第32話 ドアマット幼女とホットワイン
牧場に帰って来たわたしとヘンリーは、目を真っ赤に泣き腫らしたソフィアさんに迎えられました。
「お嬢様! 良かった! ご無事で……!」
「あ、あの、わたし、置き手紙を……」
ボロボロと涙をこぼすソフィアさんに、ギュウギュウに抱きしめられました。
「あなたに何かあったらと、どれだけ心配したか……! 寿命が三十年、ち、縮んで……!」
それ以上、言葉を続けられない様子のソフィアさんに、『ヘンリーも一緒だったから』とか、『初雪草を見つけたんです!』なんて、とても言える雰囲気ではありません。
「ご、ごめんなさい……」
正直言って、そんな大事だとは、全然思っていませんでした。
「あの、……ベックさんは……?」
ソフィアさんが、これほど大騒ぎなのにベックさんが姿を見せないことに違和感がありました。
「夫は、村の青年団と、山に捜索に入りました」
「えっ、雪が降っているのに……」
「“雪が降っているから”でございます!」
「ど、どうしましょう……」
「どうもこうも……! お嬢様はお風呂で温まって、暖かい食事を召し上がって下さい! 私は村に知らせに行って来ます!」
ヘンリーが尻尾をしょぼんとさせて、「クゥー」と鳴きました。“ぼ、ぼくが、村に知らせに行こうか?”と言っています。
「ヘンリーは! お嬢様が無茶をしないように、見張っていなさい!」
「わふっ!」
しっかりお座りをして、お返事してます。背筋がしゃんと伸びてますが、目がちょっと泳いでいますね。
ソフィアさんは素晴らしい手際でお風呂と食事の準備をして、荷馬車で村へと出かけて行きました。山へ入った捜索隊を呼び戻すためです。
わたしは素直にお風呂に入りました。捻挫した足は温めない方が良いらしいので、お行儀は悪いですがバスタブからニョッキリ出したままです。
ヘンリーはずっと、浴室のドアの前で座って見張っています。言いつけを守ってえらいです。
「斜面を転がり落ちたなんて、言わない方がいいですかね……」
きっと、また叱られてしまいます。でも、言わないと、後でもっと叱られる気がします。
ほかほかと温まるにつれて、自分の行動がどれだけ無茶だったのか、わかって来ました。
最初から最後まで、全てヘンリー任せだったのです。ヘンリーが気まぐれで、わたしをどこかに置き去りにしてしまったら、それでおしまいだったのです。
もちろんヘンリーは、そんなことはしませんでしたが、犬がそこまで考えてくれるとは、普通の大人は思わないのです。
きっとソフィアさんは、わたしが無事に帰って来たのは『奇跡』だと感じたのでしょう。捜索に向かったベックさんや村の人たちも、わたしが遭難していると考えているのです。
わたしはバスタブの中で、青くなってしまいました。
「わたし……なんてことを、してしまったのでしょう……」
都会育ちのドアマット幼女には、自然の脅威も、自分を心配してくれる大人のことも、現実感がありませんでした。
そもそも、大人の手を煩わせないのが『良い子』だと思っていたのです。自分で初雪草を見つけに行くのだから、えらいと褒められると思っていました。
居ても立っても居られなくなり、お風呂から上がりました。丁寧にタオルで拭いて、温かい寝巻きを着ます。毛糸のカーディガンも羽織りました。
風邪を引いたら、また心配させてしまいますから。心配ばかりさせる、困った子供になってしまう。
ソフィアさんが作ってくれたスープを飲んでから、赤々と燃える暖炉の前でヘンリーを抱きしめます。このあと、どうしたらいいのかわかりません。
一時間くらいして、ソフィアさんが戻って来ました。捜索隊を呼び戻す、お願いをして来たそうです。
「皆さん、山から直接こちらに戻られますからね。おもてなしの準備をしますよ」
そう言って、また素晴らしい手際で準備をはじめました。わたしもお手伝いしましたが、気まずいです。
しばらくすると、バタンと勢いよく玄関の扉が開きました。頭にも、肩にも雪を乗せたベックさんです。
「お嬢さま!」
「あの、ベックさん、わたし……」
「よくぞ、ご無事で……! 良かった!」
ベックさんにも、抱きしめられました。頭の上で、鼻水を啜る音が聞こえます。
「おーい、皆の衆、お嬢様は無事だ! 入って温まってくれ!」
「おー、良かった!」
「そうか! 良かったな!」
「ひー、寒い寒い」
皆さん、口々に言いながら入って来ました。全員が頭に雪を付けています。
玄関からは、冷たい風が吹き込んで来ます。外はすっかり日が暮れていました。本当に、なんて寒い……。こんな寒い中を、危険で暗い山道を……。
涙がポロポロ出ました。自分の行動がこんなにも大ごとになってしまって、怖かったのです。
「ご、ごべんば、ごめんなさい! わ、わたじ、みなしゃんに……」
涙と鼻水で、全然上手く喋れません。
「とんでもにゃい、ご、ごめいわきゅを……」
噛んでしまいました。ちゃんと謝りたいのに……!
