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第11話 ドアマット幼女と汽車の旅 その壱

第1話に『19世紀頃のイギリス風の架空の都市を舞台とした物語』という一文を追加させて頂きました。

 皆さま、おはようございます。


 エルシャ・グリーンウッド六歳です。


 わたしは今、駅のホームにいます。


 警ら隊の皆さんや、わたしとダグラスさんに縁のある方々に見送られて、早朝の詰所を出発しました。乗り合い馬車に揺られて20分、始発の汽車を待っています。


 改札口でパチンとハサミを入れてもらった切符は、大切に肩掛けカバンのポケットに入れてあります。


 気になって、何度も取り出して見ていたら、ダグラスさんに『預かろうか?』と心配されてしまいました。大丈夫です! なくしたりしません!


 待つこと15分。遠くから汽笛の音が聞こえました。そしてすぐに、煙突から白い煙を棚引かせた蒸気機関車が見えて来ます。


 鈍色(にびいろ)の車体が、朝の陽の光を反射しています。回る車輪と、忙しなく動いている連結棒が見えます。


 街で子供たちが、汽車ごっこをして遊んでいるのを見たことがあります。あの『しゅっしゅっ、ぽっぽー』という声と、腕の動きが何を模していたのか、やっとわかりました。


 やがてホームに大音量の汽笛と共に、ゆっくりと車体が滑り込んで来ました。プシューっと蒸気が吹き出して、視界が白く染まります。


「さ、エルシャ、乗ろうか」


 ダグラスさんが言いました。わたしは言葉も出ないほどに驚いて見惚れていたというのに、余裕たっぷりに言いました。大人ってずるい。


「はい、ダグラスさん」


 ポカンと開いていた口を急いで閉じて、淑女の笑みを浮かべて言ってやりました。少し悔しかったので。


「あまり良い席ではないんだ。すまないな」


 荷物を座席の上の網棚(あみだな)に上げながら、ダグラスさんが言いました。


 良い席も悪い席もわかりません。だって生まれて初めての汽車旅ですから! でも、出来れば……窓際に座りたいです!


 ダグラスさんは快く、窓際の席を譲って下さいました。また大人の余裕を見せつけられた気がしますが、今度は悔しくありません。窓際席、嬉しいです!


 座席に座り、早速窓を開けようとしましたが建て付けが悪く、ガタガタとするだけでうまく開きません。ブーツを脱いで膝立ちになって頑張りましたが、下からほんの5センチのところで止まって、びくともしなくなってしまいました。


 チラリとダグラスさんを見ると、足を組んでぐーすかと寝ていました。そういえば、ダグラスさんは寝つきが素晴らしく良いのです。夜勤の仮眠時も、ベッドに横になると3秒で寝てしまいます。


『寝られる時に寝るのが、正しい警ら隊員だ』と言っていましたが、目覚まし時計で起きるのはいつもわたしが先でした。


 しばらくするとシュポーッと汽笛が長く鳴り、ガタンと一度大きく揺れてから、汽車が走り出しました。出発です……!


 窓からの景色が、飛ぶように後ろに流れてゆきます。速いです!


 汽車は街の中央から、東へと抜けてゆきます。カンカンカンと踏切の音が聞こえます。汽笛がまたシュポーッと鳴りました。


 だんだんと建物がまばらになり、緑色が増えて来ます。野原を越えると、見渡す限りが一面の麦畑でした。


 日差しを受けてキラキラと麦穂が光っています。風で大きくうねる様子は、まるで金色の波のようです。


「ダグラスさん、見て下さい! すごくきれい!」


 振り返ると、ダグラスさんはまだ寝ていました。なんてことでしょう。こんな素敵な景色を見るよりも、寝ている方が良いだなんて。


 大人になるのも考えものですね。


 麦畑では最後の刈り入れをしているらしく、ツバ広の帽子をかぶった人たちが、忙しそうに働いていました。


 しばらくすると緑色の丘が連なる牧草地帯が見えて来ました。斑点模様の牛さんの群れが見えます。ミルク瓶のラベルの絵にそっくりです!


 森を抜け、小さな村や街をいくつか通り過ぎました。汽車はぐんぐん進みます。


 この汽車は港のある大きな街への直通列車なので、途中の小さな駅には止まらないのです。


 車両と車両の間のドアが開き、制服を着た男の人が入って来ました。カッチリとした帽子を目深に被っています。


 ひとつ向こうの座席のおば様が『おじいさん、車掌さんが来ましたよ』と連れのおじい様に声をかけています。わたしもダグラスさんを起こした方が良いのでしょうか?


 車掌さんは座席と座席の間の通路を、ゆっくりと歩いて来ます。他の乗客の方たちが、車掌さんに何か渡しています。


 わたしは急いでブーツを履いて、きちんと座り直しました。お行儀が悪いと、叱られてしまうかも知れません。


 車掌さんが、わたしたちの席の前まで来ました。どうしたら良いのでしょう。ドキドキします。


「お嬢さん、切符を拝見いたします」


「あ、は、はい!」


 わたしは慌てて、肩掛けカバンのポケットから切符を出して渡しました。


「はい、けっこうですよ」


 すぐに返してくれました。無賃乗車や座席の確認のためみたいです。


『ダグラスさんを起こさないと!』と思ったら、しれっと起きていました。これがデキる警ら隊長の実力でしょうか。ベストの胸ポケットから切符を出しています。


 ダグラスさんは旅立ちの前日に、床屋さんへ行きました。ヒゲを全部、きれいさっぱり剃ってしまったのです。……誰なのか、わかりませんでした。


 自分でも意外なのですが、わたしはダグラスさんのヒゲモジャラがけっこう好きだったようです。


 いつも寝癖のついていた髪の毛も、耳の出る長さに切り揃えて襟足もスッキリと涼しげです。


 今日は警ら隊の制服でないこともあって、知らない紳士のようです。ハンチング帽を被っていますが、わたしはダグラスさんは、警ら隊の長帽子の方が似合うと思います。


「エルシャ、売店へ行ってみようか」


 車掌さんが行ってしまうと、ダグラスさんが大きく伸びをしながら言いました。


「売店……あるんですか? 行きたいです」


「軽食や菓子、他にも色々売っているらしい」


 そう言いながら屈んで、ブーツの紐を結び直してくれました。さっき急いで結んだので、緩んでいたみたいです。もう……寝ていたのに、なんでわかっちゃうんでしょう。


 こんなの……ハンチング帽のダグラスさんも、急に素敵に見えちゃいますよ!


 早いもので、もうすぐお昼時(ひるどき)です。そろそろお腹が空いて来ました。


 わたしは座席からぴょんと飛び降りて、ダグラスさんの後をついてゆきました。





読んで頂きありがとうございます。


ブクマや☆での評価と応援して下さると、作者の筆が捗ります。よろしくお願いしますね! 『第12話 ドアマット幼女と汽車の旅 その弍』は、10/11の19:10に投稿します。


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― 新着の感想 ―
細かいところですが、カンカン鳴る踏切があるという事は、この世界では既に電気が日常的に使われていると言うことですねぇ
今んとこ一時保護されただけで何ら救われそうな目途が立ってないな… 父親を味方につけない限り勝てなくねこれ…
作者さんの可愛らしい言葉運びに和みます(*´ω`*) ダグラスさんイケメン?になっちゃったのでしょうかw お祖母様と逢えるの楽しみです
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