電気を消し、二人はベッドに入り、眠った。「それで、おまえはどうするんだ?」 眠い目を擦りながら、俺は佐々木に言う。ちょっと疲れ気味な俺にはメンドクサイが。「どうするったって…真由ちゃんには興味ないよ。愛ちゃんのほうが、心配だし…。んで、どういう状況なんだ?」 俺はゆっくりと説明する事にした。「彼女の場合、愛と桜という二つの人格を持っている。それは自然には完治しないだろう。それで、トランキライザーを勧めた。人格破壊の奴をね」 佐々木は少し黙る。「副作用は?」「まだ、新薬だからあまり解明されてないが、下手をすると植物人間になる可能性も、出てきている。マウスの投薬実験であったらしい。確立は1%以下だったが…」 佐々木はキレたようだった。声を荒げる。「ふざけるなよ、愛ちゃんに万が一のことがあったら、どうするんだ!」 俺はため息をつき、毒を吐いた。「桜のほうの人格は殺しても良いって言うのか?おまえ」 この質問はかなりこたえたようだ。むしろ、脅し言葉のように言ったから効果覿面なのだろう。 向こうから、掛けてきた電話だが、掛けた本人がそれを聞いて数秒後、電話を切った。「まったく…」 俺は、ようやく眠りにつけるのであった。 私達は、バイトをするために高校から許可書を貰いに、理事長室に来ていた。海老原先輩も一緒だ。「それで、この子が例の子なのかい?」 海老原先輩の叔父でもある、理事長が三人に尋ねてきた。その言動は実に穏やかだ。 海老原先輩は頷く。そして、切り出した。「そうなんです。それで彼女達の思い出のためにバイトをして、旅行を自分達でしたいということで、許可書を発行してもらいに来ました」 なるほど。と頷く理事長。「本当は、こういう理由で出しちゃいけないんだけど。私の学園は、自由・人権保守という理念を掲げているからね。それに後々将来を決める材料にもなっている。別に私はいいんじゃないか…と思うよ」 私達の目が輝く。「本当ですか!?」 理事長は頷く。「ただ、親御さんには言わないとね」 海老原先輩は、その点は大丈夫と答えた。「叔父さん、あの経営してる養護学園にサポーターとして、送ってもいいんじゃないかな?」 私達は疑問に思う。「サポーター?なんですか、それは」「サポーターって言うのは、着替えやちょっとした勉強の教え方、生徒の移動など、要するに雑用かな。ある程度技術ないといけないのは、職員がやってくれているから、問題はないし。それに、夜間部っていう少人数のところだから大丈夫だよ」 私達は疑問に思いながらも納得する。「ちょっと帰る時間は遅くなるけどね…、まぁやってみたらどうかな?」  こうして、私達はバイトをすることになった。 電車で約三十分のところに海老原先輩の言っていた私立の養護学園に着いた。周りは、緑に囲まれており、何故か校門から太陽の日を覆い隠すような大きな木が何本も生えて、森の中の学園というちょっとファンタジックな学校であった。「この先にあるのが、通常部。地下にあるのが夜間部だよ。夜間部は、地下にあって昼はそこで過ごし、夜に授業や体育のプールをするというところだね。まぁ、聞き方によっては人種差別になりかねないけど…」私達は海老原先輩の言ってる事がいまいち理解できなかった。思わず、何故?と聞いてしまった。「入れば、分かるさ」 そう言うと、階段を下りていく。自動ロックにされており、厳重な出入り口でまるで精神科の閉鎖病棟だった。 横には、何から身を守るのか分からない防護服が何個も置かれていた。「これらは、一体…」「ここの生徒は色素性乾皮症…通称XP。紫外線に当たると、聴力や、知能障害などの神経障害…、成人になるにつれて摂食障害を起こすんだ。下手すると死ぬ可能性も出てくる。ようするに紫外線により、脳の神経が壊され、脳死になるって言う例もあるからね」                   私達は絶句した。そんなに酷いものかと、桜は特にそういう存在もいるということにショックを隠せなかった。「そんな、私の様に存在を知られないの?それって悲しすぎます」 海老原先輩はため息をつく。「そういう病気はおよそ0.1%の確立で発病し、そのため奇病とも思われがちである。そして、その因果からはわからないが、研究を進めるものの、治癒するのは困難な病気なのさ」 桜は、この時不思議と不吉な事が起こるのではないか?と考えていた。 それは、病気の性質から桜には困難なものであった。 桜は、経験した事のないものに、対処するのは人の倍かかるからである。「桜、心配しなくていいよ。私がついてるんだし。ね?」 うんと桜は頷いた。「ここが教室、その奥が宿舎さ」 教員から説明を受ける私達、海老原先輩は用事があるといって先に帰ってしまっていた。 