第21話 ドアマット幼女と挿絵の悪夢
皆さまこんにちは。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
なだらかな登りの山道を、乗り合い馬車で進んでいます。パコパコと馬さんの平和な足音が木立に響きます。馬車の中は窓からの日差しで暖かく、乗客の皆さんも居眠りをしている方が多いです。
峠を越えたらふもとの街で一泊して、そこから三つの街を越えておばあ様の家へと辿り着く予定です。
おばあ様の家は、山と湖に囲まれた大きな森の入り口にあります。その地で小さな牧場と果樹園を経営しながら、ほとんど自給自足のような生活をしているのです。
でもこれは『陽だまりのエルシャ』の知識なので、実際はどうなのかは、行ってみないとわかりません。ただ、遠くに見えている景色には見覚えがあります。本の表紙や挿絵の背景に描かれていた、特徴のある双子の山脈……。
今更ながら、ここが本の中の世界なのだと思い知ります。
それは不思議な感覚でした。
初めておばあ様に会う期待と不安以外に、心が湧き立つような高揚感があるのです。走馬灯の知識と照らし合わせると、どうやら『聖地巡礼』をする人々と似通った感覚です。
あの山のふもとまで行ったら、エルシャに逢えるような気がするのです。陽だまりと呼ばれた、明るく幸せなエルシャに。
変ですよね。エルシャはわたしだし、あの日屋根裏部屋で『わたしはエルシャじゃなくていい』と、決別したのもわたし自身なのに。
複雑な感情を持て余しているうちに、眠くなってしまいました。隣を見るとダグラスさんも、こっくりこっくりとしています。
* * *
気がつくと、わたしは知らない部屋にいました。とても可愛らしい部屋です。
お花の刺繍のクッション、手作りの素朴なテーブル。窓にはレースのカーテンが揺れています。
いいえ……、知っています。
ここはエルシャの部屋。おじい様とおばあ様が、エルシャのために用意してくれた部屋です。
わたしではない、『陽だまり』の十五歳のエルシャの部屋。
『ようやく迎えられたわ! 私とヘンリーで毎年少しずつ揃えたのよ。気に入ってもらえたかしら?』
おばあ様が笑い、おじい様が少し涙ぐむ。そんなシーンがありました。
ベッドの上に、ウサギのぬいぐるみがあります。手に取ると柔らかく、細かい部分まで丁寧に作られています。
「手縫い……?」
「そうよ。可愛いでしょう?」
おばあ様です。部屋の入り口に立っています。
「はい、とても」
ぬいぐるみをギュッと抱きしめると、幸せな気持ちになりました。わたしのために作ったと言ってもらえた気がしたのです。抱きしめたら、離したくなくなってしまいました。
「……わたしがもらっても、いいですか?」
おばあ様は、ふふっと笑ってくれました。……でも、お顔が見えないのです。首から上に濃い影がさしていて。
「やっぱりあなたが奪ったのね。そうやって、わたしのエルシャから、全てを」
声は優しいのに……怒らせてしまったでしょうか。
「おばあ様……、あの、ぬいぐるみ、かわいくて、欲しくなってしまって……ごめんなさい」
わたしが近寄ろうとすると、冷たい声が響きました。
「違うわ。私はあなたの、おばあ様じゃない」
「えっ、」
「だって、あなたはエルシャじゃないもの」
おばあ様は、一冊の本を抱えています。表紙絵とタイトルが見えます。
『陽だまりのエルシャ』。
わたしは何か言おうとしますが、喉が詰まって声が出ません。
「ヘンリーがね、死んでしまったの……。私ももうじき死ぬ。……あなたのせいよね?」
抱いていたぬいぐるみの縫い目が、ほどけて中の綿がボロボロと手からこぼれてゆきます。
「あなたが、物語を壊してしまったから」
おばあ様の持っている本が開き、バタバタと風に煽られて千切れてゆきます。
「あなたが、世界を壊してしまったから」
おばあ様の身体が、色をなくして、灰のように崩れてゆきます。
「壊れた世界では、誰も幸せになれないわ」
部屋全体が、色をなくして、どんどん暗く、暗くなり……。
「ごめんなさい! ごめんなさい! おばあ様! おじい様!」
叫びは声になりません。
わたしは、うずくまって目を閉じました。
* * *
「ル……シャ……ルシャ、エルシャ!」
目を開けると、馬車の中でした。ダグラスさんが心配そうに、わたしの顔を覗き込んでいます。
「ダグ……ラス、さん……」
「うなされていた。大丈夫か?」
「こ、怖い夢、を……」
夢、だったのでしょうか。本当に? ただの夢だったの?
「どんな夢だったんだ? 人に話せば正夢にはならないと言うぞ。ほら、言ってみろ」
……言えません。ダグラスさんをこれ以上、わたしの事情に巻き込むことは出来ない。
『陽だまりのエルシャ』に、ダグラス・リードという登場人物はいないのです。警ら隊の皆さんも、ピートくんも、ハドソン先生も、エバンスさんも出て来ない。
夢の中のおばあ様が言った通り、わたしのせいで『誰も幸せになれない』のだとしたら……。
離れなければ……! ダグラスさんを……みんなを、物語に関係のない、『ただの通りすがりの人』に戻さないと……!
わたしのせいで、みんなが不幸になってしまう。
読んで頂きありがとうございます。
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