第8話 覚悟
「霜月さん、早く出ないと」
「うるせぇ!」
近くにあった電話線を引き抜くと、周りにいるスタッフに、
「ここから先のことは、俺が全部責任を持つ、みんな、頼むわ!」
その一言を聞いた、ベテランミキサーの中田祐介は、大笑いをして、周りのスタッフに、
「親分が、全部、しょってくれるってよ!こんな面白い画があるのに、お前ら、参加しないつもりかよ?」
テレビ屋としての本能を刺激された、一人の若い女性が、パソコンのコンセントを引き抜いた。
それを見た、周りの男性達も、呼応するように同じ行動を取ると、
「親分、やってやりましょう!大手の腰抜けどもは、今頃、放送を打ち切って、お堅い映像でも流しているはずですからね。ローカルの意地を見せつけて、一泡吹かせてやるチャンスですよ!」
「ああ、おうともさ!」
放送が、なかなか切り替わらないことを知った社長を始め、重役の役員が、大挙して、主調節室に押しかけてきたが、内側から、二重のロックをして進入を防ぐ。
放送局の保安の性質上、如何なるアクシデントも、未然に防ぐために、不審者の侵入排除の機能として、放送の要である、主調整室には、厳重に内側から施錠する、二つの鍵が存在した。
これによって、正規の職員が、外側から鍵を開けようと思っても、それは不可能であった。
本来の機能が、この場の霜月たちには、光明を差す展開だったが、外側の人間に取っては、地獄の一丁目に連れてかれた気分で、血の気が引いていた。
「さぁ、何を語る、南雲英一郎」
南雲は、空になったカップ酒を見ながら、何かを思い出しながら立ち上がると、国民に問い掛けた。
「みんなはよ、何のために生きてるんだい?上手い飯を食うためか?それとも、男だったら、いい女を手に入れて自慢するためかい?あとは、大金を手に入れて、贅沢三昧をするってのもあるわな」
南雲は、遠い目をして、天井を見つめると大声で言った。
「全部、間違っちゃねぇと俺は思うぜ。間違ってたまるかよ!この世界には、大昔のお偉いさんが、自分達のエゴ丸出しの倫理や、思想を、その時代の為政者が、勝手に決めてよ、無責任に、従わなきゃならねぇ人間に押し付けて来たんだからな!それを、悪いと思うこともあるが、仕方ねぇとも思うぜ。みんなが、好き勝手に生きてりゃ、ルールもヘチマもねぇ、北斗の拳の世界になっちまうからな」
南雲は、そう言うと、すっと立ち、カメラの向こうの国民、一人一人に、語りかけるように、真摯な眼差しを向ける。
その眼光は鋭さもあるが、我が子を思う、父親の力強さと優しさがあった。
「俺たちが生きてるこの時代まで、互いに憎しみあってよ、喧嘩じゃすまねぇ、殺し合いの果てに、なげぇ時間を掛けて、一つ一つ、積み上げてきたモンが、国であり法なんだよ。確かに、納得のいかねぇ決まり事も、山とあらぁ、俺もそうだ!だから、それを変えるために、政治っていう政に身を置いて、御輿を担ぐ覚悟をして、政治家になったんだ!」
それまで、ネットチャンネルで、面白可笑しく、南雲を叩いていたユーザーの手は、自然と止まっていた。
この、南雲英一郎という人間は、真剣に、ただ、自分の考えを純粋に、馬鹿正直に本音で話しているだけなのだ。
その思いは、普段の生活で、空気を読むことに敏感になり、面白くもない事にも作り笑いをし、周りの意見に賛同することを強要され、同調圧力に疲弊していた人間達にとって、自分の立場を失うことに、一切の後悔をしないという、強烈なまでの覇気に、何時しか、胸の奥から、熱い感情が揺さぶられる原体験に、ユーザー自身も、画面越しに、興奮とも呼べない、心の変化に戸惑っていた。
南雲は、いま一度、深々と一礼すると、
「だからよ、みんなにも、この国をよくするために、俺に力を貸してほしい。確かに、自分の財布が寂しくなるのは辛いかもしれねぇ、俺だって御免だ。けどよ!幾ら、役に立つ立派な法律も、それを実現するにゃあ、金も時間が掛かる、損する人間だって出てくるさ。でも、その痛みがなくちゃ、本当に、この国の人間が、この国に生まれて来てよかったって、感じることは出来ねぇんだよ!確かに、政治家も、霞ヶ関の役人の中にも、テメーの懐だけしか考えねぇ、バカ野郎もいるさ。だけどよ、そんな人間ばかりじゃねぇ!この国の人間のことを考えて、朝から晩まで、身を粉にして奮闘してる公人が、この時代にもいるんだ、信じてくれ!絶対に、みんなが、腹を抱えて笑えるような祭りを、俺は、人生を賭けて実現してみせる!」
南雲は、思いの丈を一気に捲し立て、ハァハァと息を上げていた。
顔は紅潮し、大粒の汗が、身体中から出ていた。
大きく息を吸って、最後に、南雲は自然と出た笑顔で、
「ですから、みなさん。今一度、私たち政治家を信じて頂きたい」
数秒であったが、とても長く感じる時間が流れたあと、記者の一人が、小さく拍手をした。
その音は、次第と周りの人間に広がり、大歓声が巻き起こった。
カメラマンもカメラを置いて、拳を突き上げ、南雲を鼓舞するように声を上げていた。