第36話「俺のパンチは三万点」
「ほーら、そっちいくわよー」
要塞の角の先からレイラの声。
そして、やがて導かれてくるのはこのフィールドに多数発生するモンスターの一匹で……。
『うぎぎぎぃぃ……!』
……うーわ、
えっぐ──。
「これやるんすか?」
「そーよ、のろいし──ちょうどいいでしょ?」
目の前には、レイラに散々切り刻まれた、ゾンビ化したドワーフの歩兵がのーろのろと現れる。
どうやら、かなり痛めつけられたらしく、足は片方切り飛ばされ、全身から変な色の汁が出ている。しかも、なんかの毒も注入されているのか、所々変色している。
──うーわ、やっぱりえぐーい。
「ほら、早く!──時間がたつと死んじゃうわよ」
「いや、もう死んでますやん」
そう言う意味じゃない!!
「いいから、はやく────あ、あ、あ、あ、あ、あーん」
ブシュー……がくり。
力尽きたドワーフゾンビがドロドロに溶けていく。……どうやらお亡くなりなられたようだ。
……ってか、
「へ、へんな声出すの辞めてもらっていいですかね」
マイトさんも男の子なので──。
「やかましい!! アンタがさっさと仕留めないからでしょ!!……あーもう、ここまで仕上げるの大変なのよ」
「わ、わかってるよ──次はやるから」
ギュッと木の棒を握りしめるマイト。
念の為にコルトネィビィの感触も確かめておく。
「あ、でも──できれば人型は勘弁してもらえると助かります」
「めんどい!!」
いや、だって──まだちょっと人型をぶん殴るの抵抗あります。
「アタシを傷モノにしといて」
「さーせん」
って、その前に言い方ぁ──。
「ふんっ、じゃー次はコイツ──」
「わーお、仕事がはやーい!」
狩りを開始するにあたり、マイトを待機させてレイラちゃんが敵を引き連れてくると言って小一時間──それで今なわけだが、なるほど。
毒入りの足止めで、敵をイイ感じに弱らせてくれていたのだろう──。
って、おーい。
「エルフやん」
「そのゾンビよ」
いや、だから人型────なのか、これ?
「下半身は植物に侵食されてるから、ギリギリ人じゃないでしょ?」
「いや、ギリギリ人ですねー」
チェンジで。
「そういうシステムじゃないないわよ!! いいからやる!! ほらぁ!」
「あ、ちょっ──そんな密着して、手に手を添えて木の棒を振り上げてもらったら、近すぎて背中にレイラちゃんのおっぱ────あ、なんもないわ」
「アンタを先に殺すわよー!!」
──ゴッキィ!!
いっだぁぁあ!! 手ぇいったー!!
半エルフゾンビ殴った手がいったーい!
「ちょ、ちょっと折れてな~い?!」
「折れてないわよ。っていうか、マイトってばマジで雑魚──よく今まで生きてきたわねー」
……余計なお世話だよ!
「そこはもう、絶賛努力していたので──……つーか、これ、俺の攻撃効いてないよね?」
なんか、壁でも殴った感触でしたが……。
「あー……うん。そうねー。思った以上にアンタが非力で、コイツの防御力を突破できないみたい」
「えー。詰んでますやん」
ノンノンノン。
レイラちゃんが甘い甘いと顔の前で指を振って、チッチッチ──。
「そう言う時は、弱点を狙うのよ」
「弱点?」
そ。
「モンスターだって生物みたいなものよ? 物も食べるし、言葉を話す奴もいる。当然、脳も心臓もあるわ。だから、こういう人型モンスターなら──」
「人型いうてますやん」
ギロッ。
……さーせん。
「──なので、目とか口を狙って、脳とかの急所を攻撃するといいわ。粘膜系が柔らかいのは人と一緒よ」
「へ、へー……」
目とか、
口とか──……。
「脳??!!」
脳ときましたか──って、
「いや、無理無理無理無理無理!!」
きもいきもいきもい!!
脳はNOです!!
「棒でつくとか無理ぃ──!!」
「女の子か!! もうめんどくさいなー!」
「いや、ほらもっと──……昨日みた花粉のお化けとか、あーいうのでいいじゃん!」
「植物系は弱らせたりの加減が難しいのよ──いいから、ほら!」
「あ、ちょ──また手と手を添えて────……いやっぁああ! ヌチョッとしたぁああ!」
レイラちゃん、さすがBランク!
武器がないとコボルトにも負けるのに、今日は強気!! そして、マイトさんと一緒にお目めをぐーりぐり。
「い、いやぁぁああああ!! なんか手に変な感触がぁぁ!」
「あーもう、うっさいうっさい!! ここまでやったらあとはタコ殴りにしないさいよー!」
えーいもう、
「やったるわー!!」
……10分後。
「はぁはぁはぁ!!」
汗を拭って──。
「ど、どっすかね! レイラ先生──」
「……0点」
ブルシット!!
