第40話 ドアマット幼女と救助犬ヘンリー
誤字報告、ありがとうございます!
皆さま、こんにちは。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
本日は晴天なり。早春の旅路は爽やかに順調で、乗り合い馬車は軽快に山道を進んでいます。
ピートくんは、隣で居眠りです。時々、頭がカックンとなったり、足がビクッと動いたりして面白いです。どんな夢を見ているのでしょうね。
ヘンリーはわたしの足元に寝そべっています。いい機会なので、ヘンリーの新装備について説明しますね!
まずは『救助犬ハーネス』です。
これはトーマスおじ様が作ってくれました。ピカピカの革製で背中と前足に固定してあります。背中にリードを取り付ける金具付きで、今はリードを付けています。
馬車に乗り込んだ時はびっくりしている乗客もいましたが、荷物置き場に紛れ込んでいたヘビを退治して、盛大な拍手を頂きました。
続いて『救助犬バッグ』。
これはソフィアさんが作ってくれました。ハーネスの胸当て部分に取り付けるバッグです。わたしの肩掛けカバンと同じデザインです。お揃いです!
中身は、トーマスおじ様とベックさんが用意してくれました。
「これは気付け用のお酒。救助の対象が子供だった場合は、唇を湿らせる程度ですよ」
「わふっ!」
「これは湿布と傷薬、それとわたしの作ったニンジン飴」
「わふっ!」
「これは緊急時に、場所を知らせる花火とマッチです。赤い煙が出るから、昼でも使えるんですよ」
「わふっ!」
あなたは……。返事がとても良いですね。良すぎて、かえって心配になります……。
それでも、ヘンリーのキリリとしたお顔に、ハーネスがとても似合っています。
ピートくんも、『格好いいなぁ! 警ら隊に正式入隊して欲しいよ』と言っていました。そうでしょう、そうでしょう! えっへんです!
さて、ヘンリーの装備の説明も終わったので、わたしは作業に入ります。
何の作業かというと、王都の皆さんへのプレゼントを作るのです。材料は、うちの羊さんたちの羊毛フェルト。これで綿入れのマスコットを作ります。
警ら隊の皆さんには、星のマークの入った長帽子を。ハドソン先生には診察カバン、エバンスさんにはいつも被っている、シルクハットが良いですかね?
おばあ様に簡単なステッチを教えてもらったので、少しの刺繍も入れましょうかね! 先は長いので、のんびり作ります。
作業に集中していると、ヘンリーが首を伸ばして空気の臭いを嗅いでいます。
「どうしました? ヘンリー」
『グルルル』と小さく唸り声を上げました。
えっ、熊さんですか? 親子連れ? どうしましょう!
「わうっ!」
追い払う? わかりました。無理せず、安全第一ですよ!
「御者さん、ヘンリーが唸っているので、この先に危険な動物がいるかも知れません。一旦止まってもらっていいですか?」
「えっ、冬眠明けの熊でもいるのか?」
御者さんが馬車を停止させます。
リードを外すと、ヘンリーはすぐに馬車から飛び出して行きました。
「えっ、熊? エルシャ、僕の後ろに隠れて!」
ピートくんが飛び起きて言いました。ちょっとまだ寝ぼけているみたいです。
しばらくすると、山道を横切るように親子連れの熊が現れました。乗客の皆さんが小さく悲鳴を上げます。
ピートくんが、人差し指を唇に当てて静かにと指示を出しています。叫び声は熊を興奮させてしまうこともあるのです。
「大丈夫です。ヘンリーはとても強いです。いざとなったら僕も戦います」
ピートくんが荷物から警棒を取り出して、緊張した顔で御者席へと移りました。入れ替わりで御者さんが馬車の中へと避難します。
ヘンリーは熊と一定の距離を取って、頭を低くして唸りながら威嚇しています。
“こっちへ来るな! 大人しく立ち去れ!”と言っています。
「わうっ! わうっ!」
ヘンリーが二回大きく吠えると、親熊は子熊を促すような仕草を見せてから、茂みを下って行きました。
馬車の中のあちこちから、大きなため息が聞こえました。
「た、助かった……」
「母ちゃん、こわかったよぉー」
ヘンリーは威嚇の姿勢のまま、しばらく唸り声を上げていましたが、やがて尻尾をピンと立てて馬車に乗り込んで来ました。
「す、すげぇ、ヘンリー……本当に追い払った……」
ピートくんが、ヘンリーを尊敬の目で見ています。
「ピートくんも、頼れる警ら隊員でしたよ。二人とも格好良かったです!」
「熊ってあんなに大きいんだな。向かって来なくて良かったよ……」
ようやく安心したらしく、ピートくんにも乗客の皆さんにも、笑顔が戻って来ました。
「さすが救助犬だな!」
「お利口なのね!」
「ありがとう、ヘンリー!」
口々に声をかけてくれます。ヘンリーはピシッとお座りして、尻尾をブンブン振っています。皆さんに褒められて嬉しそう。
「ふふ、頑張りましたね。立派でしたよ!」
そこからの道行きは、平和そのものでした。
辺境に向かった時は秋色に色づいていた山々が、今は透き通るような淡い緑色です。木漏れ日がピートくんの寝顔に、優しい影を落としています。
わたしも刺繍針を置いて、ほんの少し居眠りをすることにしました。
以前この山道で見たのは、胸が締め付けられるほどの悪夢でした。けれど、きっと、大丈夫。わたしは立ち向かうための準備は終えているのです。
目を閉じると、空と地面が溶けるように続く草原が見えました。隣にはヘンリーがいて、「わうっ!」と元気に吠えました。“エルシャちゃん、行こう!”と言っています。
わたしは「わう!」と答えて、走り出しました。揺れる草むらから、金色の光が漏れています。光はやがて集まって、まっすぐに伸びる一本の道になりました。
道は空へと続いています。
暖かい風が、髪を揺らし頬を撫でて通り過ぎてゆきます。わたしとヘンリーは、金色の道を、風を追いかけてどこまでも走りました。
いつか、空も飛べる……。そんな気がする夢でした。
読んで頂きありがとうございます。
皆さん、大事件です! コミックシーモアさんで、2/26に『屋根裏のエルシャ』がラノベの日間ランキング10位を頂きました! 応援してくれた皆さんのおかげです。本当にありがたいです!
ついこの間まで、なろうの底辺作者だったのに、ほんと信じられないですよ。これからも頑張りますので、よろしくお願いします!