私達が教室に入ると、小学生の子供達が群がる。「この人が新しいサポーターなの、先生?」 教員は頷く。「若いね?、おばさんかと思ってたよ」 はしゃぐ子供達、その中で一人佇んでいる子供がいた。教室に私達が入っても興味を引かないどころか…目が殺気に包まれていた。「やめておけよ、大して歳も変わらない奴に…。それにまた誤って誰か死んだらどうなるのか分かってるんだろうな?センコーは」 その態度に怒る教員。「君の名は?」 黙る少年。「渋木 五郎君よ、今中学三年なの」 私達はよろしくって言ったが、当然のように無視していた…。「挨拶ぐらいしたらどうなの?」「なら、聞くが…殺人鬼になるかもしれない未経験者になんで挨拶しなきゃいけないんだ?」 その言葉に戸惑いを隠せなかった。 ここに一冊の本がある。「海老原 豪の観察日記」という題名の大学ノートだ。記述によると、四月から始まっているこれには、ほぼ毎日の春宮 愛の朝の表情が書かれていた。 そして、彼女がアルバイトを始めるという事も書いており、俺の心理的な描写では限界があった。けれど、書かなきゃいけなかったのだ。自分の夢…いや、春宮 桜の認識されたいという願いを叶えなければならなかった。 別に好意を持っているという訳ではなく、むしろ研究意欲が強いからなのだろう。 さて、彼女の話に戻そうか。 彼女の働きぶりは常にまじめだった。それ故に一人以外からは常に好かれていた。 その一人は彼女の過ちで死ぬ事になるのだが…。  私達はその後、合鍵を貰っていた。地下の宿舎と地上を結ぶ鍵だ。 そして、ある日私達は最終電車を乗れずにいて、困り果てた末に学校に泊まることにしたのだ。 宿舎のベットで横になる私達。 そう、その大事な鍵を私は鞄の中に入れてしまっていたのだった。 俺は、あるサポーターの鞄の中を探った。以前と同じだ。この状況は、前回は失敗したが、今回こそ自由を手に入れられる。そう確信していた。そして、俺は運命の鍵で閉鎖された空間から抜け出したのだった。「いつの間にか、五郎君がいないの!」 私達は閉じ込められて、海老原先輩に助けを求めた。すぐに海老原先輩は来てくれた。 そして、五郎君を探した。けど、最悪なストーリーだった。彼は、カラオケに行ったらしく、レシートが財布の中に残されていた。そこまではよかった。 問題は、彼が死んだ場所…。それは意外にも養護学園の中だった。一階のフロアの横にある窓の日を浴びて彼は息を引き取ったのだ。私達は何も出来なかった。かれに合鍵を最初から渡していたら、彼は生きていたのだろうか?何故なら、彼は鍵を落としてしまったらしく…警備員も気づかずにいたのもあって、鍵を開けられなかったのだ。「私が、私が何かしてあげれば…五郎君は助かったかもしれない…なのに…」「仕方ないだろう?これが彼の望んだ自由とやらの結果だ。仕方ないさ」 私はその台詞を聞き流し、言葉を続ける。「でも…、でも…」「黙れよ…、それが人を殺したってことさ。人を疎ましく思っていたくせに…知っている人が死んだら、これか。お前はモルモットにもなれないんだな…お前だってつい最近生まれたんだ。人が死んだら悲しむ奴もいる。それは当然の事だ、それを認識されないからって、疎ましく思っても仕方ないのは分かっていただろう?それに、サインをこいつだって発していたかもしれないだろう?」 私は黙る…しかし、私の原点。そう、答えが分かり始めてきた。「そう、人間は誰しも死を恐れないで生きるなんてことはしない…。私が生まれたのも、普通の人が生きたいと思うのも、このまま死ぬのは嫌だ…だから世界に認識されたいから頑張って世界にサインを送るんだ。そう、運命に誰しも抗いたいんだ…」 海老原は頷く。それは、私が自然に悟ってもらいたいと思ったからかもしれない、海老原先輩の優しさなのかもしれない。「十二月のクリスマスに…二十五日に、みんなで遊園地に行こう。そして、その思い出を残して…例のトランキライザーを打とう。もう気が済んだだろう?桜ちゃん」 桜は頷く。「はい!」 私は困っていた。佐々木先輩への愛を優先するのか、愛との友情を大事にするのかを。 そして、結論は決まった。これが後悔するような答えだとしても、答えとしてはベターだからだ。私は愛との友情を最高の日々になることを祈って…。「お前はまだ…愛ちゃんをモルモットとして見ているのか?」「お前は間違っている。一人じゃない、二人だ」佐々木は言い返せなかった。しかし…、春宮 愛を実験材料として、モルモットとして、論文を書くつもりなのか?佐々木はそう言いたいのだろう。「もう一度聞く。