欲しがりの妹は大好きなお姉さまに成り代わりたい
伯爵令嬢のブランシュは、二歳年上の姉が大好きだ。
大好きで大好きで大好きで――姉のものなら、何でも欲しかった。
姉のドレスも、髪飾りも、ネックレスも。食べかけの食事でさえ。
全部全部欲しくてたまらなくて、いつも駄々をこねていた。
はじめは些細なことだった。
ブランシュが五歳の時、姉であるエディットが七歳の時。
エディットが婚約者から花束を贈られた。
贈り物を喜ぶ姉の横顔があまりに綺麗で美しくて、幼心に強烈に「いいなぁ」と思ったのだ。
姉のようになりたい、と強く思った。
プラチナブロンドのさらさらの長い髪、宝石よりきらきらと輝く青い瞳。全部全部ブランシュの憧れだった。
似ていない姉妹だったからなおさらだったのだろう。
ブランシュの髪はピンクブロンドで毛先がくるりと跳ねていて、それはそれで可愛いと両親には褒められるのだけれど、不満で仕方がない。
瞳だって翡翠色でエディットの空を切り取ったような輝く瞳とは全然違う。
面立ちも全然違うのだ。
エディットは美人と呼ばれる綺麗な顔をしているけれど、ブランシュは可愛いと評される愛嬌のある顔だ。
姉のように美しく気高い人になりたくて、真似できるものは全て真似した。
真似が行き過ぎてエディットのものを奪うようになっても、罪悪感はなかった。
だって、ブランシュはエディットになりたかったから。
そのうち、姉はブランシュを避けるようになった。新しいドレスを着てもみせてくれなくなり、勉強も教えてくれなくなったし、食事の時間もずらすようになっていった。
それでもブランシュのエディットへの憧れは止まらない。
散々に駄々をこねて姉の婚約者だった青年を自分の婚約者にしても、まだまだ渇望は収まらなかった。
どうにか姉のようになりたい。それだけを考える日々。
そんな頃、ブランシュに一人の商人が近づいてきた。
息抜きに出かけた貴族街でショッピングをしているときだった。
路地裏から現れた老いぼれた男はどうみても貴族街には似つかわしくない風体をしていた。
「ひひっ、姉君にご執着のご令嬢……こんな薬はいかがですか?」
いかにも怪しげな薬を出されて、ブランシュは眉を顰めるどころか――顔を輝かせた。
薬の効能はブランシュとエディットの顔を同じにするというもの。
顔だけではなく、体格まで一緒になるらしい。
「姉君にと同じになりたいのでしたら、姉君にこの薬を飲ませるのです」
そういって握らされた小さな小瓶。
橙色のいかにも怪しげな液体の満ちるそれに、商人は莫大な金額を告げた。
「ひ、ひひ、伯爵家のご令嬢なら……支払えるでしょう……?」
確かに、手持ちのドレスやアクセサリーを換金すれば支払える金額ではある。
ただ、それらは全て姉から貰ったものだ。手放すのは抵抗があった。
悩むブランシュに商人はさらに畳みかける。
「姉君と同じになれれば、全ての悩みから解放されるのですぞ……ひひっ」
それが、決定打になった。ブランシュは薬を買う旨を告げた。
ショッピングに使うつもりだった手持ちのお金をとりあえず全て渡して、残りの足りない分は後日支払う形をとることにした。
うきうきで屋敷に帰ったブランシュは、丁寧に爪を研いだ。
(爪の垢をいれる、こうかしら?)
商人に教えられたとおりに、爪を削って薬に混ぜた。
少しだけ降って中身が沈殿しないようにして、ブランシュはその日の夜、エディットの食事にこっそりと薬を混ぜた。
これで姉になれる。
美しくて綺麗で気高いエディットになれる。
そう思うと、わくわくしすぎて心が高揚して中々寝付けなかった。
だが、まてどもまてども体に変化は起こらない。
姉になれるのではなかったのか。嘘をつかれたのか。全額を前払いしなくてよかった。
そう思ってブランシュが夜が白む早朝に見慣れた自分の姿に鏡の前でため息をついていると、部屋の扉がノックされた。
こん、こんこん。
「はーい」
こんな明け方に誰だろう。
使用人たちは起きているかもしれないが、ブランシュを叩き起こすような用事があるとは思えない。かといって父も母もまだ寝ているだろうし、ブランシュを避けているエディットが訪ねてくるとは思えない。
不思議に思いつつも警戒はしなかった。屋敷の中は世界で一番安全だと盲目に信じていたから。
扉を開けたブランシュは、そこに『自分』が立っていて、大きく目を見開いた。
「おはよう、ブランシュ」
紡がれる声も自分と同じ。
くせっけだから肩口で切りそろえているピンクブロンドの髪、新緑の木々を思わせる翡翠の瞳、小さな鼻にピンク色の唇。
愛らしい、とよく褒められるブランシュが、そこにはいて。
「今日から、私が貴女よ」
遅れてブランシュは理解した。
これは、姉だ。姉が自分にそっくりになっている。
思えば商人は一言も「姉になれる」とは言わなかった。「姉と同じになれる」と言っていた。
「っ!」
気づいた瞬間、ブランシュは青ざめた。
にこにこと笑うエディットは何が起こっているのか気づいていないはずがない。
なのに微笑み続けていて、不気味だった。
ずり、と後ろに下がる。恐怖を顔に浮かべるブランシュは叫びたい衝動を必死にこらえていた。
違う違う違う! そうじゃないわ!!
私はお姉さまになりたかった! お姉さまに私になってほしいわけじゃなかった!!
目を見開き怯えるブランシュに、きらりと光るナイフを手に持ったエディットがゆっくりと近づいてくる。その表情はやっぱり笑っていた。
「やっとブランシュになれたわ。これで、貴女がわたくしから奪った婚約者も、お友達も、ぜーーーんぶ、やっとわたくしの元に戻ってくるのね」
恍惚とした笑みで告げるエディットの言葉に、その時になってやっとブランシュは自身の落ち度と過失を認めざるを得なかったけれど。
姉からすべてを奪っていたのだと、気づいたけれど。
時は、すでに遅くて。
ずぶり。
腹部に熱い鉄の塊を押し込まれたような、違和感があった。
焼けつく痛みに悲鳴が口からこぼれる。
立っていられなくて崩れ落ちたブランシュに、やっぱりエディットは満面の笑みで笑っている。そして。
倒れたブランシュに近づいて何かを飲ませた。どろりとした液体が喉を通った瞬間、身体の節々に痛みが走る。
骨が、伸びて。髪が、伸びて。体が、変形していく。
ああ、これは。ブランシュがエディットに飲ませた薬ときっと同じもの。
「きゃあ! 私の部屋に不審者が!!」
叫んだエディット――ブランシュが、慌ただしく部屋を出ていく。
その背中に、最後の力で手を伸ばして。
ブランシュは醜く皺が寄りひきつれた自身の手に気づくことなく、涙を流した。
(私は、ただ)
お姉さまに、なりたかった。
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