謝恩SS ダグラスさんと割れたティーポット
謝恩SSゲリラ投稿企画第三弾です。これにて企画は終了ですが、続けて読んでいる方は、本編がぶつ切りになってしまい読みにくいかも知れません。先に本編を読んで、戻って来るのが良いかも知れません。
「隊長、どうやら特捜隊にいたらしいんだ」
「とくそう、たい……?」
「しかもエースだったんだってさ! すっごいよな!」
「すごいんですか?」
王都の警ら隊の精鋭ばかりが集まった、『特殊捜査部隊』……略して“特捜隊”。
「秘密事件や難解事件、巨大犯罪組織の捜査に挑む、エリート部隊なんだ!」
ピートくんが興奮して、早口で説明してくれました。
「ダグラスさんがエリート……。なんだかピンと来ませんね」
「そうかな? 隊長は頼れる、本物の男だよ!」
確かにダグラスさんは立派な隊長さんです。でも、エリートというと、イメージ的にはエバンスさんがピッタリ来ますね。ああ……でもこれは、走馬灯の知識による印象かも知れません。
「それが、なぜ、ダイハチに?」
“ダイハチ”は西区八番街警ら隊のことです。隊員の皆さんは、自分たちを『ダイハチ』と呼びます。わたしは隊員ではありませんが、格好いいので真似しています。
「そう、それ! 僕も気になって色々聞いてみたんだけど、誰も教えてくれないんだ」
エリート部隊のエースが、隊長とはいえ庶民の暮らす西区の担当に移動となれば、それはいわゆる“左遷”でしょう。皆さんの口が重くなるのも無理もないことです。
けれど、ダグラスさんがヘマをするのも、なんだか想像がつきません。
「ピートくん、何か事情があるんですよ、きっと」
人には触れられたくないことの、ひとつやふたつがあるものです。古い傷や壊れてしまった、大切なもの……。
そう言えば、ダグラスさんの趣味は“修理”です。
割れてしまったティーカップやお皿、弛んだドアの取っ手、ガタガタ言いはじめたテーブルの足。
夜勤の待機時間には、いつも何かしらを修理していますし、持ち込まれたり頼まれたりすると、薄っすらと嬉しそうにしています。
ある晩、ダグラスさんが割れたティーポットの修理をしていた時のことです。『うちのカミさんのたったひとつの嫁入り道具なんだ……』と、青い顔をした隊員から頼まれたのだそうです。
「楽しそうですね」
パテや接着剤、染料、小さい刃物やピンセット。
たくさんの道具を取り揃えて、丁寧に汚れを落とすところから始めたダグラスさんに、声をかけたことがありました。
「ああ、そうだな。細かい作業は好きなんだ」
「わたしも、ダグラスさんが作業をしているの、見るのが好きです」
「そうか」
夜の時間が、静かに流れてゆきます。壁掛け時計がボーンと一回鳴りました。
「隙間なく嵌ると気持ちいいんだ」
手元から目を離さずに、独語のように呟きます。手に持った、接着剤の臭いがツンと鼻を刺激します。
「ほら」
割れた箇所がわからないくらい、ピッタリと貼り合わさった陶器の破片を、ランプのオレンジ色の灯りにかざして見せてくれました。
「一度壊れたら、完全に元通りにはならないんだ。だが、丁寧に手を加えれば、また使える物もある。なくなった部品は似た物を探したりしてな」
――ピカピカに磨いて、傷を埋めて、色を塗り直して。
「そういった作業が好きなんだ。警ら隊より、修理工に向いているかも知れない」
ダグラスさんが珍しく饒舌です。低く静かな語り口が、ランプの灯りに良く似合います。時折り、コトリと道具を置く音さえも、どこか優しく響きます。
「人間は……難しいな。長い年月でも塞がらない傷もあるし……代替えになる部品が見つからないこともある」
わたしのことを言っているのでしょうか。それとも……自分のこと?
「だが、継ぎ目や塞ぎ目があるのも、悪くないだろう?」
ポットの蓋の継ぎ目を、そっと撫でながら言います。
「さ、出来たぞ。接着剤が乾くまで、触るなよ」
貼り合わせただけで、水洩れしないのでしょうか?
「エルシャはもう寝る時間だ。俺も交代だしな。ミルクを温めてやるから、もう寝なさい」
「はい、ダグラスさん。……あれで完成なんですか?」
「いや、まだだ。細かい傷や隙間をパテで埋めて、それが乾いたらヤスリをかけて、染料を塗って……」
そんなに手間をかけてもらえるティーポットが、なんだか羨ましいです。
わたしの傷も、ダグラスさんが持っているかも知れない傷も……。
それが乾いても、きっと消えない傷跡が残ります。
いつか、それが自分なのだと、思える日が来るのでしょうか。『傷跡があるのも悪くないだろう?』と言える日が来るのでしょうか。
ホットミルクは温かく、ダグラスさんがハチミツ飴を入れてくれたのでほんのり甘く、わたしを優しい眠りへと導いてくれました。
ある晩の……ダグラスさんの夜勤の日の、出来事です。
読んで頂きありがとうございます。SS三本勝負、楽しんで頂けたでしょうか。また、本編でお会い致しましょう!