お前、本当にモルモットが欲しいのか?」しばらく、無言が続き、不意に返答を送る。「さぁな」 ある日、佐々木先輩から連絡があった。それは、デートの誘いだった。相当私は困り果てていた。が、愛はそれを待っていましたかのように、事を進めていた。「はい、今週の日曜日ですね。…それで、その日の予定とかは…?」「映画にしようと思ってね、愛ちゃんは『運命に抗え』を見たかったよね?」愛は、強く頷く。「やれやれだよ…」私は、抵抗する。それは、自然の事で、友達ならともかく…。相手は、異性なのだ。恐らく、愛はそのつもりで同意したのだろう。「何よ?桜」「いいえ…、何でも…ない…」それを聞くやいなや、OKの返事を愛はしてしまった。 そして、デート当日。私は、ミドルのポニーテールに、ジーンズにTシャツ、ショールといった、ちょっと奇抜な女の子って感じだ。佐々木先輩は、学生服のズボンに、ワイシャツ、ジャケットといった、学生服のオリジナルアレンジというと分かりやすい。二人の格好は、他の人の目を引いた。笑う人もいたかも知れない。それが、愛には分からなくても私には分かったのだ。「…ったく」「そんな些細な事気にしないの!今は『運命に抗え』を楽しみましょう」『運命に抗え』は、一人の少年が不治の病に戦いながら、好きなボクシングに、とことん打ち込むという物だった。この映画に私達は共感し、感動し泣いた。「そんなに悲しかったの?」佐々木先輩が、心底悪そうに伺う。「ううん…大丈夫。ちょっと悲しすぎるかなって思っただけ。」 ちょっと気を悪くしたかの様な、言いぶりだった。今のは、流石に愛でも思ったらしい。「ああ…、ごめんなさい」「いや、実は君達の事は海老原から聞いていたんだ」…実に意外だった。佐々木先輩が、海老原先輩と交友を持っている事に驚きだった。「それで、佐々木先輩は、どう思ったんですか?」佐々木先輩は、少し黙る…。そして、こう切り出す。「人間てのは、常に二面性を持ち合わせている。だから、愛と桜はそれが顕著に出ているだけなんじゃないか?って俺は思う。」そして、まだ続ける。「君達の秘密を君らの意思とは関係なしに知ってしまった事については、深く謝る。その上で、俺と付き合って欲しいんだ」私達は苦しみながらも、言葉を返した。「例のトランキライザーの事も知っていますよね?」佐々木先輩は、頷く。「そしたら、結果を待ってもらってからでも、いいですか?」私は涙ながらに訴えた。 三月後のクリスマス。愛…いや桜もだが、ジャケットのコートにワンピースといった。かなり風変わりな印象の格好をしていた。しかし、ワンピース姿は今日まで延ばしてきた黒い髪にピッタリだった。 あれから、私たちは考え抜いたのだ。それが、今の結果だった。 桜は今日消える事にした。その上で、海老原先輩、佐々木先輩、真由、愛、そして私の五人で遊園地に行く事になった。 その時間はとても楽しかった。愛が苦手なものは桜がアトラクションを制覇し、その逆もあった。 そして、五人はどんな結果になろうとも、この時間を楽しんだ。それが、愛と桜の二人で最初で最後のクリスマスプレゼントだったから。  そして、車で1時間掛けてやって来たのは海老原先輩の親が設立した病院だった。そう、例のトランキライザーを注射するためだった。 私は病室に運ばれる。「愛、桜。私たち5人はいつまでも友達…二人の大事な人でいるからね!」 三人は強く頷く。「うん、ありがとう」 そして、注射を打たれた。痛みはない。だが、だんだん意識が遠のいていった。「真由…佐々木先輩…海老…原…」 そして、私たちは深い眠りについた。 それから五年…、愛と桜は目覚める事はなく、昏睡状態だった。が、それは、五年後のクリスマスの事だった。「先生、愛が…愛が目を覚ましました!」 起きた途端に、声を荒げる女性が居た。見知らぬ女性だ。 ナースと思しき人物が、医者たちを呼ぶ。そう、見知らぬ女性はナースだった。 医者らしき人と運動着の男性が部屋に入ってきた。「あなたたちは誰?」 この発声に戸惑わない事に、少し驚く私。ネームプレートを見ると、春宮 愛と書かれている。「私は看護士の花村です。こちらは、海老原医師と作業療法士の佐々木さんです」 そうか、私は病院にいるのか、でも何で?理由は思い出せない。そして、この人たちに初めて会うという感覚もない。何故?どうして?「おかえり。愛」 私は分かりつつ、意味もあやふやだが、こう答えた。「ただいま、みんな」                               THE END


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