他力本願
「は? なに言ってんのあんた」
まあ予想どおりの反応だなと、キアラはロキを見る。
一体どういうことだろうか?
彼は勝ち誇ったように笑うと、キアラに手紙を差し出した。
「これね、俺が家庭教師してる先のお嬢さんがパーティーを開くからって、招待状をくれたんだ。キアラに会ってみたいんだって」
家庭教師といえば、確かジェラートのお店を教えてくれた子だ。
そんな子が開くパーティーにキアラを呼んでくれるなんて。
嬉しいなと思いつつ手紙を受け取り、蝋印を見てキアラはピシリと動きを止めた。
「…………ロキ様。これ……」
「うん。王家の蝋印だね」
そうだ。
さすがにこの国にいて、この紋章を知らないはずがない。
キアラは受け取った手紙を震える手で持つ。
大鷲が羽ばたくそのマークは、この国の王族にのみ使うことを許された紋章。
それがここにあるということは。
「……ロキ様。その家庭教師をしていた方というのは……」
「キアラたちの二つ下の王女様だね」
「――っ!」
どういうことだ。
一体何が起こっているのか全くもってわからない。
ただキアラの手元には、王族の方からの手紙があることだけはわかった。
蝋印を開けることすら躊躇ってしまう。
震えるキアラに、ロキは説明してくれた。
「王妃陛下から王女様の家庭教師をとお願いされて……もう三年? は見てるんだ。その流れでよくしていただいて。婚約するって伝えたら、ぜひ婚約者とともにって」
「そ、そんな繋がりが……!」
まさかすぎる繋がりに、キアラは開いた口が塞がらなかった。
あとこの手紙はどうしたらいいのだろうか?
読むのか?
本当に?
王女からの手紙を?
と怯えるキアラをよそに、ロキは女生徒たちに微笑みかけた。
「あとこれは君たちに」
「え……?」
まさか手紙を渡されるとは思っていなかったのだろう。
女生徒がいぶかしみつつも一枚の手紙を受け取る。
しかしその表情の中に、小さな期待が混じっていることにキアラは気づいた。
きっと彼女たちはあの手紙を、王女からの招待状だと思ったのだろう。
しかし現実は残酷だった。
手紙を開けた女生徒の顔が、みるみる青ざめていく。
「――こ、これ……」
「君たちのことは調べ済みだよ。それはこのあと、君たち全員の婚約者に宛てて送るものだ。……君たちの悪行がズラーっと書き連ねてあるだろう?」
ロキはテーブルに、エドヴァルドの友人分の手紙を並べた。
「君たちの婚約者はどう思うかな? 王女様と親しくするキアラに向かって、犬なんて呼んでからかっていた君たちを」
「――し、親しくって……!」
「王女様はキアラのこと、間違いなく気にいるよ。そうなったら友人だ。王女様の友人に失礼なことをする君たちは……果たして社交界にいられるかな?」
例えばもし、この手紙で婚約が破談になったとしよう。
そうなれば次の相手を見つけるためにも、社交界という場は重要になってくる。
しかしもし、もし王女の機嫌を損ねることになれば。
社交界に居場所は無くなってしまう。
「そうなったらその後は悲劇だね。社交界のうわさ話なんて届かないような辺境の地まで行くか……、はたまた自分の親よりも年上の人と結婚するか……」
ロキはそれはそれは美しい笑みを浮かべる。
「あ、そういうのが好きならいいよね。うん。みんな違うもんね」
「――そ、そんなわけ……っ!」
「機会を与えたのに、それを無碍にしたのは君たちだ」
エドヴァルドの友人たちは、こぞって顔を青ざめさせた。
自分たちの未来を想像したのだろう。
絶句するその様子を、ロキは静かに見つめる。
「…………それで、どうする?」
「――え?」
「俺はキアラを犬と呼んだ君たちを心の底から許せない。だから今すぐこの手紙を送りたいけれど……」
ロキはちらりとキアラを見る。
目が合うとぱちり、とウインクされた。
まるでなにかの合図のように。
「俺はキアラの決定を受け入れようと思う。キアラがどうするか決めていいよ」
「――え!? わ、私ですか……!?」
決定してもいいと言われても、一体どうすればいいのかわからない。
慌てるキアラに、エドヴァルドの友人たちは慌てて頭を下げた。
「本当にごめんなさい! このとおりだから……!」
「悪かった! 許してくれ!」
突然謝られてキアラは驚いた。
あれだけキアラのことを馬鹿していたのに、こんなあっさり手のひらを返したように謝ってくるなんて。
別にそれについてはいい。
キアラにも悪いところがあったからだ。
しかしもしここで簡単に許してしまったら、彼らはまた同じことをするのではないだろうか?
今度はキアラではない誰かに。
「…………どうしましょうか? ロキ様のおっしゃられるとおり、こちらの手紙をお送りしましょうか?」
「そんな! それだけはやめて!」
「ならどうぞお忘れなきように。……私はずっとあなたたちを見ています。もしまた似たようなことをしでかそうとしたら、その時は――」
「もう二度と、あなたに失礼なことはしないから!」
ああ、やはりそうか。
キアラはそう言った女生徒に、瞬時に返した。
「私だけではありません。今後誰にでも、このような酷いことをしたら……。私はあなたたちを見張っていますから」
「…………わ、わかりました。もう二度と、人を傷つけるようなことは言いません……」
「……結構です。ならこの手紙は保留といたしましょう。我が家で預からせていただいても?」
ロキに問えば、彼はこくりと頷いた。
「もちろん。キアラの好きにしていいよ」
「……ありがとうございます」
まさかの展開だが、これで彼らも懲りたことだろう。
他の被害者も出さずにすむようで安心していると、シノがキアラの手元にある手紙に口角を引き攣らせた。
「まさか王女様を出してくるとは……」
「他力本願で申し訳ないけど……まあ効果あったね。人脈も力ってことで」
「力すぎて恐ろしいわよ!」




