書房の主・ルシウスさん
「お目覚めかな、お嬢さん」
知らない男の人が顔をのぞき込んでいた。
夕陽が差し込む書庫の中で、わたしは黒塗りのソファーに寝かされている。
そうだわ、アレンと出会って、本の中に吸い込まれて……。
吸い寄せられるように左腕をみると、ピンク色のリングがしっかりとハマっていた。あれは夢なんかじゃなかったんだわ。アレンはどうなったのかしら。
「だいじょうぶかい?」
「はい、へいきです」
ソファーから起き上がって二回ジャンプした。うん。ばっちり。
「ぼくはルシウス・ティンカーベル。この書房の主人だよ。きみはマリアさんのお孫さんだろう、ひとめでわかったよ」
ルシウスさんは、マティウス先生よりもずっと若い男の人だった。まっしろな髪の毛はお尻に届くくらい長くて、青い目を細めてニコニコしている。
「もうすぐ日が暮れる。マリアさんが心配するから帰った方がいいよ。本はたしかに返してもらいました、と伝えておいて」
「はい。……あの、わたし以外にもだれかいませんでしたか」
ルシウスさんは「いや?」と首を傾げる。
「きみひとりがソファーで眠っていたんだけど?」
「そう……ですか」
アレンはどこに行ったのかしら。
なんだかモヤモヤした気持ちのまま、お店の入口まで送ってもらった。
「今日は留守にしていて悪かったね。またいつでも本を借りにおいで」
「ありがとうございます。おじゃましました」
歩き出してからもお店の方が気になって、何度もふり返ってしまった。ルシウスさんは手を振って笑顔で見送ってくれる。
「……あっ」
ふと窓の方を見ると、ピンクのものが揺れていた。
アレンだ。アレンが手を振ってくれている。右腕にわたしとおなじピンクのリング。
良かった、間に合ったんだ。
ほっとしていると、ことり、と足元で音がした。靴の上に折りたたまれた便せんが落ちている。中をみてびっくり。
『今日のことはだれにも言うなよ。アレンより』
と書いてある。
なによ。偉そうな態度とっていたくせに、あんまり字きれいじゃないのね。わたしとおんなじ!
「……ふふ」
何度も何度も文字を読んでいたら、なんだか笑いがこみあげてきた。
ふたりだけの秘密ができたことがうれしくて、家まで走ることにした。
アレンは意地悪でイヤなやつだけど、本の中の世界は楽しかったし、スピンにも会えた。今日はなんていい日なの。
「……あっ!!」
エドガーとの約束、忘れてた!