第23話 ドアマット幼女と大きな犬
ダグラスさんがお仕事なので、その間牧場を見学することになりました。案内してくれるのは、ソフィアさんの旦那さまのベックさんです。おじい様亡き後、家業の牧場と果樹園を取り仕切ってくれている方です。
小さい牧場と聞いていましたが、乳牛と羊毛用の羊、養鶏も手がけているそうです。馬に関しては、完全におじい様の趣味。そういえば、『陽だまりのエルシャ』の中のおじい様は、馬と釣りをこよなく愛する人でした。
おじい様のことを考えると、馬車で見た悪夢を思い出して胸がチクチクと痛みます。この気持ちを、心のどこに置いたら良いのかわからないのです。おばあ様に全てを告白したら、置き場所が決まるのでしょうか。
仔馬は思ったよりもずっと小さくて、まだ産毛が抜けていないので、ふわふわです。母馬から片時も離れず、トテトテと着いて歩いています。歩くリズムに合わせて、鬣が頭のてっぺんでほよほよと揺れています。
少しだけ触らせてもらいましたが、母馬にムヒヒーンと歯を剥いて怒られてしまいました。
「あの子は人間でいうと何歳くらいなんですか?」
「馬は生まれて1年が過ぎるとだいたい六歳と言われておりますから、ええと、今は1歳半くらいですね」
「まだ赤ちゃんなのね。わたしの方が、だいぶお姉さんだわ」
「ふふ、そうですね」
わたしの周囲は大人ばかりなので嬉しくなって、ついつい子供っぽいことを言ってしまいました。微笑ましいという視線を向けられて、ちょっと恥ずかしいです。
馬場は広く、風通しが良いです。森の向こうに見える山脈の上の方は白く色づいています。
「お山はもう、雪が降っているのですね」
「そろそろ紅葉も終わりです。動物たちも冬支度に忙しいでしょう」
「動物も冬支度をするのですか?」
「ええ、冬眠の準備ですよ。秋の実りをたくさん食べて春まで眠るのです。山も森も湖も雪に閉ざされます」
あたたかい巣穴で身を寄せながら、家族で丸くなるのでしょうか。それはとても幸せな光景に思えます。
「さ、あちらには、生まれたばかりのヒヨコもおりますよ」
ベックさんに促されて、ニワトリ小屋へと移動しました。
小屋の前でベックさんが立ち止まり、「おやおや」と言いました。
「お前、また来ているのか」
誰かが小屋にいるようです。近所の人でしょうか?
ひょいとベックさんの脇からのぞいてみると、そこにはびっくりするほど大きな、ムクムクした動物が寝そべっていました。
「えっ、オオカミ? ベックさん! ヒヨコさんが食べられちゃう!」
「はは! 大丈夫ですよ。こいつは犬だし、ヒヨコは食べません」
よく見ると、頭に2匹、背中に4匹、ヒヨコを乗せています。
「大きなナリをしていますが、とても優しいやつです。小さくて可愛いものが好きなんですよ」
頭から黒い毛皮を被ったみたいな毛色です。顔とお腹は白く、尻尾はフサフサです。
「め、目の周りが黒くて、すごく凛々しいお顔ですね」
凛々しいを通り越して、ちょっと怖いです。こんな大きな犬は、見たことがありません。
「オオカミと近いとも言われとりますが、雪国ではソリを引く、力持ちで賢い犬種です」
ピヨピヨと鳴くヒヨコが落ちないように、頭を低く下げてじっとしています。ずっと見ていたら、何だか可笑しくなって笑ってしまいました。
「ふふふ! あんなに怖い顔なのに、ヒヨコをたくさん乗せて……! ふふ!」
「はい、絵本みたいな光景ですよね」
「何という名前ですか?」
「……ヘンリーですよ」
「ヘンリー……。おじい様の……」
おじい様の名前……。また胸がズキリと痛みました。
「こいつは旦那様が、命で守った犬です。だからこんなにも優しいんでしょうね」
「……いのち、で?」
「二年前……北の湖の氷がまだ薄い、冬のはじめの頃でした。旦那様と散歩に出かけた、まだ子犬だったこいつが……はしゃいでしまったんでしょうなぁ。湖の上へと駆け出してしまって……。案の定、氷が割れてしまい、湖に落ちたそうです。旦那様は助けようとして一緒に落ちたらしく……。村人たちと私が駆けつけた時、旦那様はこいつ抱えたまま、氷の上で倒れていました」
ヘンリーが小さく、クゥーンと鳴きました。まるでその時のことを思い出しているようです。
「おじい様は……?」
「元々、心臓が弱っておられましたから……。痛ましい事故でしたが、旦那様は『ヘマをしたなぁ。だが子犬は助かったなら半分は成功だろう?』と笑っていらしたとか。奥様も今ではこいつをとても可愛がっていますよ」
ベックさんの語るおじい様は、わたしの知っている『陽だまりのエルシャ』のおじい様、そのものです。
お人好しで、涙もろくて、エルシャを甘やかしてばかりの人……。
ヘンリーがパタパタと尻尾を振りました。ヒヨコが慌てて飛び降りましたが、すぐにまたよじ登っていきます。
おじい様がこの光景を守った。なんだか誇らしいような……世界中の全てが愛おしいような、訳のわからない……大きな気持ちになりました。
「おじい様に、お会いしたかったです……」
「……ええ。明日にでも、墓参りに行きましょう。ヘンリーも連れて。きっと喜びますよ」
読んで頂きありがとうございます。
ヘンリー(犬)は、ハスキー犬のイメージで書いてます。実際のハスキー犬よりもひとまわり大きく、身体能力も高い感じだと思って読んで頂けるとありがたいです。
明日も二話投稿します。よろしくお願いしますね。