「ああ、いいよいいよ! 無事だったんだ」
「そうだよ、お嬢ちゃん。しかし、よく無事だったな」
「良かった良かった!」
「さあさ、ホットワインを用意しましたよ。座って下さいな」
ソフィアさんが言い、皆さん『おお、ありがたいですな!』『ご相伴に預かります』と席に座りました。ところが一人のおじ様がわたしの方へ歩いて来ました。
「お嬢ちゃん。わしが、すぐに山に入らなかったせいで、無茶をさせたな。すまんかった」
あっ、狩人の方でしょうか。ベックさんが初雪ニンジンの依頼をした……。
「いいえ、いいえ! ぐすっ、おじ様は悪くありません。ひっく、考えなしで無茶をした、わたしが……」
わたしが悪いんです。
「う、うえっ、ごべんばはい!!!」
もはや自分でも何を言っているのか……伝わっている気がしません。
「エルシャ様、いいんですよ、もういいんです。無事に帰ってくれた! それだけで、いいんです!」
一番怒っていたように見えた、ソフィアさんが走って来て抱きしめてくれました。
「皆さま、ありがとうございます。寒い中、エルシャお嬢様のために捜索にご協力下さって、ありがとうございます。お食事の用意もありますから、どうかゆっくりして行って下さい」
「ありがとう、ごじゃいま、しゅ……」
隅っこで小さくなっていたヘンリーが来て、ペロペロと顔を舐めました。あっ、ダメです。鼻水が……!
「ヘンリーも、ありがとう。お嬢様を連れ帰ってくれて、本当に……!」
「わふん」
ヘンリーが、仲直り出来た? と聞いています。わたしは『わう』と答えました。
ソフィアさんに叱られるのは、後妻のキャサリンに罵倒されるのとは、まるで別物でした。
それが、ようやくわかりました。
港町からの山道で馬車を襲撃された時に、ダグラスさんにも叱られました。あの時も、全然わかっていなかった。
ドアマット幼女のわたしは、自分を大切にすることに意味があるなどと、思いもしなかったのです。
『あなたに何かあったらと、どれだけ心配したか……!』
ソフィアさんは言いました。
『エルシャ……もう、ああいうのは勘弁してくれ。心臓が止まるかと思った』
ダグラスさんが言いました。
わたしは、自分を大切にすることを覚えなくてはいけません。大好きな人の寿命を三十年縮めたり、心臓を止めてしまってはいけないのです。
ホットワインのシナモンが、ふわりと香りました。暖炉でオレンジ色の炎がパチパチと音を立てています。
わたしは今夜のことを、決して忘れないと、心に誓いました。
読んで頂きありがとうございます。
エルシャがヘンリーに乗って森を駆ける。本作を長編として書きはじめた直後から頭にあり、どうしても書きたかったシーンです。思ったとおり、とても良いです。会話するシーンも書いていてとても楽しいです。実際は生まれながらの猫派なんですけどね笑
さて、寒い日が続きます。皆さん風邪などひかぬよう、暖かくしてお休み下さいね。そして、☆や電子書籍をポチッとして頂くと、作者が良い夢を見られます( ´∀`)




