第25話 ドアマット幼女の告白
誤字報告、ありがとうございます。とても助かりますd( ̄  ̄)
皆さまこんにちは。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
到着初日から、ダグラスさんは忙しそうにしています。ソフィアさんと書類や手紙を確認したり、朝から馬に乗って出かけたり。
その間、わたしは何をしているかというと……。
ベックさんと牛さんのお乳を絞ったり、最後の葡萄の収穫を手伝ったりしています。おばあ様とも、毎日少しですがお話しています。
犬のヘンリーには、ヒヨコと戯れている時なら触れるようになりました。
わたしが、もふもふと背中や首周りを撫で回しても、鼻をピスピスと鳴らして大人しくしています。
立ち上がるとまだ少し怖いです。決してわたしが意気地なしだからではありません。ヘンリーはちょっと大き過ぎると思うのです。
でも、もうしばらくしたら慣れると思うので、そうしたら背中に乗ったりしてみたいです。
おばあ様は……。だんだん起きていられる時間が短くなって、お医者様が毎日往診に来るようになりました。
この家を訪れてから一週間。そろそろ決断しなくてはなりません。
おばあ様に『陽だまりのエルシャ』の全てと、わたしが物語から逃げ出してしまったこと……。そのせいで、おじい様とおばあ様の運命が変わってしまったかも知れないこと。
全てを、告白する。
それは辺境の地を目指して、旅立った朝に決めたことです。例え、馬車で見た悪夢のように責められたとしても、わたしにはそれを受け止める義務があります。
ソフィアさんにおばあ様と二人きりで、込み入った話をしたいことを伝えると、『午後の暖かい時間帯で、お昼寝の後ならば』と許可をもらえました。今日は比較的、おばあ様の具合が安定しているそうです。
午後のティータイム用のワゴンを押したソフィアさんと一緒に、おばあ様の部屋を訪れました。
「エルシャ、今日はいい陽気ね。冬が足踏みしてくれているみたいね」
日差しの中ベッドに身を起こすおばあ様は、やはり母様に似ています。母様もよくこんな風に、ベッドでわたしを迎えてくれました。鼻がツンとして、じわりと涙の幕が張ります。
「おばあ様、お話があります」
「あら、改まって……何かしら」
信じてもらえないかも知れない。けれど、わたしは六歳の幼女なので荒唐無稽なことを口にしたとしても『まあ、夢を見たのね』で済むことです。
そしておばあ様なら子供の夢の話にも、きっと最後まで付き合ってくれる。
わたしはあの日……走馬灯を見た経緯から、話をはじめました。
* * *
なぜ、逃げ出す決心が出来たのか。走馬灯が何を見せてくれたのか。
そして、『陽だまりのエルシャ』のこと。
「『陽だまりのエルシャ』の物語の中で、おじい様とおばあ様は、十五歳のエルシャとこの家で、幸せに暮らすんです。おばあ様とパンを焼いたり、おじい様と釣りをしたり……」
「まあ、素敵ね。夢みたい」
「それが、おじい様とおばあ様の、歩むべき未来の姿だった……。でも、わたしが変えてしまったんです。わたしが、自分の運命を受け入れれば、お二人は今も元気に、この家で、幸せに暮らしていたはずなんです。
「わたしが逃げ出したから、おじい様が死んでしまった! おばあ様も……!」
泣かずに話そうと決めたのに、ポロポロと涙が溢れました。
「私たちがこの家で、何も知らずに幸せに暮らしていた頃、『陽だまり』のエルシャはどうしていたの?」
しばらくの沈黙の後、おばあ様が静かに言いました、
「それは……たぶん、キャサリンに折檻されたり……メイドに仕事を押し付けられたり……」
「可愛いエルシャが、そんな目に遭っていたのに……。物語の中の私たちは、10年間も呑気に暮らしていたの? なんて事かしら! きっと死ぬほど後悔したでしょうね。私もエバンス取り調べ官からの手紙で、グリーンウッド邸の様子を知った時には、自分たちの愚かさで目の前が暗くなったもの」
プンプンと怒って見せるおばあ様は、何だか可愛らしいです。驚いて、涙が止まってしまいました。
けれどすぐに表情は消え、瞼を閉じてしまいます。
「私、“アリッサに会わす顔がない”とか、“伯爵家を没落させた私たちが口を出すべきじゃない”とか……。そんな下らないことで、一度も王都へ行かなかったことを、心の底から後悔したの」
閉じた瞼が微かに震えています。
「エルシャは何も悪くない。むしろ、勇気を出してとてもえらかったわ。胸を張るべきよ!」
目を開き胸を張って、おばあ様こそが得意そうです。
「それにねぇ、エルシャ。六歳の自分の孫に辛い想いをさせてまで自分が幸せでいたいだなんて、そんなことを思う年寄りはいないのよ」
そっと手を差し出された手が、わたしの頬の涙を拭ってくれました。
「もし私が、その『陽だまりのエルシャ』の物語に入ることが出来たら、今すぐローズとヘンリーのところへ行って引っ叩いてやるわ! 『この大馬鹿者! 逃げていないで、さっさと孫を助けに行きなさい!』って」
「でも、だって、おじい様が……おばあ様だって……」
「まあ、エルシャったら」
おばあ様の口元が、悪戯っぽく上がりました。
「知っているかしら? ヘンリーは子犬を助けて死んだの。あの人は自分の命を優先する決断が出来なかった。優しくて……弱い人なのよ。だからアリッサに会わす顔がないと逃げてしまったし、その罪の意識からは逃げることが出来なかった」
「おじい様が……」
「それで最後は『子犬を助けられた』って、満足して死んじゃったの。勝手な人よねぇ……」
おばあ様の表情は言葉とは裏腹に、とても穏やかで優しいです。おじい様への愛情が感じられます。
「わたしが身体を壊したのは、若い頃から偏食だったし運動も嫌いだったからよ。ヘンリーが死んで、気落ちしていたのも原因でしょうね」
『ほらね? エルシャには関係がないでしょう?』
「ヘンリーが死んだのも、私がもうすぐヘンリーの元へ行くのも、エルシャが物語を壊したからだなんて、そんなはずがないじゃない」
『運命なんてないの』
おばあ様の言葉は、ふわふわと歌うようで……。目を閉じたその顔は、どこか浮世離れして見えました。
「歩むべき未来なんて、ないのよエルシャ。あなたの物語も、私の物語も、壊れてなんかいない」
わたしは何も言えず、ただただ頷くばかりでした。
「あなたは誇りを持って『陽だまり』のエルシャとは、別の物語を紡いでゆきなさい」
おばあ様は、全てを信じてくれたわけでは、ないかも知れない。怖い夢を見て泣いている子供を、よしよしと背中を撫でてくれているだけかも知れない。
けれどその言葉は、わたしの心を驚くほど軽くしてくれました。
「おばあ様、わたし……おじい様にお会いしたかったの。おばあ様ともっとたくさん過ごしたかった!」
「あらあら……。じゃあ私も、少し頑張らないと。ヘンリーにもう少し待つように言っておくわ」
おばあ様が、わたしの手を握ってくれました。細い、血管の浮き出た腕が痛ましいです。けれど、温かい手です。膝に顔を寄せると、心臓の音が聞こえました。
規則正しいその音に混じって、静かな呼吸の響きも聞こえます。それを子守唄のように感じながら、瞼が下がっていきます。お昼寝をしなかったせいです。幼女の身体は持久力がなくて困ります。
「エルシャ、愛しい子……」
眠りに落ちる瞬間、おばあ様の優しい呟きが聞こえました。
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