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電子書籍化決定《連載版》ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる


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謝恩SS 『陽だまりのエルシャ』を読んで

謝恩SSの第二弾ですが、少しヘビーな内容になってしまいました。時代設定が現在に近いので、虐待描写を生々しく感じる方がいるかも知れません。苦手な方のは読み飛ばして下さい。


語り手は、『走馬灯が見せてくれたあの人』の小学校時代の、隣のクラスの担任の先生です。



 夏休みが終わった新学期の初日。この日の児童はひたすらに騒がしい。久しぶりの友達にテンションが上がって盛り上がり、頼むから話を聞いてくれ状態になる。


 まぁ、それもなかなかに、微笑ましいんだけどな。


 提出された宿題を抱えて、職員室へと戻った。しばらくは宿題の採点や確認で忙しくなるな。夏休みの喧騒が収まるのは、まだ少し先の話だ。


 自席へと腰を下ろすと、隣の席で佐々木先生が、やけに真剣な表情で原稿用紙に視線を落としている。


「読書感想文ですか?」


 軽い気持ちで声をかける。児童の読書感想文は、時折り群を抜いて素晴らしいものや、ユニークなものがあるので、毎年楽しみにしている教師も多い。


「北川先生、これ……見て下さい」


 悲痛な表情で渡された原稿用紙は2枚とも、裏も表も小さな文字でびっしりと埋まっていた。


「おお、大作ですな!」


 少し病的だと感じたものの、意欲が前のめりで文字数制限をオーバーしてしまう児童は時々見かける。


『陽だまりのエルシャを読んで』


 タイトルだけは、きちんとマス目に収まっている。『陽だまりのエルシャ』は、夏休みの宿題である読書感想文の課題図書だ。




『陽だまりのエルシャ』を読んで


                 五年二組 森中 えりこ



『陽だまり』というのは、太陽の光が当たって、あたたかく心地よい場所のことらしい。私はこの本のタイトルを見た時、「エルシャという人は、すごく幸せなんだな」と思った。

 それとも『陽だまりのような人』という意味だろうか。明るく、あたたかい心を持つ女の子。

 またはエルシャと一緒にいると、陽だまりにいるように幸せな気持ちになる。そんなところだろう。


 そう思ってページをめくった。


 ところがエルシャはシンデレラみたいだった。鬼みたいなまま母と、意地悪な姉にいじめられていて、屋根うら部屋に住んでいる。



 

 そこまで読んで顔をあげた。


「いいですね。年齢相応に知的な文章だし、リズムもいい。森中は大人しいし、目立たないけれど……」


「違うんです」


「えっ?」


「この子自身が……虐待を受けているみたいで……」


『陽だまりのエルシャ』は幼い頃から虐待されていた主人公が、明るく前向きに努力して夢を叶える物語だ。


 児童図書らしく虐待は生々しく描かれてはおらず、森中の印象通り『シンデレラ』レベルの描写だ。物語の主な舞台は、主人公の祖父母に引き取られてからの自然豊かな辺境の地となる。


 森中は、祖父母がエルシャを迎えに来たことについて、『そんな都合の良いことが起こるのは、物語の中だけだ』と書いている。


 どうやら森中に暴力を振るっているのは、実の父親らしい。父親が仕事から戻り酒を呑みはじめると『いつもの地獄がはじまる』と……。


『エルシャは十年もがまんして、本当にすごいと思う。私はあと四年だ。エルシャの半分以下だ。だからがんばろうと思う。中学を卒業したら、弟を連れて家を出てアルバイトをして暮らす。それが私の目標であり、夢なのです』


「も、森中は弟が?」


「はい、三年一組に……」


「母親は……」


「亡くなっています……」


 原稿用紙に綴られている文章は、次第に感想文から離れてゆく。森中に課せられた小学生には重い家事負担。それが父親の満足するレベルでなかった場合の折檻。姉を庇う弟に振るわれる暴力。それを庇う姉……。食事に関する人間の尊厳を折る言動。


 目を覆うばかりの虐待が、そこにあった。


「校長に……、職員会議を……! いや、児童相談所に連絡して、保護してもらいましょう! もう森中を家に帰してはいけない」


 昼休みに森中と弟を呼び、面談を行なった。二人の身体は酷いものだった。そして、まだ残暑の残る今日も長袖の服を着ていた。



――二十年後。同窓会で森中に声を掛けられた。


「あの夏休みに、“陽だまりのエルシャ”を図書館で読んだんです。感想文は小学生の私の、一世一代の賭けだった。私は“エルシャ”と先生方に賭けたんですよ」


 私の勝ちでした。


 少し得意そう言った彼女は、健やかに笑う大人の女性だった。


「あの感想文は強烈だったよ。今でも覚えている。“あとたった四年だ。エルシャのように生き抜いて、弟と二人で父親を捨ててやる”」


「あはは! 弟も私も結婚して、子供を持てました。色々ありますが、父のような親にはならずに済んでいます」


「そうか……。良かった」


 心から、そう思う。


 久しぶりに『陽だまりのエルシャ』を読んでみようか。確か娘の本棚にあったはずだ。


 陽だまりの中を去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、ふとそんなことを思った。





 

旧姓森中えりこさん、三十一歳。虐待サバイバーです。弟と二人、養護施設で育ち、今は結婚して二児の母。父親とは没交渉。

本作のエルシャは走馬灯の頑張りにより、この人の記憶と知識を得ていますが、意外にR18指定のバッテン規制が厳しくて、大人のアレコレや彼女の虐待の様子などは垣間見てはいないようです。


読んで頂きありがとうございます。また、本編でお会い致しましょう!



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― 新着の感想 ―
走馬灯の原点が、こんなところに……。  この人の読書感想文に見せかけた虐待被害通報(?)は、エルシャの窓でのsosに通ずるものはありますが、好機が来るまで耐え忍ぶばかりでなく自ら手を伸ばす苦闘者・手を…
転生、てわけではないのですかね。 森中さんが、この話(作中の書籍のものではない方の)のエルシャの様子を(何らかの手段・事情で)見て、どんな感想を持つかも興味深いかと思いました。
走馬灯さんの記憶や知識を得ていても、エルシャはあくまで元の主人公本人であり、入れ替わった訳では無いということでしょうか。 『陽だまりのエルシャ』の感想文に、思い切って虐待の事実を書いた走馬灯さんは、…
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