抜け道の条件
監視官の怒号が交互に響く。透は渡された防護手袋をはめ、晴久の指示で金属パーツの仕分けを始めた。手元の作業は単純だが、油まみれの部品は滑りやすく、少しでも手を止めると監視官の鋭い視線が突き刺さる。
「ここじゃな、手を止めることは許されねぇ。手を止めた瞬間、鞭が飛んでくる」
隣で作業しながら晴久が小声で言った。透は思わず背筋を伸ばす。周囲を見れば、服が破れ背中に赤い痕を残した受刑者が何人もいる。どうやら冗談ではなさそうだ。
昼休憩になると、透は鉄格子で仕切られた小さな食堂へと連れていかれた。出されたのはスープとパン。味はほとんどなく、噛むほどに喉が渇く。「水は一口まで」という貼り紙が壁にあり、受刑者たちは皆、黙々と食べている。
「初日はきついだろうが、そのうち慣れる……いや、慣れさせるんだ」
晴久がパンをちぎりながら呟いた。その目は諦めを感じているような物ではなく、どこか希望を見出している、そんな目だった。
「……あの、“抜け道”って?」
透は思い切って切り出した。しかし晴久は首を横に振る。
「お前にはまだ話せねぇ。まずはここで三日、生き残れ。」
その言葉を最後に昼休憩は終わり、再び作業場へ。午後の作業が始まって間もなく、奥の方で怒鳴り声が上がった。監視官の一人が、受刑者を鞭でたたき倒している。周囲の受刑者たちは誰も助けず、ただ俯いたまま作業を続けた。
透は唇を噛みしめた。この場所では、正義も友情も簡単に踏みにじられるらしい。
そして、その光景を黙って見つめる晴久の横顔に、透は言いようのない不安を覚える。
終業の鐘が鳴り、受刑者たちは列を作って牢へ戻る。透の耳に、晴久の低い声が届いた。
「……三日、生き残れ。そしたら“抜け道”を教えてやる」
それは、希望にも罠にも聞こえた。