第19話「連行」
カランカラ~ン♪
いつもの昼下がり、ギルドの混雑も昼時を跨いでようやくひと段落がついたところで、息をついたメリザであったが、そこにカウベルが鳴り、新たなり来客を告げた。
「はーい、冒険者ギルドへ、ようこそ────……にゃ?」
ふらり……。
営業スマイルを向けたメリザの目に映ったのは、かのBランク冒険者レイラであった。
しかし、なにやら足取りが怪しいと、訝しみつつ声をかけるメリザ。
「お、おんや~? レイラさん、どうしたですにゃ? ずいぶん早かったですにゃー。さっきのボンボンはどうだったかにゃ? 生きて……」
──ドサリ!!
「に゛ゃ゛?!」
唐突に倒れるレイラの姿。もちろん、驚いたのはメリザだ。
Bランクの彼女が、何も言わぬまま到着早々倒れるなどただ事ではない。
慌てて駆け付け、彼女を抱き起すと──ネチャ……。
「ひゃ?!」
なにやら生暖かい感触に思わず漏れる悲鳴。
そして、ゆっくり目を向けるとそこには──。
ドクドクドク……。
「にゃ、にゃああああ?! 血にゃ?! ど、どどどど、どうしたにゃ?! 凄い血にゃ、レイラさん? レイラさーん!!」
しーん。
……しかし、レイラは答えない。
白目をむいたままで、全身ボロボロ。ほぼ裸同然──。
辛うじて息をしているが、その深い傷からして生きているのは不思議なほど。そして見る見るうちに顔色が青く──白くなっていく。
「うわわ、ま、ままま、まずいにゃ、す、すすす、凄い傷にゃ! 出血性ショックにゃ!! メ、メディック──メディィィィィックにゃ!」
慌てるメリザ。
そして、騒然とするギルド。
ピーク時を過ぎたとて日中のギルド内にはまだまだ人影は多く、職員も通常勤務。
当然、騒ぎにならないはずがなかった。
「だだだ、誰か! だ、だだだ、誰でもいいから、ポーションとかないにゃ? 回復師でも聖職者でもいいにゃー! 今、ギルドの売店は品切れ中なのにゃー!!」
──ぽぃっ。
「にゃ!! ありがとにゃー!! 誰か、知らないけど──感謝……に゛ゃ゛?!」
悲痛なメリザの叫びに答えるように投げ渡されたそれを受け取り、感謝を述べようと顔をあげたメリザであったが、その顔をみて硬直する。
そう、なぜならそこにいたのは──。
「よー。さっきは世話になったな、ソイツは礼だ。……高くつくぜ」
「にゃ……にゃ、」
……いるはずのない、Eランク冒険者のマイトなのだから。
「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
出たぁぁぁあああ?!
「出たにゃぁあ!! ゆ、ゆゆゆ、ゆーれいにゃ!! ゴーストにゃ! お化けにゃっぁぁあ!!」
「誰が幽霊だ!! 絶賛息してるっつの!!」
「うそにゃ!レイラさんが死にかけてるならあのボンボンは絶対死んでるにゃ!! 化けて出たにゃぁぁぁああ!! お化けにゃぁぁ!」
「アホ! ちゃんと見ろ、足ならある!!」
「足のある幽霊なんていっぱいいるにゃ!! ここは走るゾンビだっている世界にゃー!! 足のない幽霊なんてステレオタイプにゃぁぁあああああ!」
ああぁ、もう!!
にゃーにゃー、にゃーにゃー、うっせぇわ!
「あ! そういうの差別にゃ!! 最近うるさいんにゃよーにゃ」
「今の語尾はさすがにわざとだろ──ったく、」
はぁ……。
悪態をつくも、マイト自身満身創痍。
ハイポーションで回復したとはいえマイトは身も心もボロボロだ。
傷は治っても痛みを受けたメンタルと──なにより、血は戻ってこないのだ。
(このクソアマに、散々斬られたからな……)
「ほら、……いいからさっさと使えよ──それでこっちの話を聞いてもらおう……かッ!」
ドンッ!!
