話をしよう
そんなわけで課外学習も無事終わらせたキアラたちは、いつもの日常を過ごしていた。
学校に来ては勉強に励み、毎日の楽しみであるお弁当を食べる日々。
だがそんなキアラの心の中には、残念ながらわだかまりがあった。
それを解決しない限り、キアラは落ち着くことができないだろう。
「だからエドヴァルド様と話してきますね」
「……放っておけばいいのに。って思うけど、そのほうがキアラにはいいんでしょうね。……わかった、いってらっしゃい」
呆れ顔のシノに見送られて、キアラは裏庭へとやってきた。
事前にエドヴァルドに手紙を出していたため、キアラがくるよりも早く、彼は一人で待っていた。
「エドヴァルド様。お待たせして申し訳ございません」
「キアラ……。いや、大丈夫だ」
若干の気まずさを覚えながらも、キアラとエドヴァルドはともに裏庭にあるガゼボへとやってきた。
そこに腰を下ろし、少しの沈黙ののちキアラが口を開く。
「申し訳ございませんでした。……エドヴァルド様のお気持ちも考えずに、婚約破棄を申し込んでましたって」
エドヴァルドの立場になってみればあまりにも突然すぎて、気持ちの整理がつかないのも無理はない。
そう思ったからこそキアラが謝れば、エドヴァルドはなぜか慌て出す。
「いや……! 私のほうこそ……悪かった。……君のことをもっと大切にすればよかったんだ」
エドヴァルドは膝の上に置いている手をギュッと握りしめる。
「恥ずかしかった、なんて愚かな言い訳までして……。君を遠ざけたのは私のせいだ」
「……私も、私の気持ちをエドヴァルド様にお伝えしていなかったのを後悔していました。聞いていただけますか?」
こくり、とエドヴァルドが頷く。
キアラふう、と大きく息をついてから、口を開いた。
「私、エドヴァルド様が好きでした。……だからエドヴァルド様のためにいろいろやりたいって頑張っていました。……でもそれが、きっとダメだったんですよね」
きっとエドヴァルドに負担をかけてしまったのだ。
彼にキアラの気持ちは、重荷となっていたのだろう。
だからあんな態度を取られたのだと思っていたが、エドヴァルドは必死に首を振って否定した。
「違う! 君の想いは嬉しかった! それが……当たり前にあるのだと勘違いしていた私が悪い」
「…………エドヴァルド様は、犬と呼ばれていた私のことを……どうお思いだったのですか?」
ずっと気になっていたことを聞いてみた。
友人を影では止めていたと言うが、キアラの前では何もしていなかった。
それを彼はどう思っていたのか。
「……君は気にしていないのだと思っていた。なにも言ってこなかったから」
「……そう、だったの……ですね」
犬と呼ばれる度、キアラは傷ついた顔をしていたと思う。
少なくとも友であるシノは気づいていた。
そう思うと、やはりエドヴァルドはあまりキアラを見ていなかったことがわかる。
なるほど、とキアラは深く息をはいた。
今の返事で、キアラの中で迷いなどが綺麗さっぱり消えた気がする。
期待や憂いが、なくなったのだ。
「エドヴァルド様。今日、これで終わらせましょう。私たちはもう、他人になったのですから」
「…………」
エドヴァルドはなにも言わない。
うんともすんとも言わずに、ただ黙って座っているだけだ。
これでは話が先に進まない。
せっかく話す機会を作ったと言うのに。
「……エドヴァルド様?」
あとはうんとエドヴァルドが頷いてくれればいいのだが、どうやらそうもいかないらしい。
彼は立ち上がると、真剣な眼差しでキアラに向き直った。
「………………嫌だ」
「――エドヴァルド様……」
「私は君が好きだ。だから婚約破棄したくない」
「………………もう婚約破棄したんですけれど」
どうやらその呟きはエドヴァルドには届かなかったようだ。
エドヴァルドはその場に跪くと、キアラの手をとる。
「キアラ。……やりなおそう。今度こそ君を、しあわせにしてみせる」
とってもかっこいいセリフだ。
これがそう、例えば死別した相手にいう展開だったりしたら。
こんなことを言いながらなにか特別な力でタイムリープなんてするなら、女性の心を掴むことになっただろう。
しかし残念ながら今は違う。
キアラは今ここで、エドヴァルドと綺麗さっぱりお別れしようとしていたのだ。
それなのに彼は今度こそ、とあり得ないことを言ってきた。
「……違います、エドヴァルド様。私はもう終わらせにきたんです」
「終わらない! 私たちは今ここから、もう一度やり直すんだ!」
(あ、だめだこの人)
話を聞かない人は、どうやらとことん耳を傾けないらしい。
一度決めたらその選択肢以外はないようだ。
キアラは立ち上がると、真っ青な顔で告げる。
「エドヴァルド様。どうか今一度、落ち着いて考えてください。きっと冷静になれば、今ご自身がとてもおかしなことを言っていると、理解できるかと思います」
やはり時間だ。
時間が足りないのだ。
そう思ってエドヴァルドに時を与えようと思ったのに、なぜか彼はキアラの手を離そうとしない。
「理解している。むしろ少し前の私が愚かだったんだ。……君を愛しているこの気持ちはなくならない。だからキアラ。……私を選んでくれ」
手の甲に唇を落とそうとするエドヴァルドから慌てて離れると、キアラは真っ青な顔のまま後ずさる。
「え、エドヴァルド様。我々はもう婚約破棄しました。私は戻るつもりはありません。……どうか、冷静に考えてください……!」
「冷静だ! 冷静に君を愛しているんだ!」
このままではだめだと思った。
だから話をしたというのに。
なんだかもっとダメな状況になった気がする。
エドヴァルドはなにやら決意の決まった目をキアラに向けてきており、その目が自分に向けられたことで思わずゾッとしてしまう。
この場にいてはダメだと直感で理解したキアラは、すぐに踵を返した。
「申し訳ございません! ちょっと……いえ、かなり……気持ち悪いですっ!」
「――キアラ! 待ってくれ!」
待てるか!
とキアラは脱兎の如く逃げだした。
「こ、怖い……っ!」




