第22話 ドアマット幼女、祖母との邂逅
皆さまこんにちは。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
乗り合い馬車の終点の村で馬を借りて、おばあ様の家へ向かっています。ダグラスさんと二人乗りです。ちょうどお医者様が往診に向かうと聞いて、道案内がてらの同行をお願いしました。
お見舞いには果物か乳製品が良いと、走馬灯の知識で見た覚えがあります。ダグラスさんに提案してみたら、『祖母殿の家は、牧場と果樹園を営んでいるんだろう?』と言われました。
そうでした。両方とも家業なのです。悩んだ末にお花屋さんで、遅咲きの白いダリアの鉢植えを買いました。華やかでとてもきれいです。
馬の背中は思っていたよりも高く、鞍は硬いです。高い目線での景色は新鮮ですが、もうお尻が痛い……。
40分ほどポクポク行くと、果樹園と牧場が見えて来ました。その奥に木造の平屋があります。挿絵の通りの光景に、心臓がドクンと鳴りました。
一応、わたしとダグラスさんが訪れることは手紙で知らせてあります。たぶん、わたしたちよりは先に届いているはずです。
ダグラスさんがドアをノックし、出迎えてくれたのはエプロンをした五十代くらいの女性でした。
「王都の警ら隊、ダグラスです。グリーンウッド伯爵家について、話を聞きに来た。夫人はご在宅だろうか?」
「はい……、お待ちしておりました。遠いところから御足労さまです。どうぞ、お入り下さい」
女性は祖父母に長く仕えていた元メイドで、元庭師の夫と共に、おばあ様とこの家で暮らしているそうです。名前はソフィアさんです。
先にお医者様の往診を済ませてしまうことになり、わたしとダグラスさんは、応接室へと通されました。
「あなたがエルシャお嬢様ですね。奥様はずっとお嬢様を心待ちにしておられましたよ」
ソフィアさんが少し涙ぐんで言いました。わたしは胸がいっぱいになって、頷くことしか出来ません。その後も色々考えてしまって、ずっとお尻がそわそわしてしまいます。
「落ち着かないか?」
「はひ……」
素直に頷きましたが、変な返事になってしまいました。油断すると涙が出て来そうなのです。どうしても馬車で見た悪夢が頭から出て行ってくれないのです。
ダグラスさんが背中をさすってくれましたが、立ち上がってウロウロ歩き回りたい気持ちが収まりません。
しばらくするとお医者様が来ました。
「診察は終わりましたよ。面会では、あまり患者に負担をかけないように」
「こちらへどうぞ。奥様がお待ちです」
ソフィアさんの案内で、おばあ様の部屋を訪れます。
おばあ様は、ベッドに半身を起こしてわたしを迎えてくれました。
「エルシャ……? エルシャなの? なんて可愛い子……! アリッサにそっくりね」
おばあ様は真っ白なお髪を、三つ編みにして肩に垂らしています。顔色は悪いですが、お母様の面影があります。声もとても似ています。
涙ぐみ、両手を広げてくれています。飛び込んでも……良いのでしょうか。
後ろから、ダグラスさんが背中をトンッと押してくれました。もう我慢出来ません。わたしはおばあ様の元へ走り寄りました。
「会いたかったわ。こんな姿で恥ずかしいわ。それと……あなたが辛い想いをしている時に、何も出来ずにごめんなさい。でも良かった。今は笑っているのね?」
「おばあ様、わたしも、お会いしたかったです! 今は……はい、警ら隊に保護してもらって……あの、ダグラスさんです。わたしをグリーンウッド邸から助けてくれた人です」
「エルシャを救ってくれた、英雄さんなのね。私がお礼を言う資格はないかも知れないけど……でも、ありがとうございます。エルシャを連れて来てくれたことにも、心から感謝致します」
「いえ……。お孫さんが声を上げたんです。勇気のある強い子です」
その後も、少しだけお話し出来ました。警ら隊の詰所での生活や、旅の間の出来事を話しました。港町で買った、貝細工のお土産も渡しました。とても喜んでくれました。
馬車での悪夢が、石鹸の泡のようにシュワシュワと消えていきます。おばあ様の顔には暗い影ではなく、柔らかな陽射しがさしています。
「あの、そろそろ……。奥様が疲れてしまいますから。奥様、少しお休み下さいな。お客様は、私が丁重におもてなし致しますから」
ソフィアさんが今度は、客間に案内してくれました。おばあ様は少しお昼寝するそうです。
「お二人の、予定をお聞きしてもよろしいですか? 奥様からは、ずっといて欲しいと申し使っております」
わたしは思わずダグラスさんを仰ぎ見ました。
わたしは予定どころか、今後の人生すら定かではない幼女です。何なら住所不定、無職です。でもダグラスさんは王都でお仕事がありますし……。
「手紙でもお知らせしましたが……。今回は捜査で来たので、俺はそれが終わったら王都へ帰ります。エルシャは、どうしたい?」
「えっ、」
急に話を振られてしまい、すぐには答えられません。何となくこの旅でのわたしは、ダグラスさんの付属品だと思っていたようです。
けれど、好都合かも知れません。わたしがこのままずっと、この家でお世話になれるならば、ダグラスさんや王都の警ら隊の皆さんとは関わらないでいられる。
おばあ様はわたしを受け入れてくれましたが、わたしが物語を壊してしまったのは事実なのです。わたしとは関わらずにいた方が、幸せに暮らせるのかも知れません。
わたしが何も言えずにいると、ダグラスさんが『エルシャに関しては、少し考えさせてあげて下さい』と言いました。
「わかりました。ではお二人とも、しばらく滞在ということで、準備させて頂きますね。それにしても……エドワード坊ちゃんがエルシャお嬢様に酷い仕打ちをしていたなんて……」
「坊ちゃん……父のことを昔から知っているんですか?」
「え、ええ、もちろん。エドワード坊ちゃんは分家の次男で、アリッサお嬢様の婿養子になった方ですから」
「父は婿養子だったんですね」
「ソフィアさん、その辺の事情に関して知っていることを話してもらえますか」
「はい……。実は奥さまから、捜査に協力するよう指示を受けております。私はグリーンウッド邸では家政婦長を務めておりました。何なりとお聞き下さい」
「エルシャ、すまないが席を外してくれるか? エルシャが知るべきタイミングが来たら、必ず全て説明するから」
「でも……」
あの夜と同じです。
たぶんダグラスさんは、わたしの心を心配してくれている。
「……わかりました。ダグラスさんの判断に任せます」
ダグラスさんが『今は知るべきでない』というのなら。そう、素直に思えました。
「ではエルシャお嬢様は、牧場や果樹園を見ていらしたらどうですか? 夫に案内させますわ」
すぐにソフィアさんの旦那さんが来てくれました。サスペンダーに中折れ帽子のふくよかな男性です。
「エルシャお嬢様、夏に生まれた仔馬がいますよ。果樹園のブドウも食べ頃です」
ううっ……! なかなかに魅力的な提案です。ここは……六歳の幼女らしく、釣られるべき場面ですよね?
「はい。では、ダグラスさん、行ってきますね」
わたしは二人を応接室に残して、男性……ベックさんに着いて行くことにしました。
読んで頂きありがとうございます。
しばらくは毎日更新します。これを機会にブクマや評価がまだの方、ポチッとよろしくお願いします。作者が小躍り致します・:*+.\(( °ω° ))/.:+
電子書籍もよろしくお願いしますね!




