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電子書籍化決定《連載版》ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる


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第3話 ドアマット幼女と警ら隊 その壱




 皆さま、こんばんは。


 エルシャ・グリーンウッド、屋根裏部屋在住(六歳)です。


 深夜の寝静まった貴族街の端っこで、屋根裏部屋の窓から二時間ばかり声を限りに叫び続け、現在ヘロヘロな幼女です。


 どうやら警ら隊が夜明けを待たずに到着したようで、玄関で家令が対応しています。階下から怒鳴り声が止み、父親と後妻のヒソヒソと言い争う声だけが聞こえて来ます。


「ちょっと、どうするのよ! まさか警ら隊が来るなんて……!」


「しいっ! 大声を出すな! やり過ぎたのはお前だろう!」


「知らないわよ! あなただって何も言わなかったくせに。私が悪いんじゃないわ!」


 使用人や後妻の連れ子の声は聞こえません。先ほど父親が『余計なことは言うな。何も知らないと言え』と言い含めていたので、各自の部屋へと戻ったのでしょう。


 しばらくすると父親と後妻の声も聞こえなくなり、代わりに知らない男の人が呼びかけて来ました。


「聞こえるかい? 通報を受けて話を聞きに来た、警ら隊の者だ。まずは顔を見せて欲しい」


 優しそうな声ですが、本物でしょうか? 使用人の誰かが、騙しているのではないでしょうか?


 わたしが黙っていると、ミシリミシリと踏み台を登る音が聞こえて来ます。メイドやわたしが高いところを掃除する時に使っていた踏み台でしょう。


 先ほどまでは下男が、屋根裏部屋への入り口を塞ぐベッドや本棚を壊すために使っていました。打ち付けられる斧のバキバキガンガンという音に、生きた心地がしませんでした。


 ベッドに鉄骨が使われていたことで何とか持ちこたえていましたが、本当にギリギリだったと思います。


 壊れたベッドの隙間から下を覗くと、警ら隊の制服を着た声の主が見えました。ちゃんと長帽子を被った本物です。


「大丈夫かい? 失礼するよ」


 男の人が言い、ゆっくりとベッドと本棚がまとめて持ち上がりました。すごい力です。


「…………いま……てんか?」


 父親や後妻が階下にいるかどうか聞きたかったのですが、喉が枯れていて声になりませんでした。舌も上手く回りません。


 入り口に少しだけ隙間が出来て、階下から明かりが漏れて来ました。部屋の(ほこり)がキラキラと舞って見えます。


「この場にいるのは俺だけだよ。はちみつ飴を舐めるかい?」


 コトリと小さな音がしました。見ると、黄色の縞模様の包み紙の飴が置かれています。母様が生きていた頃には何度も舐めたことのある、子供に人気の飴です。


 包み紙を外して口に入れると、荒れた喉に染み入るようでした。飴など舐めるのは、ずいぶんと久しぶりのことです。


「……おい、し……です」


 コロコロと口の中で転がしていると、ようやく声が出るようになりました。


「良かった。上がってもいいかい?」


 少し迷いましたが、『はい』とこたえました。ここで(ひる)んでは、行動を起こした全てが無駄になってしまいます。


「ちょっと離れていて」


 ベッドと本棚が大きく横にずれて、銀色の星の付いた長帽子がニョッキリと顔を出しました。この帽子は警ら隊のトレードマークで、警ら隊のことを『長帽子』と呼ぶ人もいるほどです。


 手持ちのオイルランタンが入り口付近の床に置かれると、屋根裏部屋全体が明るくなりました。身の置き所に困るような、ようやく息が出来るような、複雑な気持ちになりました。


「エルシャくんだね?」


 男の人は両手をついてぐいっと身体を持ち上げると、床に腰を下ろすようにして言いました。大きな手のひらに似合う、筋肉をお持ちのようです。


「はい」


「君は……ここで暮らしているのかい?」


 男の人が、殺風景な屋根裏部屋を見まわしながら言いました。


「はい」


「こんな場所で……」


 男の人は長帽子を外してガシガシと頭を掻くと、しばらく黙り込んでしまいました。


 良かった……。子供を屋根裏部屋に閉じ込めるのは、この世界でも普通のことではないようです。


「俺は西区八番街警ら隊長のダグラス。君は……どうしたい?」


「この家を出たいです」


 今度は迷わずに言えました。亡くなった母様の気配すら消えたこの家の全てに、少しの未練もありません。


「とりあえず、ここから降りよう。……おいで、こっちだ」


 ダグラスさんは、両手を広げてわたしを呼びました。抱っこして階下へと降りようとしているのでしょう。


 その……手のひらを上にして両手を広げたポーズに、ついビクッと反応してしまいます。自然に頭と顔を庇ってうずくまってしまいます。


 わたしにとっての手のひらは、わたしを叩くものだったから。


「大丈夫、怖くないよ。君を叩いたりしない」


 痛ましそうな声に、自分の卑屈さが恥ずかしくなります。『叩かれるのはお前が悪いからだろう?』という後妻の言葉に、いつもわたしは『はい、そうです』と答えていたのです。


 そんなはずはないのに。


 込み上げる涙を呑み込んで立ち上がります。もう二度と、わたしはわたしを(おとし)めたりしない。


「わたしを連れて行って下さい。この家に、大切なものなどひとつもありません」


 ダグラスさんに抱えられて、わたしは屋根裏部屋を後にしました。






 読んで頂きありがとうございます。次の投稿は明日の19:10です。いよいよ後妻や父親との対決です。ツライ描写もありますが、大丈夫です! エルシャは負けません!

『エルシャがんばれ!』と思ってくれた方、ブクマや☆での評価と応援、よろしくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
貴族や平民がある時代なら、担当地区で警邏隊の出身も変わるとかあるんじゃないかな。 貴族の三男とか、言い方悪いけど余り物がやってるイメージある。 貴族出身がいないと仕事にならないかも
結局、この警邏隊の権限はどれ位なんだろ、一応は貴族の邸宅にも捜査出来る様だが。
 大きな手のひらは握手や支え労るのに使われるものでなく暴力の証との解釈、そして、大切なものは家にないと言い切る辺りから伝わるドアマット扱いの日々の深刻さ……。  自分かわいさ全開で責任のなすりつけあ…
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