第38話 雪解けと共に
年明けから、何度も雪が降りました。
ヘンリーは救助犬の修行を終えて牧場へ帰って来ましたが、わたしはトーマスおじ様の家へ通い続けています。
わたしの指先は、ますます薬草臭くなり、ヘンリーは少し引き締まった顔でお山を眺めるようになりました。
そして今日――。
おばあ様が亡くなりました。
ソフィアさんが朝食を持って部屋を訪れた時、声をかけても目を覚まさなかったそうです。
眠りながら、苦しむことなく、静かに逝ったのだと、お医者さまが言っていました。
昨夜は寝る前に、久しぶりにたくさんお話しました。
* * *
「ほら、エルシャ。聞こえるかしら。あれは雪解けの音なのよ」
「川の……流れる音が、いつもより激しい……ですか?」
「そう。雪解けの水が川に流れ込んでいるの。ふふ。昼間も何か聞こえたんじゃない?」
「はい! ポタポタと屋根の雪から雫が落ちる音が聞こえました。もうすぐ、春なんですね」
「春になったら……。あなたも旅立ちなさい。自分がどうしたいか、答えを出して。エルシャが自由になるために。そのために、王都に戻るの」
――エルシャなら、できるわ。あなたは強くて、かしこいもの。私の、自慢の孫娘だもの。
おばあ様は、“あなた《《も》》旅立ちなさい”と……言いました。まるで、自分が旅立つことを知っていたみたいに。
「エルシャは……私の前でも、まだ遠慮しているわね。良い子でいないとって」
「あの……、ごめんなさい……」
わたしが謝ると、おばあ様は泣きそうな顔をしました。わたしは、また間違ってしまったのでしょうか。
「それは……エドワードとキャサリンのせいね……。まだ“自分が悪かった”と思っているの?」
「そうじゃないです。でも……もっと上手くやれたら、違ったのかなって……思います」
「ねぇ、エルシャ……。エルシャは、ヘンリーが『良い子』だから好きなの?」
「違い……ます。ヘンリーはイタズラもするし、言うこと聞かない時もあるけど……それでも大好きです」
「そう。それが普通なの。あの二人にとってエルシャは『都合の悪い子』だったの」
「都合……?」
「おいで、エルシャ」
ベッドの脇に膝をつくと、そっとわたしの背中を撫でてくれます。
少し戸惑いました。おばあ様はずっと、グリーンウッド邸の話をすることを避けていましたから。わたしも同じです。嫌なことを思い出さずに、楽しく暮らしたかった。
「エドワードは、正統な後継者であるあなたが邪魔だった。キャサリンは……アリッサにそっくりなあなたが、嫌だった……」
「そんなの……」
わたしのせいじゃない。
「そう。エルシャは何も悪くない。悪かったのは、私たち大人よ。弱くて……愚かで……あなたとアリッサに背負わせてしまった」
「おばあ様……」
「償いきれない罪を抱えた私だけど……あなたと過ごせて幸せだったわ。こんなに幸せだと、ヘンリーとアリッサに文句を言われちゃうわね」
「わたし……生まれて来て、良かったんですか?」
「もちろんよ。あなたは私への最高の贈り物だわ。生まれて来てくれて、ありがとう、エルシャ」
わたしの背中を撫でる、おばあ様の手は震えていました。後悔と、それでも逃げまいとする覚悟の震えでした。
「良い子じゃなくて……いいの?」
「そのままの、エルシャを愛しているわ。ソフィアも、ベックも、トーマスも……もちろん犬のヘンリーも。みんなエルシャが大好きよ。他にもいるでしょう?」
「はい……。王都で出会った人たちも、とてもよくしてくれました」
「だからね、エルシャ……。心のままに生きてゆきなさい。あなたなら、どこへでも行けるわ」
おばあ様の言葉は、三つ目の走馬灯のようでした。暖かく灯って、わたしの心の一番奥で凍り付いていた根雪を、溶かしてくれたのです。
* * *
教会の鐘が鳴ります。
お葬式は誰もが泣いていましたが、どこか明るい雰囲気がありました。それがとても、おばあ様らしいと思いました。
おばあ様は、おじい様の隣のお墓で眠りにつきました。
読んで頂きありがとうございます。
エルシャが飛び立つ準備が整いましたね。そして電子書籍の2巻発売準備も整いました(`_´)ゞ
なろうの連載も電子書籍も、両方応援して下さると、作者のエンジンがフル稼働します・:*+.\(( °ω° ))/.:+
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