わかってたよ!!
言われたとおりにタコ殴りにしたけど、カーンとかギーン! とかすっごい感触だったもん!!
つーか、硬った!!
下半身植物ゾンビのくせに、硬ったー!!
「あーもう、わかったわ。アンタがくそ雑魚ナメクジなのは良ーくわかった! あと、さりげなく急所以外攻撃すんなし──メンタル女子か!」
「うるせー! 男の子はこーゆーの結構苦手なんだよ!」
しらんのか!!
知らんだろうなー!
「なんで偉そうなのよ──もう、いいわ。こうしましょう」
「へ? こうするって、なにを──。って、その辺の建物を破壊してどうしようってんだ?」
八つ当たりでもするかのように、バキリ! と古い板壁を剥したレイラがそれをマイトにポーイ。……なにこれ?
「壁よ壁! 要塞のかーべ! ほら、それをいつもみたいにあれして──」
「あれ??」
いつものあれ──って?
「ほらあの、ドカーンってやつ!」
「あー、アレか。いつものあれって言うから、てっきり──」
「てっきりなによ? アンタは板壁でいつもナニしてるのよ」
「ナニもしてません」
キリッ。
「でも──それでどうしようってんだ?」
喋りながらもステータスオープン。
いつも通りの発破画面を呼び出し、
──ブゥゥゥゥウン!!
『目標──「古い要塞の板壁」厚さ10mm、使用魔力1』
……………発破しますか? Y/N
「ほい」
そのまま言われるままに壁に魔力付与してみせるマイト。
「1」しか使わないので、薄い壁はマジで気楽だわー。
「ん──」
「……って、なになに? ち、ちょっとちょっと、レイラちゃんのお手てと俺のお手てで、板壁ごと握ってどーすんの?!」
「こーすんの!」
「へ?!」
ムンズと掴んだマイトの手を握りこんだ板と一緒に、ゾンビの口にずぶり────って、
「んにゃぁっぁああああああああああああ!!」
ズボォォ!
ね、ねっとりしてたー!!
つーか、噛まれたらどーすんだよ!! 走るゾンビのいる世界なんだろ?! 感染したらどうすんねん!!
「しないわよ、はい、発破よーい」
「え? あ、はい」
ゾンビの口の中に板壁を残したまま──。
「ポチっとなー」
「はい、はい、ポチ──…………」
⇒「Y」 ピコン♪
「……って、ちょっとぉぉお!!」
つ、つられて押してもうたやん!!
そんなんしたら──。
『カウントダウンを開始します』
『危害半径からの退避を勧告します』
「って、ほらぁぁああああああああ!!」
きたぁっぁあ!!
「──うぉぉおおおおおおおい! な、ななな、なにしてんの?!」
なーにしてくれてんの!?
つーか、起爆スイッチ入れたのマイトさんだけどさー!!
つい押しちゃったけどさー!!
「あーもう、うるさいわねー。下水の時と同じで薄い壁なら大したことないでしょ? 威力も──魔力も」
「そりゃそうだけど──……って、まさか!」
にっ。
「そーよ。銃も使いたくない、木の棒も使えない、目も口もやだーって、そりゃアンタこうするしかないでしょ」
「いや、口にはダイレクトINさせたやんけ。……つーか、こうするって、お前」
まさか……。
『──42 41 40 39』
「……こ、こーいうことかよぉぉおお!!」
口の中で赤い点滅がピコピコ♪ 言ってるゾンビさん。
って、まさかのダイレクトIN?!
「レ、レイラちゃん、大胆だね!?」
そりゃマイトさんも手榴弾みたいに使えるかもとは思ったけどぉ!
ちぃぃ!
ええい、ままよ!!
マイトはステータス画面の時間調整タブを押しつつ、レイラの襟首をつかんで退避開始!
「や、やるなら説明しろよ!」
「したって、どーせピーピー言うでしょ!!」
ピーピーとは言わなん!!
「だけど、ナイスアイデアかもな──!」
口に中にツッコむのは御免だけど────てりゃ!
慣れた手つきで、カチカチカチと──時短最少!
「……からの、一時中止ッっと!」
タッタカ、ターン!!
『3 2……』
ピー♪
おっけ、時短成功!
「よし、遮蔽物にかくれて────耳塞いで口あけろ!」
「やってる!!」
さーすが、
慣れてるね!
「発破よーい!」
……再開ボタンを、ポチっとな!
ピー!
『再開します』
カウントダウン、
『2 1──いま!』
カッ!!
──バァァアアン!!
