初恋
「本日はこちらをお持ちいたしました」
「おおー! めっちゃ美味しいそう。あ、俺からはこれ。ねーちゃんがうまいって言ってたカフェのクッキー」
「私は今流行ってる小説! 読み終わったから貸してあげる!」
「ありがとうございます!」
あれからキアラの昼食風景はガラリと変わった。
今までは遠巻きに見ているだけだったクラスメイトたちが、話しかけてきてくれるようになったのだ。
はじめはおかず交換に始まったが、今ではいろいろなものをキアラに与えてくれる。
流行りのものから穴場のものまで。
クラスメイトたちとの交流ももちろん嬉しいが、自分の知らないものを教えてもらえるというのが、とてもありがたかった。
お弁当のおかずを配り終えたキアラが己の席に着けば、それを見ていたシノが呆れたようにため息をつく。
「結局前よりも大きなお弁当箱持ってきてるし」
「でも以前よりとっても楽しいです! だって見てください!」
キアラが指差したほうでは、クラスメイトたちが美味しそうにおかずを食べている。
そのしあわせそうな顔に、キアラの方までにんまりと笑ってしまう。
「美味しそうに食べてくれる姿を見れるなら、なんだって作れます」
「それが普通なんだけど……あのクソ男のせいね」
クソ男。
その話題にキアラはすんっと真顔になると、改めてシノと向き合った。
「……エドヴァルド様のこと、どう思います?」
「は? それ聞く? ただただ気色悪いわよ」
「…………はい」
キアラから婚約破棄をした元婚約者、エドヴァルド。
キアラの父からエドヴァルドの両親へ宛てた書状にて、彼の所業が暴露された。
両親にしっかりと叱られたらしいエドヴァルドは、婚約破棄を受け入れてくれたらしい。
きちんとした手段を経て、キアラとエドヴァルドの婚約は破棄された。
されたのだが……。
「なんでそれで諦めないかね?」
「……私に聞かれても」
婚約破棄された翌日。
エドヴァルドは校舎の入り口でキアラを待っていた。
そしてやってきたキアラに、声高々に宣言したのだ。
『婚約を君の望みどおり破棄した。しかし私は認めていない! 必ず君にまた、私の婚約者になりたいと思わせてみせる!』
「きっっっっっしょくわるい……」
「シノ……」
「いやそう思うでしょ。今さら何言ってんのって感じじゃん」
それに関してはなにも言うことができなかった。
キアラとしても全くの同意見だからである。
あれだけのことをされておいて、婚約者に戻りたいと思う人はなかなかいないだろう。
「キアラは今までどおり毅然とした態度で拒絶しておけばいいのよ」
「はい……」
とはいえ気分のいいものではないのは間違いない。
なので早めに諦めてくれればいいのだが……。
とため息をつくキアラに、シノはふむと顎に手を当てた。
「キアラは男が嫌になったとかじゃないのよね?」
「それはもちろん! 素敵な方と素敵な恋をしてみたいです」
胸がワクワクするような、そんな恋をしてみたい。
きっとどこかにいるはずなのだ。
キアラのことを愛してくれる人が。
必ず見つけてみせるとガッツポーズをするキアラに、シノは己の顔を指差した。
「ねえ、キアラ。私の顔をどう思う?」
「美ですね。圧倒的美!」
シノはそれはそれは美しい女性だった。
この時代女性の髪は長いものであることが普通だ。
それなのにシノは短く、まるで男の子のようなショートスタイル。
それなのにそれがあまりにも似合いすぎており、男女問わず告白が絶えない。
それほどまでに彼女は美しいのだ。
「じゃあ私の顔に嫌悪感はないのね?」
「シノの顔に嫌悪感を抱く人がいるのですか? ……この世に?」
「さすがにいるでしょう。でもそう……」
ふむ、とシノはちらりとクラスを見渡す。
何事かと同じようにクラスを見れば、男子生徒と目が合う。
お弁当のおかず交換に毎回必ず参加してくれる人だ。
彼は顔を真っ赤にしながらも控えめに手を振ってきてくれた。
なのでそれにキアラも返せば、シノがパチンっと指を鳴らす。
「はい、こっちを見る! まあ、キアラがこの顔好きならいいか。私のお兄覚えてる?」
「もちろんです。ロキ様ですよね? 一つ上の同じ学園に……ってあら? そういえばお姿を拝見した覚えがないです……」
シノの兄ロキは、一つ年上で同じ学園に通っているはずだ。
それなのに姿を見た覚えがない。
首を傾げるキアラに、シノは肩をすくめる。
「お兄は無駄に頭いいからね。特待生ってことで、授業免除されてるのよ。だから家で引きこもって勉強ばっかりしてて、学園にきてないのよ」
「――そうだったのですね。すごいです」
キアラも頭はいいほうだが、特待生になれるほどではない。
ほんの一握りの存在がこんなに近くにいたなんて驚きだ。
「お兄と私そっくりって言われるのよ。だから見た目は悪くないのに、引きこもってばっかりで女っ気がなくてね」
シノは大切そうに抱きしめていたピクルスの入った瓶を置くと、キアラを指差した。
「さらにはお兄、ずーっとキアラのこと好きだったのよ。五歳の時に会ってからずーっとね」
「…………え?」
シノのまさかの言葉に、キアラは大きく目を見開いた。
幼い頃はよく遊んでもらっていたことは覚えている。
しかしキアラがエドヴァルドと婚約してからは、ロキとは会っていない。
それなのに、ずっと?
「どう? 会ってみない? 早速今日、私の家に遊びに来てよ」
シノはキアラに聞こえないよう、小さな声でつぶやいた。
「急がないとキアラ、他のやつにとられそうだし」




