第9話 ドアマット幼女と祖母からの手紙
皆さま、こんにちは。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
エバンスさんの取り調べの日から、十日が過ぎました。すっかり警ら隊詰所での暮らしに慣れて、楽しい毎日です。
身体のアザも薄くなり、ムチで打たれたみみず腫れも落ち着きました。毎日たっぷり食べていますから、頬もふっくらしてきた気がします。
点滴のための通院も、今日で無事に終了しました。あとはもらったお薬を飲み切るだけです。
『少し運動をしなさい』とお医者さまから宿題を出されたので、後でダグラスさんと相談しようと思っています。
警ら隊の皆さんは中庭で、よく筋トレやストレッチをしているので、まぜてもらうのが良いかも知れませんね。
わたしとしては、お散歩がてら皆さんのおつかいなどを引き受けたいと思っているのですが、1人での街歩きは許可がおりないのです。
そんな今日この頃ですが、本日、穏やかな生活に一石を投じる出来事がありました。
* * *
お昼寝から起きると、ダグラスさんが大きな封書を持って仮眠室のドアを開きました。
「エルシャ、エバンス取り調べ官から郵便物が届いた」
封書には3つの封筒が入っていました。
ひとつはエバンスさんからダグラスさん宛。そしてもうひとつは、わたしの祖母からエバンスさんに宛。最後は祖母からわたしに宛てたものでした。
「エバンス取り調べ官は祖父母殿の住所を調べて、エルシャの現状を知らせてくれたようだ」
そうして、祖母からの返事をこちらに送ってくれたのです。
手紙は大人同士のやり取りなので、ダグラスさんが読みながら、噛み砕いて説明してくれることになりました。
それによると、祖父母は母様が亡くなったことを知らされていなかったようです。母様のお葬式に来てくれなかったのは、知らなかったからだったのです。
なんということでしょう。ショックで言葉が出ません。
母様と祖父母は、ずっと毎月一度ずつ手紙のやり取りをしていたようで、それは今でも続いているのだそうです。
つまり、母様が亡くなってからも、母様のふりをして、誰かが手紙を書いているのです。
「いったい誰が?」
「奥方か……ご主人だろう。祖父母殿からの手紙を受け取ることを考えると、家令でも可能だが……」
なぜ、そんなことを……! 母様の死を誤魔化して、誰にどんな得があるというのでしょう。
祖母からの手紙には、とても驚いていること、娘が亡くなっていたという話も、孫が虐待されているという話も、信じられない思いでいることが書いてあるそうです。
「いや、待て……。どうやら祖父殿は二年前に亡くなっているようだ。……祖母殿もベッドの住人らしい」
わたしはまた固まってしまいました。『陽だまりのエルシャ』は、西の辺境を舞台にして話が進むのです。祖父母は物語の終わりまで、ずっと元気でエルシャを支えてくれるのです。
わたしが物語を変えてしまったから……。わたしが我慢しなかったから、まだまだ長生きするはずだった祖父が亡くなってしまったのでしょうか。祖母の身体の具合が悪いのも、わたしが物語を台無しにしてしまったからでしょうか。
物語の中で成長したエルシャに、祖父が釣りを教えてくれるエピソードがありました。祖母と秋の森に栗拾いに出かける描写がありました。
辺境の大自然の中で、物語の中のエルシャはのびのびと暮らしながら大人になってゆくのです。
「祖母殿は、もう身体を起こすことも難しいようだ。エルシャに、迎えに行けなくてすまないと伝えてくれと書いてある」
「うっ……うえっ」
ダグラスさんの声が遠くで聞こえます。この現実と、『陽だまりのエルシャ』の中の幸せそうな祖父母のギャップに吐きそうです。目の前がユラユラと揺れています。
「エルシャ、大丈夫か? 具合が悪いのか?」
ダグラスさんが、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいます。
「す、少し休みます」
「ああ、ベッドで横になるといい」
ダグラスさんがベッドまで抱き上げて運んでくれました。
「エバンス取り調べ官から、エルシャの母上の日記や遺言状を探してみてくれと依頼があった。早速、捜査令状を申請してグリーンウッド邸に行って来る」
「ダグラスさん! わたしも……」
連れて行って下さいと、最後までは言えませんでした。起き上がると、また目の前がユラユラと揺れました。
それにまだ、わたしは後妻や父と顔を合わせる覚悟は決まっていない。
「俺に任せておけばいい。ついていてあげられないが、エルシャは大人しく休んでいなさい」
「はい……ダグラスさん……」
わたしは、いってらっしゃいと毛布を頭から被ったままで言いました。
《祖母からの手紙》
エルシャ、大変な目にあっていたと、エバンス取り調べ官からの手紙で知りました。何も知らずにいた自分が、情けなくて仕方ありません。
あなたのお母様のアリッサが亡くなっていたなんて……。正直に言うと今でも信じられない思いです。
二年前に夫の具合が悪くなった時に、会いに来てくれるよう、何度も手紙を出しました。亡くなった時もです。
私たちが、アリッサからの手紙と思って読んでいたのは、いつから偽物だったのでしょう。それとも全てが、私たちを騙す目的で書かれたものだったのでしょうか。
私が出した手紙は、エルシャとアリッサのもとへは届いてはいなかったのですね。夫の葬式にも来てくれなかったのは、何か深い理由があるのだろうと思っていました。
なぜ私たちはすっかり騙されてしまったのでしょう。おかしいと思うことだって、あった筈なのに。
ヘンリーが元気なうちに、エルシャに会いに行けば良かった。私の身体が動かなくなる前ならば、行けない距離ではなかったのだから。
そうして二人を連れ帰っていれば、エルシャも辛い思いをしなくて済んだのに。不甲斐ない祖母を許して下さい。あなたに会わせる顔など、とても見つかりません。
今は後悔ばかりです。
ああしていれば、こうしていればと、毎日考えてしまっています。
エルシャにようやく届く手紙なのに、こんなことばかり書いてごめんなさいね。
何も出来ず、一度も会ったことさえない祖母ですが、あなたの幸せを心から願っています。
愛するエルシャへ
あなたの祖母ローザより
読んで頂きありがとうございます。
ヘンリーは、亡くなったエルシャの祖父の名前ですね。ローザおばあちゃんの手紙には、かなりの情報不足があります。おそらく具合が悪い上に、騙されたショックが大きいのでしょう。今後、それらは明らかになるはずです(意味深)
『第9話 ドアマット幼女の辺境への旅立ち』は明日の19:10に投稿します。楽しみだと思ってくれた方、ブクマや☆での評価・応援、よろしくお願いします!