「ッ!」
「くっ!」
至近距離での爆発に、レイラを爆破から守るようにギュッと抱きしめるマイト。
その直前、そっと角から覗いていたマイトは、エルフゾンビが『あぅぅー』と言いながら何かを求めるように手を伸ばしてきたのを最期の光景として────バァァアアン! と破裂するのを見送った!!
しーん……。
直後、
耳が痛くなる沈黙のあと、爆炎が晴れた先には上半身がきれーに亡くなったエルフゾンビ────。
「……っしゃおあらっぁああ!」
「ちょ! い、いいから、そろそろ離なしなさいよ!」
あ、つい。
ごめ──。
「い、いいけど──急にビックリするじゃん」
「さーせん」
いや、そもレイラのほうが強かったわ。
マイトさん、爆風食らったら余裕で吹っ飛ぶ自信あるわ。
「で、どうかな?」
「…………あー、うん。倒したっぽいわね」
恐る恐る伺うレイラの眼前にも、吹っ飛んだゾンビの遺骸。
「──よっしゃぁぁあ!!」
勝ったどー!!
「……いや、雑魚一匹で喜び過ぎだけど……。まぁ、魔力1でも、相変わらずぶっ飛んだ威力ねー」
「そこは同感」
壁の薄さは関係なしにおおよそ100mmまでの壁に魔力1を消費するらしい。
そして、101mm~200mmで魔力2っと、なるほどね。
そして、破壊力はそれとして、爆破の危害半径は消費魔力に相当──つまり、魔力1で1mの危害半径。魔力2なら2m──と。
「ん? なんか体が──」
ホワッァア……♪
「お。おぉ……なんだこれ?? なんぞこれ?」
今までに感じたこともない感覚が体の中から溢れてくる。
そして、光に包まれていくマイト──これはもしかして……。
「あ、それ。レベルアップかも! やったじゃないマイト!」
「ま、ままま、マジかー!」
こ、これがレベルアップなのか……?!
これまでの経験(?)と先日のコボルトの共同戦果。
そして、今日初のゾンビの撃破! しかも、結構格上っぽい奴!!
そのおかげでついに──。
※ 大名舞人のレベルが上昇した ※
ファファーン♪
軽いファンファーレの音を発するステータス画面!
同時に体の細かな傷も少し回復、そらには漲る力────!!
……う、
「うぉぉおおおおおおっしゃぁぁあああああああああああああああ!!」
き、来た!!
ついにきた!!
3年!!
3年────!!
3年間もレベル1で停滞していたマイトはついにレベルアップを果たしたのだ!!
長い、長い雌伏の時を超え──ついにっぃぃい!!
おぉおおおお!!
「俺はレベルアップしたぞぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」
「あはは、よかったわねー!」
ピョンピョン♪
レイラちゃんも、我がことのように喜んで手を叩いて祝福してくれる。
ありがとう! ありがとう! そして、ありがとう──!!
ここから、マイトさんの快進撃が始まるのだぁぁあああ!!
「とりゃぁぁあ!」
「きゃ、きゃああ!」
あまりの嬉しさに、マイトさん、レイラちゃんを抱き上げ、わっしょいわっしょい!!
「あははは! あははは!」
「あ、あはっ、あはははははは!」
きゃーはははははははははははははは!
クルクル回る二人、
軽い軽い、レイラが軽い! これがレベルアップの恩恵か!!
凄い凄い凄いぞレベルアップー!!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「「あははははははははははははははははははははは──」」
──ブゥゥン……。
※ ※ ※
L v:2(UP!)
名 前:マイト
職 業:冒険者
スキル:発破Lv1
取得済:Lv1「壁面発破」
●マイトの能力値
体 力: 11⇒15(UP!)
筋 力: 20⇒25(UP!)
防御力: 14⇒20(UP!)
魔 力: 33⇒34(UP!)
敏 捷: 15⇒18(UP!)
抵抗力: 9⇒11(UP!)
残ステータスポイント「+0」→「+1」(UP!)
※ ※ ※
「あはははは────うぉ! うぉおおお! これが俺のステータス!!」
「あはは! 召喚者にみえるっていうあれね! よかったわね──あはははは!」
うんうん、レイラちゃんありがとう。ありがとう!
くるくるくる~♪
凄い凄い凄いぞステータス画面!!
なんと上昇幅は、「+1~6」! そして、防御力と筋力大幅アップ!
やったぜ!
さらに、不安のあった体力も+4! 素晴らしい!
敏捷だって3も上がれば大したもの──いいね、いいねー!!
そして、一番重要な魔力は──……。
「あははは! あははは! あははは────楽しいね! でも、そろそろ下ろして、その、服がぬげちゃ────あべしっぅ!」
突如、ぽーん! とぶん投げられたレイラちゃんが近くの壁に叩きつけられ、そのままずるずる──……。
って、
「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!! なんでやねん!! なんで肝心の魔力が『+1』しかあがっとらんねーん!!」
魔力33⇒34?!
