哲学少女
企画に乗っかってやってみました。
適当な暇つぶしにでもどうぞ。
俺、緒方陸の幼なじみ兼クラスメイトの藤岡透は、世にも珍しい哲学少女である。
一つ一つの事に関して考察せずにはいられないという、なんとも難儀な性格の持ち主で、クラスの中でも一際浮いた存在だった。
そして、最近の彼女の考察対象は、俺だ。
学校の登下校から始まり、休み時間も授業中もずっとこちらを見ているのだ。
飯の時も箸や口は動かしながらも、視線は俺に釘付けである。まるで監視されているようで薄気味が悪い。
まあ、奴の奇行は今に始まったことではないので、女子の大好きな恋愛云々のネタにならなかったのは不幸中の幸いだが。
「おい……」
「何?」
声をかければ速攻でかえってくる返事。それを苦々しく思いながらも、俺は口を開いた。
「なんでアリと電柱の次は、俺が考察対象なんだ?」
「不確定要素が多すぎるので答えられない」
「あーそーですかー」
ほらきた。こいつは無口なわけでは決して無いが、その小さな口から飛び出て来るわけの分からない単語の羅列は意味を汲み取ることが全く出来ない。もっとかみ砕いて話せないものか。
こいつは見た目は結構可愛く、俗に言う美少女の部類に入るのだろう。その優れた容姿のおかげでモテモテのこいつだが、見た目はお人形さんでも、中身はロボットだからな。年齢=彼氏いない歴である。もったいない。
まあ、俺にとっちゃあとてもありがたいのだが。
「……陸」
「なんだよ?」
「今日、陸の家に行く」
決定かよ。
そう返しても、透は俺の体をじろじろと眺め回しているだけだ。俺は諦めて授業の準備を始めた。十年以上の付き合いだ。こいつが見た目によらず、頑固で人の話を聞かないのは身に染みて感じていた。
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そして放課後、透は宣言通りに俺の後をくっついてきた。一軒家である俺の家に慣れた様子であがりこみ、勝手に俺の部屋のドアを開ける。不法侵入だぞ。
そういってやったら、家の主の了解を得ているから大丈夫だと。俺は了解してねえ!
俺が自分の椅子にどっかりと腰を下ろすと、透はベッドの隅にちょこんと腰掛けていた。ベッドのスプリングがほとんど軋まないというその軽すぎるほどの体重には敬意を示したい。
「んで、用件は一体何なんだ?」
俺が話を切り出すと、透はおもむろに口を開いた。
「今回、考察対象である陸の事を考えられる限りの方法・方向性から観察したが、一向に結果がでない。対象である陸の考えと心情を聞かせて欲しい」
俺はまたか、と内心ため息をついた。昔から、こいつは分からないことがあれば俺に聞いてきたものだ。俺は主観の入った常識を話してやることしか出来ないのに。
「はいはい。んじゃ、まずは理由を聞かせろよ。何で俺が考察対象なんだ?」
学校でもした問いを、もう一度繰り返す。こういう時は、透をしゃべらせるだけしゃべらせるのが一番の解決法だ。そうしたら、こいつの頭の中で俺なんかには想像の出来ないような情報たちがキレイに整列して、こいつが納得するのだから。そうすれば俺の役目は終わり。
そう、思っていたのだが。
「理由は、陸に対する私の不可解な心情と行動に疑問を持ったから。自らの生活環境や心身の状態を確認したが異常がなかった」
「だから、原因が俺にあると」
「そう」
「ふーん。で、その心情や行動っつーのは?」
「陸を見ると心拍数が上昇する」
思わず椅子から落ちかけた。
いっそ落ちて気絶したかった。開いた口がふさがらない俺を放置して、透は話を続けた。
「そのほかに顔面に血流が集まって赤面してしまう、目を合わせていられないなど。この症状に一致する病因を、私は知らない」
そりゃロボットのような生活をしているお前は知らないだろう。俺は、思わず天を仰ぎたくなった。
つーか赤面って見たことねーぞ。
俺はとりあえず深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。そして、指の間から幼なじみを盗み見る。
透はいつも通りの無表情でこちらを見ている。あの顔を見ると、思わず勘違いだと言ってやりたくなったが、ぐっと堪えた。なんせ、あいつが自分のことで間違ったことなんて今まで一度たりとも無かったのだから。
ある特定の人物と対した時に発病する、ある病。
子供から大人まで、ありとあらゆる人が発症する可能性がある病だ。
心臓の鼓動が激しくなったり、
顔が赤くなったり、
目があった時に思わず逸らしてしまったり。
俺が今発病している、青い春の病。
――――通称、恋の病。
俺は頭を抱えた。一体どうやってこの堅物に恋やら愛やらを説明すればいいのか。
つーか、なんで対象が俺なんだ!?
いや、大歓迎……大歓迎だけどな!? 理由が分からんし、や、別に嫌じゃないけどな! 大歓迎だけどな!
「特定人物に対した場合にのみ発症し、原因不明。危険度も、対処方法も不明」
「いや、えーっとなあ……」
どうやって説明しよう。
方法が全く分からない。
そうやってうろたえていたが、透の顔を見て、俺も腹をくくった。もう、全部ありのままに説明するしか無いだろう。
俺の思いも、こいつの思いも。
伝えてやりたいことなら山ほどある。
特に、今の俺の気持ち。俺が内心は狂喜乱舞してるなんて、他のやつらには口が裂けてもいえない。でも、こいつには――――伝えたいんだ。
とりあえず、こいつが知りたがっている病名から教えてやろう。
俺は立ち上がると、透の隣に腰を下ろした。いきなりの衝撃に、スプリングが大きな音をたてて軋む。
俺の行動を怪訝そうに見上げて来る透と目線をあわせる。思わず綻ぶ口元を引き締めながら、俺は口を開いた。
「それはな――――――」
まだ春も遠い二月ごろ、俺は、長年の想いを実らせた。