第7話 ドアマット幼女と取り調べ官 その弍
グリーンウッド家の爵位を『子爵』から『伯爵』へとランクアップしました。投稿済みの当該文言は差し替え済みです。行き当たりばったりで申し訳ありません(つД`)ノ
皆さま、こんにちは
エルシャ・グリーンウッド六歳。
ただいま、聞き取り調査の真っ最中です。
『子供は親に属している』『家庭内のことを犯罪とするのは難しい』『教育方針や躾だと言われたら司法は口を出せない』
取り調べ官のエバンスさんが言いました。
走馬灯が見せた知識にも、同じようなものがありました。あんなにも進んだ文明を持つ世界でさえ、子供の人権が認められてから百年程度だったのです。
空を飛ぶ乗り物が発明されても、遠くの人と話せる道具が普及しても……。子供が親の『持ち物』だったのは、そう昔のことではないのです。
「お父上からあなたを、邸に戻すよう要請が来ています」
エバンスさんの言葉を聞いて、頭が真っ白になりました。キーンと耳鳴りが聞こえます。
「母上と姉君には、言って聞かせて下さったようですよ。以前のようなことはないと約束してくれました。元々、お父上はあなたに手を上げたりはしなかったのでしょう?」
どうやらエバンスさんは、後妻とその娘の暴力があったのは事実だと認めているようです。食事を満足にもらえない状況にあったことも。
だってお医者さまの診断書には、身体中のアザとみみず腫れの出来た理由が書いてあったのです。深刻な栄養失調だと書いてあったのです。
それでもなお、エバンスさんはわたしに、邸に戻れと言うのでしょうか。
「父はわたしを叩きませんでしたが、あの人はわたしが生きていて欲しいとも思っていません」
そもそも父は、わたしをどうしたいのでしょう。何か理由があって嫌いなのなら、連れ戻そうするのは何故なのでしょう。
後妻やその娘の折檻がはじまると、父はしばらくは見ていますが、そのうちにうんざりした表情を浮かべて席を外してしまうのです。
庇うことも止めることも一度もありませんでしたが、わたしが暴力を振るわれているのを見るのも不快だといった様子でした。
それは、どんな心理なのでしょう。
『自分は直接手を下したくはない』。けれど、わたしがまともな貴族の娘として成長しては、都合の悪いことがあるのではないでしょうか。
「あなたは伯爵家の総領娘なのですから、家と爵位を継ぐ義務と権利があるのですよ」
考え込んでいたわたしに、エバンスさんが言いました。
「食事も満足に与えられずに、メイドの仕事を押し付けられて、ムチで叩かれる人のことを『総領娘』と呼ぶのですか?」
「待遇は改善するとお父上が言っていますから……」
エバンスさんの視線が揺れました。わたしの嫌味は通じたようです。本当は彼も父のそんな言葉を信じていないのかも知れません。
ちなみに『総領娘』は長女のことです。
「わたしが帰りたくないと言った場合は、どうなりますか?」
「今回の事案の取り調べが終わった段階で、お父上の要請を拒否するのは難しくなります」
「なぜですか?」
「お父上に虐待の事実がなく、あなたがお父上の実の娘であり、お父上が貴族だからです」
ネグレクト(育児放棄)のような考え方は、この世界にはないようです。それどころか、親が当たり前のように、子供の生殺与奪の権利を握っている。
走馬灯の知識の中に『口減し』という言葉がありました。貧しい農家の娘は遊郭に売られたり、子守り奉公に出されたりしたようです。
『遊郭』の詳細はわかりませんでした。その部分の知識には『18禁』と書いたバッテンがついていて見えなかったのです。
「役所や警ら隊の強制力は、高位の貴族に対してそう強いものではないんですよ」
わたしが黙っていたことで、エバンスさんがまるで愚痴のように言いました。
「エバンスさん、わたしのグリーンウッド邸での生活や虐待の詳細は、後日書面にしてお渡しします」
わたしは母様が生きていた頃に、ひと通りの文字は習得済みです。そして記憶力は走馬灯を見たあの日から、とてもクリアになりました。
後妻に『全部おぼえている』と言ったのは、ハッタリではないのです。日付を含めて、時系列に全てを書き記すことが出来ます。
なによりわたしは、エバンスさんを信用し切れないのです。わたしの証言を正しく文字にしてくれないなら、自分で書いた方が良いと思ってしまいました。
それに、そうすればエバンスさんの仕事が減りますよね?
「エバンス取り調べ官。そのかわりにお願いがあります。母方の祖父母に連絡を取ってもらえませんか? 西の辺境で隠居しているはずです」
『陽だまりのエルシャ』の物語はエルシャが十五歳になった夏のある日に、グリーンウッド邸に祖父母が訪ねて来るシーンから始まるのです。
顔も知らない祖父母ではありますが、父親のこと、亡くなった母様のことを何か知っているかも知れません。多少ならば捜査の終了を引き延ばすことも可能でしょう。
「わかりました。では、そのように進めて参りましょう。本日はこのへんで」
エバンスさんは片眼鏡を上げながら、忙しそうに帰って行きました。
味方ではないかも知れない。けれど敵でもない。お役人様とはそういう人種なのかも知れません。
エルシャ六歳。ひとつ世間を知って、少し大人になった気がします。
読んで頂きありがとうございます。
エバンスさん、なかなか優秀な取り調べ官なのでキリキリ仕事をしてくれます。胃痛持ちですが。
『第7話 ドアマット幼女の就職相談』は、明日の19:10投稿です。楽しみだと思ってくれた方、ブクマや☆での評価と応援、よろしくお願いします!
※犯罪に対する警ら隊と役所の組織運営や権限、法律などは全てはなまるのオリジナルです。さらっと読んで下さると助かります!