「……って、どないなっとんねーん!!」
これ、これ!! これあれやん!! あかんやつやん!!
このステータスのあがりかた、『戦士』系統やんけー!!
(マ、マイトさん知ってるで!!)
ステータスの上がり方には何種類かあって、
そのうちレベルアップで体力と筋力などの近接に関連するステータスが上がりやすいのはただひとつ。
「……それ、近接職とかの戦士系統のあがりかたやーん!!」
魔力とかが上がりにくいという、脳みそ筋肉系やーん!!
や、やだぁ!!
「おかしいだろぉぉおおおおお!!」
「そーねーぇ……」
ゆら~りと起き上がるレイラちゃん。
「でしょ!! おかしいよね?! おかしいって言ってよ、レイラちゃん! おかしい……」
え? あれ?
レイラん……。レイラちゃーん?
「レイラちゃ……さん?」
目ぇどうしたの?
なんか据わってるけど──。
「わかるわかる、おかしいよねー、うんうんおかしいおかしい」
「え、えへへ、そっすよねー」
お、おかしいっすよねー。
「ほ、ほら。どう見ても聞いても、マイトさんの系って、統魔法使い系だと思うんすよー」
レイラちゃんにステータス画面を見せながらマイトさん説明中。
見えないのはとりあえず置いといて──。
「そ、そりゃ戦士系統も魔力を消費してスキルを使うけど、普段は筋肉ごり押しじゃないっすかー?……で、マイトさんのスキルの『発破』って、どうみ見ても魔法使い系だと思うんすよ!!」
そ、そりゃまぁ、工事現場で発破する人とか、ガテン系のイメージあるけど、そう言うのは偏見でして──。
火薬量の計算とかもあるし、配線とかもややこしんですよ?
あと、日本だと資格も必要でして……。
「──つまり、発破するからって、戦士系統ってのは世間的にはおかしいと言っても過言ではないと思いませんかー」
レイラさん!!
「そうそう、お前の頭がおかしいー」
「へ?」
──シュラーン♪
「おっふ。レイラさんがナイフ抜いとるぅぅ……」
そして、レイラさん?
レイラッさーん? 聞いてる?
「なんか、手にナイフもってるけど聞いてる────??!!」
マイトさんの声聞こえてますかぁ?
「聞いてるきいてる、お前の戯言とお前の悲鳴を聞いてるきいてる」
「待て待て待て──聞いてないきいてない。全然聞いてない。……そも戯言とはひどいね。あと悲鳴はだしてないよー。そう、一端冷静になろう、な! あとレイラちゃん、君がなにを思ってナイフを抜いて、シリンジャーの中に爆死毒MAX+遅効性毒入れてるか知らないけど、いったん待とう──、落ち着け。俺は冷静ダゼ、ベイビィ」
にこっ。
あ、笑った。かわいー。
「よかったよかった…………わかってくれたか、うんうん。さすがレ──ぇぇえええええええええええええええええええええ」
いたいいたいいたい!!
チクチクやめて、チクチクやめてえっぇえええ!!
「うふ、うふふ──チクチク、チクチク」
「痛い痛いって! マジで、あ──なんか肌の色が──ああわわわわわ! 解毒、解毒ぅ」
「んー解脱? 解脱しちゃう?」
しないしない!!
出家もしないし、
俗世間の束縛・迷い・苦しみからぬけ出し、悟りを開くこともないし、
死者の霊が修羅の妄執をのがれて浮かばれることもありません-ん。
「つーか、仏教詳しいね、レイラっちゃーん!」
「そりゃ、お前を『仏』にしないとだめだからねー」
えええええええ?!
待て待て!!
「つーか、落ち着いてくれぇぇえ! 俺も、俺も、俺も混乱してるのほら!」
みてみて、このレベルアップ後のステータスがめーん!
って、見えないんだったー。
「うんうん、しとけしとけ、おおいに混乱しとけ────そんで、ステータス画面が見えようが見えまいが変わらないから──すぅぅ、そのまま死ねぇぇええええ!」
ああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ごめんさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!
「……そうじゃぁぁあ! 脈絡なく人を壁に叩きつけたら、まず謝れぇぇええええ! そんで死ぬ覚悟くらいはしとけぇぇえええ!!」
あああああああああああ!!
ささささ、さーーーーーーーーーーーせーーーーーーーーーーーん!!
さーーせーーん────。
さーせーん──。
せーん……。
人里離れたダンジョン群、
『古のエルフの山塞』に男女の声が悲し気に響いたとかなんとか──……。




