第16話 ドアマット幼女と港町事件簿 その壱
すみません。予告と違うお話です。事件が起きてしまったものですから(つД`)ノ
皆さま、こんにちは。
エルシャ・グリーンウッド六歳です。
エヴァンジェリン号が、汽笛を響かせながら、静かにその船体を桟橋へと寄せてゆきます。
辺境の港町への到着です。
港に入ったら、途端に空気が変わるものなのですね。潮の香りが濃くなり、魚の匂いもします。そしてすごく賑やかです!
タラップを降りれば、三日ぶりの地面です。
あれ? 不思議ですね。まだ足元がユラユラと揺れている気がします。ふむふむ、三半規管ですか。なるほど。
ボーッとしたまま歩いていたら、ダグラスさんに肩を掴んで止められました。目の前を魚を積んだ荷馬車が、すごい勢いで通り過ぎて行きます。
「エルシャ、気をつけて。ボーッとしていたら怪我をする」
失敗です。すっかり気が緩んでいました。
わたしの肩に手を置いたまま、ダグラスさんが目を細めて周囲を見渡しています。なんだか、大きな犬が耳をそば立てて警戒しているみたいに見えますね。何か気になることがあるのでしょうか。
「この港町は、昔から治安が良くないんだ」
「こんなに活気があるのにですか?」
人々が元気に働いていて、スラム街のような荒んだ雰囲気はありません。
「港には船があるだろう? 足が付きにくい……犯罪の痕跡を追うのが難しいんだ。倉庫街は人気がないし、柄の悪い酒場も多い」
わたしにもわかるように説明してくれました。ダグラスさんは職業がら、犯罪の気配を感じるのかも知れませんね。
わたしが人の悪意に敏感なのと、似たようなものでしょうか?
乗り合い馬車の待ち合い室へ行って、発着時間を調べてみたら、午後の分はもう全て出発してしまった後でした。仕方ないので、今日は港近くの宿屋にお泊まりです。
「まだ日が暮れるまでには少し時間があります。少し町を見て歩きたいです。ダメですか?」
ダグラスさんは、うーんと渋っていましたが、頷いてくれました。
「先に宿屋にカバンは置いてからにしよう。それと、くれぐれも俺から離れないようにな」
念を押されてしまいました。カバンを置いて行くのは、スリやひったくりが多いからだそうです。
わたしの肩掛けカバンには、スリの人が喜ぶような物は、何も入っていないんですけどね。わたしにとっては宝物ですけど。
そうして出かけた町歩きは、楽しい思い出になるはずでした。
……けれど、事件は起きてしまったのです。
* * *
町は思っていたよりも、ずっと雑然としていました。前掛けをしたおじ様が、ダミ声で客寄せの声を上げていますし、店先で大きな魚を捌いていたり、まるでケンカのような様子で値段交渉をしている人がいたり。
道も狭く、店もごちゃごちゃと立ち並んでいて、これでは帰り道で迷ってしまいそうです。
ふと見ると、道端で座り込んで金槌で貝殻を砕いている男の子がいました。わたしよりもだいぶ年上に見えます。10歳くらいでしょうか。
「その貝殻、何に使うんですか?」
どうにも気になって、聞いてみました。
「小箱や家具に貼り付けて飾り模様にしたり、アクセサリーにする。俺は貝細工職人の見習いなんだ」
男の子は少し照れくさそうに教えてくれました。
「興味があるなら、あっちに親方の店があるから行ってみなよ」
そう言って、少し奥まった場所にある店を指差します。
「寄るか?」
ダグラスさんが聞いてくれました。全力で頷きます。おばあ様へのお土産が見つかるかも知れません。
お店の中は、虹色に光る不思議な細工物がきれいに並んでいました。大きな物はタンスや鏡、小さいのはわたしの手のひらよりも小さな物入れまで。
これは軟膏入れですかね? 蓋のお花模様が可愛らしいです。
アクセサリーもたくさんありますが、こちらはちょっと値が張ります。わたしも少しは物の値段がわかるようになったのです。
結局、悩んだ末に一番小さな軟膏入れを買うことにしました。ダグラスさんに預かってもらっていた、警ら隊の皆さんからもらったおこづかいを使います。
わたしの初めての買い物です! ほっこりと嬉しい気持ちです。
店を出て、見習いの男の子にお礼を言うと『こちらこそ!』と元気な返事が返って来ました。立派な職人さんになれると良いですね!
それからも、水桶の中を泳ぐ小さな青い魚を眺めたり、酸っぱい果物を味見させてもらったりと、とても楽しい時間を過ごしました。
空が夕焼け色に染まって、そろそろ宿に戻る時間です。夕闇の帳が降りるのといっしょに、わたしの目蓋も下がって来ました。
今日はお昼寝をしていないのです。幼女の身体は燃費が悪くて困ります。
歩きながら、うつらうつらとしていたら、ダグラスさんがおんぶしてくれました。
ずっと昔に。
こんな風に、大きな背中におぶわれて夕暮れの道を帰った気がします。
懐かしくて、少し寂しくなるような。そんな気持ちになりました。
このまま寝てしまうのは、とても贅沢だなと目を閉じようとしたその時。視界の端に衝撃的な光景が映りました。
小さな女の子が、キョロキョロと辺りを見回しているのは気づいていたのです。一人でいるには幼いなぁと思っていたのです。わたしよりも年下でしょう。
迷子かしらと視線を向けたその時、女の子に後ろから来た男の人が、頭から大きな麻袋を被せたのです。
男の人は、女の子をスッポリと麻袋に収めると、肩に担いで歩き出しました。女の子が袋の中で暴れています。
「ダグラスさん、あの人、女の子を袋に入れて連れて行っちゃいます! 悪い人ではないですか?」
ダグラスさんは、急いでわたしを地面に下ろしました。
「どっちに行った?」
「あの路地を入って行きました!」
「よし。俺はあの男を追うから、エルシャは宿に戻ってくれ。出来るな? 宿に戻ったら、決して部屋から出ないように。わかったか?」
ダグラスさんが早口で言いました。こんなにもわたしに、強い口調で話すダグラスさんは初めてです。宿まで、あと10メートルほど。幼女の足でもすぐの距離です。
「はい、わかりました」
わたしが応えるのと同時に、ダグラスさんは弾かれたように駆け出しました。速いです! 昼間、警戒するダグラスさんを『大きな犬みたいだ』思ったけれど、違います。
どんどん加速してゆくダグラスさんは、しなやかに風を切って走る、野生の狼のようです。
さあ、見惚れている場合ではありません。わたしも急いで宿屋へ戻らないと!
ダグラスさんの言葉は、命令というよりも『指令』です。わたしはダグラス隊長の部下……警ら隊の皆さんの仲間になったような気がして、気合が入ります。
わたしはピシッと警ら隊の敬礼をしてから、宿屋に向けて走り出しました。
読んで頂きありがとうございます。なかなかおばあ様の家へ着かなくてすみません!『第17話 ドアマット幼女と港町事件簿 その弐』は10/29の19:10に投稿します。続けて楽しんで頂けると幸いです。ブクマや☆での応援、よろしくお願い致します!




