友だちを大切にすること
盛大な罵声がこだました。
周りの人たちがなにごとかと近づいてくれば、その中にクラスメイトの女子やロキもいた。
彼はキアラに近づくと、すぐに状況を理解したようだ。
「ごめん、遅くなった。大丈夫かい?」
「私は。ですがシノが……」
あんなことを言って、あの小柄な男子が激昂しなければいいのだが。
不安になったキアラだったが、小柄な男子をたしなめるようにエドヴァルドが一歩前に出た。
「少し落ち着け」
「――エドヴァルド! こいつが……!」
「お前も言い過ぎだ」
エドヴァルドはそう言いつつも険しい顔をしており、すぐにシノへと向き合った。
「――君も、私の友人を侮辱するのはやめてくれ」
「……………………はあー!?」
エドヴァルドのその言葉に、シノは怒りを露わにする、
エドヴァルドへと一歩近づくと、彼の胸に人差し指の先を押し付けた。
「私だって好き好んでこんなこと言わないわよ! あー胸糞悪い! でもね、あんたたちは同じ目に合わないとわからないでしょ!?」
シノはエドヴァルドと、その後ろにいる小柄な男子にも聞こえるようにはっきりと告げる。
「犬って言われた気分はどう? つらい? ムカつく? それをあんたたちは私の大切な友だちに、ふざけてずーっと言ってたのよ!」
キアラは思わず息を呑んだ。
そうだ。
シノはずっと、犬と笑われるキアラをそばで見続けていたのだ。
優しい彼女は、どれだけ胸を痛めていたのだろうか……?
「言ったほうはそれで終わりかもしれないけどね、言われたほうはずーっと【ココ】に残るのよ。だからあんたたちもずっと残しておきなさい。傷つけたんだから!」
そう言ってシノはもう一度、エドヴァルドの胸を人差し指で押す。
「あとね、あんた友だちのためには怒れるのに、どうしてキアラのために怒らなかったの? 友だちを大切にするのはいいけど、あんたが守らなきゃいけなかったのはキアラのほうじゃないの!?」
「………………」
エドヴァルドは大きく目を見開く。
押し黙るエドヴァルドの後ろから、小柄な男子が慌てて声をかける。
「え、エドヴァルドはやめるよう言ってきてたんだ。でも俺たちが……」
「………………はーあ!?」
またしてもシノの怒りに触れたらしい。
「だったら本人の前で言えっ! 周りの人間にわかるようにも言え! あんたらがそんなことやってたから、関係ない奴らもキアラのこと、そうやって扱っていいと勘違いしたバカが増えたんだよ!」
「ごもっとも」
キアラの隣でロキが頷く。
そんな中、キアラだけはエドヴァルドを見つめる。
(エドヴァルド様……。止めてたんですね……)
好き勝手言わせているのだと思っていた。
しかし見えぬところで止めていたということは、少しだけ見直した。
本当に少しだけだが。
「あんたらも! 止められたなら聞きなさいよ! 人をバカにして気分よくなってんじゃないわよ、小さいやつらね!」
「………………」
シノは今度は小柄な男子に向かって指差した。
「私の友だちバカにすんな! あんたらよりずっといい子で、あんたらがバカにできることなんて少しもないんだから!」
「……シノ」
シノの言葉に、キアラは胸元の服を握りしめた。
犬と呼ばれていた時、それでいいと思っていた。
傷ついたことは間違いではない。
しかしそれでもエドヴァルドのそばにいれれば関係ないと、本気で思っていたのだ。
しかし友人であるシノは、何度もキアラに問うてきた。
本当にそれでいいのかと。
――いいわけがない。
あの時嫌だと、やめてくれと言わなかったのはキアラの責任だ。
そのせいでシノにこんな思いをさせていたのだから。
「シノ、私は――」
「…………お前、友だちのためにそんな怒ってるのか?」
キアラがシノに声をかけようとした時、それよりも早く小柄な男子が問う。
それにシノは片眉を大きく上げた。
「当たり前でしょ。大切な友だちなんだから」
「……………………」
小柄な男子は大きな目をさらに大きく開いて、しばしの間沈黙した。
その時間二十秒ほど経っただろうか?
小柄な男子はエドヴァルドの後ろから抜けると、キアラの前へとやってきた。
さすがに今までが今までである。
彼には力一杯腕を掴まれてあざができたし、なにより殴られかけた経験もあった。
なので思わずピクリと体を震わせれば、ロキが後ろに庇うようにキアラの前に立ってくれる。
しかしそれでは彼が殴られてしまうかもしれないと、慌ててロキの腕を掴む。
いざとなれば彼を引っ張って、己が盾になるつもりだ。
そんな意気込みでやってきた小柄な男子を見つめれば、彼は静かに頭を下げた。
「――悪かった。……ごめん」
「………………へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
今彼はなんと言った?
ごめんと、あのキアラに謝ったのか?
散々犬犬と馬鹿にしていたキアラに?
あまりにも意外な展開に驚き、うまく返事ができなかった。
「えっと……あの……えっと……」
呆然と小柄な男子を見ていたキアラは、ふと彼の頰がほんのりと赤いことに気づいたのだ。
謝ったことが少し恥ずかしいのだろうか?
プライドが高そうではあるので、きっと苦渋の決断だったのだろう。
だがそれでも謝ってくれたのだから、これはキアラも答えなくては。
謝ってくれてありがとうと、そう伝えようとロキの背中から出て小柄な男子の前に立った時だ。
ふと、彼がチラチラとどこかを見ていることに気がついた。
いったいどこを見ているのだと、その視線の先を追ってキアラはピタリと息すら止める。
だって小柄な男子は頰を赤らめ、なにやら意味ありげな瞳を向けているのだ。
――シノに。
(え? え? ちょっと待って。これってまさか……)
小柄な男子の表情には覚えがある。
いや、ありすぎる。
だってそれは、キアラが過去にエドヴァルドに向けていたものに酷似していたのだ。
言いたいけど言えない。
そばにいたいけどいられない。
そんな複雑な恋心を表したかのような瞳を、小柄な男子はシノに向けているのだ。
つまりこれは、そういうことになるのではないだろうか?
(………………はぁー!?)




