第14話 ドアマット幼女と蒸気船の旅 その弍
《お知らせ》謝恩SSゲリラ投稿の第一弾『謝恩SS 僕はピート』投稿済みです。第二弾は、10/20〜10/22のどこかで投稿します。両方とも完全に独立したお話なので、本編を続けて読みたい方は飛ばして下さいね! でも……後からでも読んでくれると嬉しいです。
《ダグラス視点》
昼寝から起きたエルシャは、いそいそと身支度をはじめた。
ハンカチを2枚繋げ、それをカチューシャ代わりにして頭のてっぺんでリボン結びにする。
そしてもう1枚ハンカチを取り出すと、くるくると折り重ねて花を作り、俺のベストの胸ポケットへと突っ込んで、満足そうに笑った。
女児は、こんなことで喜ぶんだな。
リボンのひとつも買ってやれば良かったと後悔する。気が利かない自覚はあるが、野郎ばかりの職場に入り浸るような生活だ。女性の着飾ることを楽しむ心理などは、別の世界の話のようだ。
連れ立って、2階のホールへと向かう。マジックショーを観てから夕食で大丈夫か? おやつに何か食べさせた方が良いだろうか。
まだ人影がまばらなホールに足を踏み入れた途端、エルシャが立ち止まった。
ふらりと揺れたと思ったら、そのまま糸の切れた操り人形のように、ぺしゃりと潰れてうずくまってしまった。顔色が真っ白だ。
どうしたと声をかけて顔を覗き込むと、どこか虚な瞳で「ごめんなさい、わたしが悪いです」と呟いた。
抱き上げようとした俺の手に、ビクリと怯えて身を硬くする。目を見開き、視線がユラユラと揺れている。
あの日、屋根裏部屋で見たエルシャだった。
エルシャが見ていた方向には、派手なドレスを着た貴族の二人連れがいた。若い女性と成人前の少女だ。
おそらくは、あの二人が原因なのだろう。
そう思って見れば、グリーンウッド家の奥方と令嬢に似ている部分があるかも知れない。
ようやく少し、子供らしく笑うようになったのに。
エルシャは大人の女性や自分より年上の少女が怖いらしく、相手が庶民であってもすれ違う時には緊張していることが多い。
心の傷は、今も塞がってはいないのだろう。
夜にはうなされて涙を流す。仮眠室のハンモックで小さく丸まって嗚咽を漏らすエルシャに、見ている者の胸も掻きむしられる。
幸い警ら隊の詰所は男ばかりだし、父親を連想させるような品の良いタイプはひとりもいない。皆がエルシャに食べ物や物を与えて甘やかしている。俺を含めて。
ハドソン医師は早急に里子に出して、親とは縁を切ってしまえと言っていた。『何ならわしがもらう』とも。
平民ならばそれも可能だが、エルシャの父親は高位貴族だ。そう簡単にはいかない。
ゆっくりと背中を撫でながら、大丈夫だと言って聞かせると、少しずつ頬に赤みが戻って来た。そっと抱き上げると、今度は俺に身を委ねてくれた。早く部屋に戻って休ませなければ。
あんなにマジックショーを、楽しみにしていたのに……。
ところが立ち去ろうとした俺に、当の貴族女性が声をかけて来た。
「ねぇ、そこのあなた。平民よね? この荷物を部屋まで運んでくださらない? 3階の客室なの」
扇子で口元を隠しての貴族らしい口調だ。
「今は急いでいますから。船のポーターを呼んで下さい」
俺は彼女の使用人ではない。命令される謂れなどはないのだ。女性がエルシャの目に入らないよう、背中を向けて応える。
「じゃあ、ポーターを呼んで来て……あら……」
あからさまな視線で眺められた。これだからヒゲを剃るのは嫌なんだ。狩りの標的にされるのは御免だ。
「へぇ……。あなた、お名前は? どこまで行かれるの?」
自分も子供連れで、子連れの男に粉をかけるなんて、どうかしているだろう! だが旅先でのアバンチュールを求める貴族女性は案外と少なくないのだ。……面倒だな。
「ねぇ! お姉様が聞いているのよ! どうして返事をしないの? 平民のくせに失礼だわ!」
無言でいたら少女の方が、ヒステリックに言った。エルシャの肩がビクリと揺れる。
「連れの具合が悪いのです。早く、休ませてやりたい」
「じゃあ、そのあとでいいわ。その子を置いてから部屋にいらっしゃいな。珍しい外国のお菓子があるのよ」
「甘い物は好みませんので」
「あなたが一生口に出来ないような、上等のワインもあるわ」
しつこい。だが舌打ちを耐える。このての貴族連中はほんの少しの無礼でも、イヤらしい根回しや仕返しをする。
「その子供……あなたの娘なの?」
「……いいえ」
「じゃあ、妹?」
「違います」
質問を重ねながら距離を詰めて来る。甘ったるい香水が鼻をつく。そういえばグリーンウッド家の奥方も、こんな風に強い香水をつけている人だった。
「ねぇ、平民ごときが私の誘いを断るの? ふふっ、私の相手を出来るなんて光栄でしょう? 貴族に恥をかかせるつもり?」
顔を寄せて、ゾッとするような甘い声で囁いて来る。なんて女だ! 子供が二人もいるこの場面で……! 『恥』が聞いて呆れる。
もう、放っておいて立ち去るつもりだった。
ところが……。
「まだ恥をかいていない、おつもりですか?」
急に、腕の中のエルシャがしっかりした声で言った。
さっきまでカタカタと震えていたエルシャは、意外なほどに強い瞳で女性を見つめていた。
読んで頂きありがとうございます。ここへ来て、ダグラスさん実はイケメン疑惑が!? 真相は作者も知りません(笑)。電子書籍のイラストを待ちましょう。
さて、久しぶりに正論ぶちかましエルシャが目覚めましたよ! 続きが楽しみだと思った方は、ブクマや☆での評価・応援、よろしくお願いします!
『第15話 ドアマット幼女はダグラスさんを守りたい』は10/23の19:10に投稿です。