「うぎ!!」
その辺の椅子を持ってくると、レイラの首をギロチンするように椅子の足で首を拘束!!
もちろん、足と足の間に挟んで、本当に潰すわけではない。
「な! ななんな、ななななにしてるにゃぁぁあ! この人はBランクにゃ!! ウチのエースにゃ!!」
マイトから椅子を退けようとメリザが駆け付けるも、マイトは一蹴。
「はっ、エース犯罪者ってやつか?……おいっ」
そして、鼻で笑うなり、背後を指さし、指を弾く。
すると、
「──へ、へい!!」
マイトに従い、オズオズとオッサンが一人現れる──。
「「「あ、コイツは──」」」と、皆が気づいたのは、それなりに顔を見たことのある露店のおっさんだからだろう。
ギルド近くで、クソまずい串焼きを売ってるそれなりの有名人……。
……ん?
それはそれとして、そんな人がこの場に何の用だ?──ギルド中がそう思った頃、マイトが顎をしゃくると、観念したのか、ついにボソボソと喋り出すオッサン。
「……そ、そのぉ。えへへ。だ、旦那はレイラさんに嵌められたようでして──うへへ。あああ、あっしはそのぉ。た、ただ通りすがりで、ちょ~~~っと目撃しただけなんすがね──」
そう切り出すと、あとはもう、喋るは喋る。
聞いてもいないことを饒舌にまぁペラペラと!
レイラの悪行はもとより、
『鉄の牙』のことも、チンピラのことも余すことなく。
おそらく、この手のことには慣れているのだろう。
『鉄の牙』以外にも、似たような件を持ち込まれて、小銭稼ぎをやっていたっぽいしな。
そして、この手の奴は、自分が罪に問われないならいくらでも他人を平気で売る──。
だからこそ、使い勝手もあるというものだ。
なにせ、正当防衛でレイラ達を撃退したとはいえ、マイトにはそれを示す証拠がない。
そして、ギルドからの信用もない……。
つまり、下手をすればBランクのレイラと、Cランクパーティの『鉄の牙』の言い分が通る可能性が高いのだ。
そりゃ、ギルドだってぽっと出のEランクの話よりも、長年活動している冒険者を信用したくなるだろう。
なので、こうして、第三者を挟んで、先に証言させておけば後から不利になる可能性が少なくなったと言うわけだ。
その後のことはもう運任せとしか言いようがないけどね。
ギルド上層部が腐っていれば、なにをどうやってもマイトとの証言は握り潰され、正当防衛の話は消えてなくなるだろう。
ま、その時はその時──。この街から逃げればいいだけだ。
そう考えている間に、どうやら、ペラペラオッサンこと──串焼き屋の親父の証言が終わったらしい。
最後に、
「──ってなかんじでやす!! はい!! あっしは見ました、この性悪女の悪行をぉぉ!!」
ゲシッ!
と、レイラに蹴りをくれる串焼き屋のオッサン。
ケツからスパァン! といい音がする。いいな、マイトも後でやりたい…………じゃなくて!
「あ、こら!!」
なにしてんだよ!
お前が蹴るのは違うだろうが!!
