変われるということ
どうやら作戦はうまくいったらしい。
これで彼らはキアラの目を怖がり、他の人たちに意地悪はしないだろう。
そう思いたい。
あんなつらい思いをするのは、キアラ一人でじゅうぶんだ。
ロキから手紙を受け取ったキアラは、丁寧にカバンの中へと入れた。
「さて、それではみなさん、もう戻って――」
騒ぎもひとまず収まったし、もう帰ってくれと頼もうとした時だ。
教室にエドヴァルドとブラッドがやってきた。
彼らは平謝りする友人たちを見て、大きく目を見開く。
「…………なにがあった?」
「エドヴァルドー!」
友人たちはエドヴァルドの元へ向かうと、どうやらなにをされたのか一部始終話したようだ。
どうやらこの状況を、エドヴァルドなら助けてくれると踏んだらしい。
先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら。
キアラに向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべているものもいる。
「……やっぱり手紙送ろうか」
「そうですね」
結局彼らは変われないらしい。
ならいっそ全てを終わらせてしまおうかと手紙を取り出すと、彼らの顔色が変わる。
「エドヴァルド! 助けて!」
「あの女どうにかしてちょうだい!」
さて、エドヴァルドはどう出るのだろうか?
手紙を持つキアラを見たエドヴァルドは、大きめなため息をついた。
その姿を見てキアラは少しだけ瞼を下げる。
やはり彼も変わることはないのだろうか?
結局はキアラが悪いという話になるのか。
またあれこれ言われるのが関の山かと残念に思っていると、エドヴァルドが予想外の動きをした。
「――お前たち、私は言ったぞ。これ以上キアラを馬鹿にするのはやめろと」
「そ……そうだけど……!」
「でもエドヴァルドが落ち込んでたし……!」
「私を言い訳に人を傷つけるのはやめろとも言ったはずだ」
「………………」
まさかあのエドヴァルドが友人たちに苦言を呈するとは。
どうやら本当にロキとの会話が堪えたようだ。
まさかすぎる展開に驚いていると、エドヴァルドの隣にいたブラッドも意外なことを言い出した。
「エドヴァルドはずっとお前らにやめろって言ってたのに、やめなかったのはお前らの責任だろ。お前ら自身で解決しろ」
人差し指を立てて言うブラッドは、しかしチラチラとシノを見てくる。
まるでいいところを親に見せたい子どものような様子に、キアラは瞬時にシノを背中に隠した。
そこは絶対に許さない。
「そんな……! エドヴァルド、頼むよ!」
「私たちこれじゃあ……!」
「…………はぁ。ならこれに懲りたらもう、人を傷つけることはやめろ」
「わ、わかったよ……」
エドヴァルドの友人たちは渋々といった様子だが頷いた。
やはりこの手紙は持ち続けていこう。
第三の被害者を出さないためにも、必要なことだ。
一人決意を固めていると、そんなキアラの前にエドヴァルドがやってくる。
「……キアラ」
果たしてエドヴァルドはなにを言うのか。
クラス中の視線が集まる中、彼は静かに頭を下げた。
「申し訳なかった。友人に代わり謝罪する。今後君に関わらせないようにすると誓う」
「…………はい、ありがとうございます」
まさかあのエドヴァルドがそんなことを言うなんて。
驚いたのはキアラだけではない。
彼の謝罪を聞いたシノやロキですら、目をまん丸くしている。
エドヴァルドは数秒頭を下げたあと、ゆっくりと顔を上げキアラと対峙した。
「…………婚約すると聞いた」
「…………はい」
一瞬目元を歪ませたエドヴァルドだったが、すぐにいつもの表情に戻る。
ただいつもより少しだけ、優しい目元をしていた。
「……おめでとう」
「――え?」
キアラはエドヴァルドを見つめる。
あのエドヴァルドが今、おめでとうと言ったのか?
キアラの婚約に対して?
本当に?
黙り込むキアラの手を、エドヴァルドが壊れもののように掴んだ。
「私は君を幸せにできなかった。……だから、君が幸せになれることを祈っている」
「エドヴァルド様……」
本当にエドヴァルドは変わったらしい。
こんなことを言うような人ではなかった。
ロキとどんな話をしたのかキアラは知らないが、きっと彼の言葉で気付いたのだろう。
エドヴァルドの変化が嬉しくて、キアラはうっすらと瞳に涙の膜をはった。
嬉しい。
やっと話しが通じたのだと、喜びにエドヴァルドの手を握り返したその時だ。
エドヴァルドもまた涙を浮かべつつ、綺麗な笑顔を浮かべた。
「けれど……すまない。私は君を諦めることができない。――だから私は、生涯独身でいることを決めた」
「………………………………ん?」
「だが安心してくれ。君と彼の幸せを祈ってはいる。……ただ時折。ほんの時折、君を愛している男がここにいることを思い出して欲しい」
なんかおかしい。
いや、かなりおかしい気がする。
ピシリと固まったキアラの手に、エドヴァルドが唇を落とそうとした。
一瞬でエドヴァルドの手をはたき落としたロキが、慌ててキアラを抱きしめた。
「びっっっくりした! 君なに言ってるかわかってるの!?」
「あんたやっぱりおかしいわ! キアラに近づくんじゃないわよ!」
ロキとは反対からシノがキアラを抱きしめる。
そしてなにやら、恍惚そうな顔を浮かべるエドヴァルドに向かって牙を向いた。
「婚約するって女に普通言うこと!?」
「私の気持ちを素直に伝えただけだ。……私には、キアラだけだから」
「――なに純愛みたいに語ってんのこいつ……!」
シノとエドヴァルドがあれこれ言っている気がする。
しかしキアラにはいまいち理解することができなかった。
脳が処理することを拒んでいるのだ。
意味がわからない。
どうしてそうなる?
なにを考えている?
わからない、わからない、と頭の中でその言葉だけがぐるぐると回った。
思考が迷宮に入り込んで抜け出せないみたいだ。
なに一つ理解できない。
理解したくない。
ただ一つだけ、言えることがあるとすれば。
「…………気持ち悪いっ」
キアラのその言葉は、エドヴァルドに届いたのか否か。
それはエドヴァルド自身にしかわからなかった……。




