ろうそくの火を灯そう
「では『魔法』の授業をはじめます。さきほど配ったろうそくを準備してください」
マティアス先生に言われ、わたしは机の上に細長いろうそくを立てた。倒れないように固定するお皿もついている。
「みなさん知ってのとおり、来週、六月二十四日にカナリア島の夏至祭があります。広場に大きな柱を建てて島の人たちが美味しいものを食べたり歌ったり踊ったりするお祭りですね。お日さまに感謝し、夜も家のランタンをともしつづけます。今日は魔法で火をともす練習をしましょう」
六月二十四日は待ちに待った夏至祭。わたしの十歳の誕生日でもあるの。
エドガーの言うとおりなら、十歳になるまでに魔法が使えないとこの先ずっと『魔法ナシ』になっちゃう。そんなの困るわ。なんとしてでもろうそくに火をつけてみせる。
「ろうそくに両手を掲げてから、呪文をとなえます。『火の精霊ブリギッド、どうか力を貸してください。このろうそくの先端に姿をあらわしてください』とね。自分なりに工夫しても結構です。想いが通じれば、パッと火がつきますよ。こんなふうに」
マティアス先生がサッとなでると一瞬で火がついた。教室中からわぁっと歓声が上がる。
「精霊と友だちになるような感じで、優しく、根気よく声をかけてあげてくださいね。万が一大きな火がついてもすぐ消えるよう魔法をかけてありますので、遠慮はいりませんよ。――では、はじめ」
みんな一斉にろうそくに向き合った。わたしも両手をかざしてみる。
火の精霊ブリギットは昨日おばあちゃんに怒られていた。怠け者なのだ。
わたしはつぶやく。
「お願い火の精霊ブリギット。力を貸して。夏至祭を成功させたいの」
ぎゅっと力を込め、指先に全神経を集中させた。
……だめだ、こない。呪文がいけなかったのかしら。
「お願いブリギット。おばあちゃんにクッキーを焼くために火をつけたいの。力を貸して」
もう一回お願いして、しばらく待ってみることにした。
ろうそくは……変化なし。なんでぇ?
「おい、火がついたぞ!」
後ろのほうから声がした。「もう?」びっくりしてふり向くと、ろうそくを前にしたエドガーがふんぞり返っている。
先端に小さな炎がともっているのを見て、マティアス先生が感心したようにうなずく。
「ふむ、思っていた以上に早いですね」
「当然です。じーちゃんのじーちゃんはレイクウッド王国の貴族ですから」
「なるほど、すばらしい。エドガーくんは合格です。みなさん拍手」
拍手を受けるエドガーの自慢そうな顔といったら。わたしは悔しくて涙が出そうだったわ。
そのあともひとり、またひとりと火をつけて拍手されていく。
ハンナも無事に火をつけられてホッとしている。
とうとうわたしひとりだけ残ってしまった。
意地になったわたしはブリギットに「このまま火をつけないつもりならおばあちゃんが容赦しないわよ」とおどしたところだったけど、さっぱり反応がない。もしかして逆効果だったかしら。
「エマさん、なかなか手こずっているみたいですね」
心配したマティアス先生が様子を見に来てくれる。
「うーん。火の精霊は近くまで来ているようですが、姿を見せずに散らばってしまいますね。呪文を変えた方がいいかもしれません。もう一度、挑戦してみましょう」
「……はい」
あぁどうして、上手くいかないんだろう。
やっぱりわたしには才能がないのかな。アレンみたいに魔法を使う才能が。
アレンみたいに?
――ふと、アレンのタクトを思い出した。指で指揮をとるのよね。歌うように。
だからわたしも右手の人差し指をピンと立てた。
深く大きく息を吸い込んで、叫ぶ。
「火の精霊ブリギット、ここに来て!」
力いっぱいろうそくを示した。
教室の中がシン、と静まり返って、そして――。
「…………だめ、みたいですね」
マティアス先生が困ったように笑う。
でもわたしはまだ諦めていなかった。
きっと、絶対、必ず……
次の瞬間。
ボン!! と派手な音を立ててろうそくから火が噴き出した。そう、噴き出したのよ、バーナーみたいに豪快にね。
「うわぁ!」
あまりの熱さにみんな悲鳴を上げて後ずさったわ。
「み、水の精霊フーア、火を鎮めなさい!」
マティアス先生が叫ぶと天井から大量の水が落ちてきて、ろうそくを倒した。
火が消えて、机も床も水浸しになった。
「わたし、いま、魔法を……?」
指先がじんじんする。
なんだか信じられない気持ちだったわ。
いまの火は、わたしがつけたの? わたしの魔法なの?
「いやー焦りました。こんなに大きくて強い火は初めて見ましたよ」
いつもは穏やかなマティアス先生が冷や汗をかいている。
「あ、先生。ごめんなさい、わたしのせいで」
「なに、エマさんのせいではありませんよ。先生がちょっと油断していたのが悪かったのです。……みなさんも魔法を怖がる必要はありません。魔法は神様からの贈り物。正しく理解し、正しく恐れる。正しいことに使い、悪いことには使わない。それを教えるために学校があるんですからね。さぁ、合格したエマさんに拍手を贈りましょう」
パチパチパチパチ……
たくさんの拍手に包まれていたらなんだか恥ずかしくなって、くしゅん、とくしゃみが出てしまった。
いま気づいたけれど、服も机も靴も床もびしょ濡れたわ。
先生が慌てたように手を掲げた。
「大変だ、このままでは風邪を引いてしまう。じっとしていてくださいね。ツェリーネ、暖かな南風を」
先生の手のひらから暖かな風が吹き出してきて、わたしの体を包む。ぐっしょり濡れていた服も髪も、あっという間に乾いてポカポカになった。
「これでよし、念のためあとでタオルを持ってきますね。強くて美しい、すばらしい炎でしたよ」