第7話 日本国首相 南雲英一郎
「格好がね、何て言うか、個性的過ぎて。アニメか、漫画のキャラクターの絵が入った服を着て、手には、紙袋一杯のグッズを持ってね、子供みたいな笑顔で挨拶したの。ふふっ、私のイメージは、背広を着た、凜々しいお姿しか、思い浮かばなかったから。そのギャップに、開いた口が塞がらなかったわ」
「……マジですか」
英一郎は、SPを一切付けることなく、たった一人で赴いたことにも、楓は信じられなかった。
世界では、国家元首を狙う、犯罪組織の有象無象が、虎視眈々と、その命を奪うことに日夜、その目を光らせていた。
なかでも、国家が多額の資金を提供し、己の覇権拡大を狙う権力者が、複数の組織を雇い入れる環境が、この時代では、現実でも仮想でも成立するほど、一触即発の、歪な情勢が構築されていた。
この当時、国土と経済力も、他の先進国に劣っていた我が国が、希代の政治家であった、南雲の手腕によって、飛躍的な国内総生産の増加、若年層のための生活支援に関する、特別法案を短期間で成立、立法化を実現することで、それまで停滞していた、若い世代の閉塞感を打ち破り、出生率は、戦後最低だった比率を大きく跳ね上げた。
当初は、国会内部も世論も、特に、年配者からの財政が持たない、との強い反発を受け、逆境に立たされた南雲は、内閣支持率の急落によって、攻勢を強めた、野党からの不信任決議案が出されると、与党の造反もあり、決議されてしまう。
その時、南雲は、臨時に国営放送のみならず、民放のチャンネル、ネットチャンネル全てを、自身の全財産で買い取り、日本全国の国民の前で演説をした。
「皆さん、南雲英一郎です。このような時間に、突然、申し訳ありません。小学生の子供達は、今は、夕ご飯の時間かな?何にしても、団らんを楽しむ時間に、いち政治家のつまらない顔を見せてしまうことを、お許し頂きたい」
登壇上で、深々と一礼すると、中央のマイクのスイッチを切り、近くにいた、政務官に片付けるように頼んだ。
その行為に、周囲のマスコミ陣はどよめく。それと同時に、シャッターの光と音が、けたたましく響くが、その音を搔き消すように、南雲は登壇を掴むと、盛大に投げ飛ばした。
もの凄い衝撃で、登壇は、見るも無惨にバラバラに飛び散った。
瞬間、それまでの喧噪は、水を打ったように静まり返り、記者もカメラマンも、まして、そのカメラからの映像を見ていた、国民までもが、只ならぬ南雲の行動に手が止まり、南雲の姿を注視した。
南雲は床に座ると、胡座を掻き、フゥーッと、大きく息を吐くと、何時もの丁寧な口調を捨てて一言、
「この国はつまらん、ゲームで言ったらクソゲーだ!」
「……」
マスコミ陣は唖然としていた。
公の場で、下品極まりない言葉で、自国を罵倒したのだ。収録ではないため、放送をカット出来ない状況の中での、全国放送の電波で、この後の、首相の言葉を流すべきか、放送局の責任者は、寿命が縮まる思いだった。
そんなこと、お構いなしに南雲は続けた。
「一向に進まない法案、テメーの保身しか考えない、老害な政界の古狸に、自分の意見が通るチャンスがあるのに、選挙に参加しねぇ国民、この国を変える人間がいないって、鼻から決めつけて行かないくらいなら、選挙場に来て、投票用紙に『日本マジ死ね!』ぐらい書いて、テメーの言葉を、俺らにぶつけて見やがれや!」
そう言うと、裏ポケットから、カップ酒を取り出して、一気に飲み干す。
「あ~うめぇ、国会議事堂で酒を飲むなんざ、金輪際ねぇわな、はは」
「放送止めろ!完全にイッてやがる」
大手の放送局では、局長が、大慌てで、放送を切るように指示し、ACの放送に切り替わった。
そんな中でも、テレビ東京や、ローカルテレビでは、まだ、放送を切り替えることをせずに、南雲の次の言葉を待っていた。
「霜月さん、これ、放送続けて大丈夫ですか?このままじゃ、スポンサーが黙ってないですよ!」
静岡の、ローカルテレビのプロデューサー、霜月幸汰が、身体を震わせて、
「黙ってろ、ヒヨッコ!」
「え!」
ディレクターの斎藤浩二が、今まで見たことがない、凄まじい形相をした霜月を見て、余りの気配に身を縮まらせた。
「南雲の野郎、トチ狂ってなんざいねぇ……、あいつは試してやがんのさ。自分の政治家、いや、人生まるごと賭けて、俺らが、どんな行動を取るのかをよ……面白れぇ!こう言うのを待ってたんだよ、俺は!」
霜月がいる主調節室には、引っ切りなしに、蝉の大群のような、複数の電話の着信や、パソコンのメールの通知音が、一秒ごとに表示される。