おばあちゃんの魔法
「………ハァ」
朝になったら大雨が降って学校が急に休みにならないかしら、なんて期待してカーテンを開いたけれど、青空できらきらはしゃぐ太陽と目が合った。……ああ、今日も元気ね。なによりだわ。わたしも元気よ、そこそこね。
味のしなくなったガムみたいなパンをミルクで流し込み、通学カバンを肩にかける。なんだか重たくなった気がする。
「どうしたんだいエマ。昨日からため息をついてばかりじゃないか」
学校に出かけるときいつもそうしてくれるように、おばあちゃんがぎゅっと抱きしめてくれた。薬草くさい服に顔をうずめていると、このまま学校を休んでしまいたくなる。
「ねぇおばあちゃん、一日だけでいいから魔法を使えるようになるお薬ない?」
「そんな便利なものはないよ。一体どうしたんだい?」
「エドガーが魔法を見せてみろっていうの……」
おばあちゃんはたちまち目を吊り上げた。
「またあの悪ガキかい、困ったもんだね。前にもエマを追いまわしたことがあっただろう。一度くらいヒキガエルに変えてやろうかね?」
ぽきぽきと指を鳴らすのを見てあわてて「だめ」と止めた。
「エドガーのことは嫌いだけど、おばあちゃんが悪者になるのはイヤ。――ただ、わたしはどうして魔法が使えないのかなって不思議で仕方ないの。だって……」
「だって?」
「ううん……なんでもない」
頭の中ではアレンのことを考えていた。
わたしと同じ顔をした男の子は、舌を噛みそうな詠唱呪文も、精霊との契約もなしで、自由に魔法を使っていた。指のタクトでミュージックを刻むみたいに軽々と。
アレンだけじゃない。みんな魔法をもっている。
みんなにできることが、どうしてわたしにはできないんだろう。
「エー、マ」
むにっ、と両頬を包まれたので唇がアヒルみたいになってしまう。
「にゃにするにょよ」
「エマがつまらなそうな顔をしているからだよ。こんなふうにね」
おばあちゃんもアヒルみたいに唇を突き出す。
おかしくてプッて噴き出しちゃった。
「おばあちゃん、変なお顔!」
「くく、エマとおそろいだよ。ぐわぐわっ」
「やめてよもぅ!」
くすくすくす。笑いが止まらない。
おばあちゃんはいつもそうなの。わたしに元気の魔法をかけてくれる。
「元気になったみたいだね」
ぎゅっと抱きしめられる。
大きくて暖かな腕の中。わたしはおばあちゃんに抱きしめられるのが何よりも好き。
「心配しなくていい。エマは魔法が使えないわけじゃない、みんなよりほんの少し遅れているだけだ。もしエドガーみたいな輩がギャーギャー言うようならウチに連れてくるといい。魔法の怖さをたっぷり思い知らせてやろうじゃないか。そうだな、ヒキガエルにでも変えてやろうかね」
「そうしたら反省するまでカゴに入れて大事に飼ってあげるわね」
「いいねぇ、その意気込みだよ」
お互いにニヤリと悪い顔をしてからもう一度ぎゅっと抱き合った。
「じゃあ行ってきます!」
「気をつけるんだよ」
「はーいっ」
外の空気を吸ったら早く学校に行きたくなった。
エドガーなんかに負けるもんですか。
風のように走り抜けて学校に着くと、玄関でエドガーと出くわした。
「よ、エマ。魔法見せてくれるんだよな」
にんまり。って顔で笑う。
「ふん、見てなさいよ。エドガーなんてヒキガエルにしちゃうんだからっ」
そうよ、わたしにも魔法があるじゃない。
笑顔の魔法。元気の魔法。負けない魔法。
そして、おばあちゃんがくれる「大好き」の魔法。
だからへっちゃらなのよ。