実際、マイトが何か言いかけるよりも早く、ポーションでわずかに回復したレイラの目に意思が灯り、半身を起こしつつ殺気のこもった目でおっさんを睨みつけると奴は「うひぃぃい!」とか言ってマイトの背中に逃げ出した。
おいおい、
逃げるくらいならやるなや──……と思ったところで、ようやく騒ぎを聞きつけてギルド憲兵隊出現。
ドカドカドカ! と騒々しい足音共に、野次馬を蹴散らすと、周囲を威圧的に睥睨。
マイトが「待ってたぜ──」というよりも早く、あっさりとレイラと……串焼きやのオッサンを拘束。
「へ? なんてアッシまで?」
ポカンとした顔の串焼き屋のオッサン。
しかし、有無を言わせずずるずると奥へと連行────。
(……わ、わーお、早~い)
マイトですら呆気にとられるほど。
普段、ダンジョン前警備してるとこくらいしか見たことないけど、やる時はやるのね。
──っと、それよりも。
「……あー。聞いた通りだ。こういう時、俺は正当防衛でいいんだよな?」
「え、えぇ、まぁ、そうなりますにゃー……にゃにゃ……。それに冒険者犯罪の現行犯逮捕は金一封もありますにゃー。マイトさんは悪くないにゃー」
ふん。
それが聞ければそれでいい。
金一封に興味はないが、貰えるものは貰っておこう。
ちなみにこの制度は、本来、ギルドの自浄作用を狙ってのことで、冒険者の犯罪行為はこうして通報することができる。
その上、逮捕・起訴(?)に繋がる情報であればちゃんとした謝礼が支払われるのだ。
……もっとも、実際に運用されることは稀であるという。
なにせ、仲間を売った奴(※チクリ魔)と言われたりするので──実は冒険者間ではご法度の暗黙のルールがあるらしい。
なので、積極的に活用されることは少なく、ギルドが狙っていたような自浄作用はほぼ見込めなかった、──まぁ、それも限度があるわけで、こうしてあからさまな犯罪は後腐れなく突き出せるんだけどね。
「な、なのでこちらにどうぞ──にゃ。もちろん、ポーションも弁償するにゃ」
そういうなり、なぜかマイトの傍にもギルド憲兵隊…………。
「……へ?」
ガシリッ!
頭に疑問符が浮かんだところで、すでに時遅し。
「お、おい、なんだよ?! な、なんで俺まで──お、押すなよ!! 押すなよ! 絶対押すなよ──」
グイグイグイー!!
……って、押しまくってんじゃねーかよ!!
押さんでも、歩くッつの!! ったく……。
抗議の声もむなしく、拘束とまではいかないも、腕を掴まれたマイトも緩やかに奥へと連行されていくのであった……。
(くっそー! こっちは被害者だぞ──)
抗議もむなしく、渋々ギルドの奥に連行されるマイトであったが、途中、取調室(?)という名の嫌~な感じ器具が壁に駆けられた部屋であのオッサンの悲鳴が響いていた──。
「んんぎゃぁぁああああああああああああああ!!」
ビクぅッ!
「な、なになになに?! 尋常じゃない声なんですけど?!」
「にゃ? どうしたにゃ?」
いや、どうしたもこうしたも、ないんですけど。
「……え、えーっと、ここドラキュラ城でしたっけ?」
「にゃ? 普通のギルドにゃー」
「嘘つけ!!」
普通のギルド奥には、拷問部屋とかねーよ!
壁うっすうすで、めっちゃ悲鳴が聞こえてるじゃねーか!!
「吐けッごらぁぁああ!!」
「うひぃぃいいい!! 痛い痛いいたーい!! つ、爪の間は止めてぇぇええ!!」
「──つ、爪ぇ?!」
ぞ、ぞぞー。
自分の爪をじっと見るマイト。
……あかん痛なってきた──。
「どうしたにゃ? こちらですにゃー。先に入ってくださいニャー」
「え? いや?! ちょ──」
ぐいぐいぐい!
「ほらほら、はやくはやくにゃー」
「いたた! だ、だから押すなって!! いたいいたい!」
痛いって!
「つ、爪立ててるでしょメリザさん!!」
「いやー。申し訳ないですにゃ、一応事情を聴かないと──にゃ。あと、狭いので奥に詰めてくださいにゃ。詰め詰めでおなしゃーすニャ」
「つ、爪ぇッッ!?」
──はい、にゃ!
「つめつめ、にゃ!」
い、いや!
いやぁ!!
「つ、爪は、いやぁぁああああああ!」
────……バタンッ。
マイトの悲鳴がこだますも、
無慈悲にギルド奥の扉は閉められるのであった。
そして、




