第41話 ドアマット幼女と夜行列車
さあ、あの男が……( ´∀`)
皆さま、こんばんは。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
蒸気船が低く長い汽笛を響かせながら、その大きな身体を桟橋へと寄せていきます。
「やっと着いたなー! 雨ばっかりで退屈だったよ」
ピートくんが、大きく伸びをしながら言いました。わたしはマスコット作りが捗ったので、悪くない船旅でした。
雨が上がった午後に、水平線に架かる虹も見られましたしね!
ヘンリーは早く降りたくて、うずうずしています。わたしたちは揃って人波に押されて、タラップを渡りました。
夕暮れの港は、ごった返していました。家路を急ぐ人、夜の街へ繰り出す人。足早に歩く人々の背中が、茜色に染まっています。
人々のざわめきが、まるで大きな生き物の唸り声みたいです。
ふと顔を上げました。途切れた雑踏の向こう側です。
視界の先……、桟橋のたもとにあるベンチから、ゆっくりと立ち上がる人がいました。逆光なので、眩しくてよく見えません。
その人の足元からは、長い長い影が伸びています。
夕陽を背にして浮かび上がる、金色のシルエット……。その揺るがない立ち姿に、懐かしさが込み上げました。
「あれ、隊長じゃない?」
ピートくんの言葉を聞く前に、わたしは走り出していました。
「わふっ!」
ヘンリーが、“なになに、競争?”と、わたしを追って走ります。
まさか、迎えに来てくれるなんて、思ってもいませんでした。こんな嬉しいサプライズ、心臓に悪いです!
「ダグラスさん!」
もう我慢出来ません。ぴょんと飛んで抱きつきました。
「ただいま帰りました!」
「ああ。おかえり、エルシャ」
ダグラスさんは、わたしをまた、ビューンと一周回してポンと着地させてくれました。ふふ! わたし、これ大好きです!
「おおい、エルシャ。置いて行くなよー」
ピートくんが走って来ます。ヘンリーはわたしとダグラスさんの周りを、ぐるぐる回っています。
「隊長、ただいま戻りました!」
ピッと敬礼するピートくんが、すっかり警ら隊員の顔になっています。
「ああ。ご苦労だった。報告事項は?」
「はい、おおむね順調でした。山道で熊に遭遇しましたが、ヘンリーが撃退しました。他に特項・危険案件はありません! 隊長、幼女を抱っこしたままじゃ、締まりませんよ!」
「俺は、今日は非番だからな」
「僕ももう、退勤時間ですよー。腹減りました」
「そうか。何か食いに行くか」
「はい!」
わたしとピートくんの返事が重なります。
「ダグラスさん、ヘンリーです! 会ったこと、ありましたっけ? ヘンリー、ダグラスさんですよ」
ヘンリーがダグラスさんを見上げて、ピシッとお座りしました。あれ? におい嗅いだりしないんですか?
「わふっ!」
一声吠えて、ペタンと伏せをしました。
“ボス! 強いボス! 格好いい! ぼくのこと覚えてる? エルシャちゃんとぼくも群れに入れて!”
ボス……ダグラスさんのこと? 群れは警ら隊のことですかね? ふふ。いいですね! わたしも群れに入れて欲しいです!
「牧場で何度か見かけたが……幼さが抜けて、いい面構えになったな。肉の締まりもいい。うん、我慢強くて自制心もある」
ダグラスさんが座り込んで、ヘンリーの肩や背中を撫でながら言いました。
「ヘンリーは、氷の国でソリを引く犬なんです。辺境で、救助犬の修行もしました」
「そうか。よろしく頼む」
真面目な顔で挨拶してくれました。ヘンリーは大喜びです。よっぽど嬉しかったんでしょうね。“アォーーーーーン!”と遠吠えまでしていました。
周りの人がみんな振り返ったので、ちょっと恥ずかしかったです。
* * *
「夜行列車の時間まで三十分くらいだから、店には入れないな。屋台でいいか? 色々買って汽車の中で食おう」
「夜行列車? そんなのあるんですか」
「ああ、寝台列車とも言うな。明日の朝には王都に着く」
「ヒュー! 隊長、奮発しましたね!」
ピートくん、口笛、鳴ってませんよ。
「ピートは貨物列車で行くか?」
「ひでぇ! ぼくも夜行ははじめてです。楽しみだ!」
ピートくんは打たれ強いですね。警ら隊の皆さんに可愛がられるの、わかります。
屋台で新玉ねぎのスープとフィッシュ&チップスを山ほど、パン屋さんでトマトのたっぷり入ったバゲットサンドを買いました。もう時間ギリギリです。
急いで駅に向かいます。
夜行列車はもう到着していました。ホームに駆け込むと、“ジリリリリリン!”と発車のベルが鳴り響き、シュポーっと汽笛も鳴りました。
「急げ!」
ダグラスさんがわたしを抱き上げ、そのまま全員が全力疾走で飛び乗りました。
「ふー、間に合った……」
汽車はすぐに走り出しました。シュッシュッと吹き上がる蒸気とスピードに、ヘンリーが目を白黒させています。
個室へ向かいながら、“エルシャちゃん、こいつ、すごく息が荒かったけど、大丈夫かな? ぼくたちが中に入ったから?”と言っていました。
息が荒いって、蒸気の音のことですかね? 『こいつ』って汽車のこと?
ヘンリーは汽車の体調を心配しているみたいです。純粋で無垢なヘンリーが愛おしくなりました。
それから寝台付きの個室へ入り、買って来たものを食べました。
「前歯が二本抜けました。ほら。でも、もう半分くらい生えて来たんです」
あー、と口を開けて見せると「うん、大人の歯だな」と、目を細めていました。
たくさん食べて、たくさんお話をしました。
「そうか、いい経験をしたな」
「はい。悲しいこともあったけど、たくさんのものを、もらいました」
「そうか……」
ダグラスさんが、わたしの頭に手をあてて、温めるようにそっと撫でてくれます。
「えへへ……」
少しだけ涙の膜が張りました。でも、もう泣きません。もらったのは悲しみじゃありませんからね!
「わぁー、真っ暗ですね!」
少し話題を逸らしたくて、窓の外を眺めて、なるべく明るい声を出しました。
「もう都市部を抜けてしまったからな。朝まで何も見えないぞ」
暗い車窓は、鏡みたいです。ピートくんが二段ベッドの上の段で、ヘンリーと戯れているのが映っています。
明日……。詰所の皆さんに会えるのがとっても楽しみです。
でも、詰所に着いたら……。きっとわたしは知ることになる。
牧場の家で、ダグラスさんが調べていたこと、王都でエバンスさんが調べてくれたこと。全部話してもらう約束です。
暗闇を、夜行列車は進みます。前照灯が行く手を明るく照らしています。線路は一本道ですが、わたしの行く道には選ばなければならない分岐がいくつかある。
けれどわたしにも、行く手を照らしてくれる前照灯はあるのです。大切な人が、掲げてくれる頼もしい明かりです。
だから、思う通りにやってみようと思います。
夜行列車は夜明けと共に、王都の駅に到着します。
読んで頂きありがとうございます。いよいよ王都に到着します。
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